第31話 勇者と魔の森
しかし俺達を送還した大魔術が、大事を引き起こしたようだが――?
「……」
「あ、お兄ちゃんが気にする必要なんてないと思いますよお? ちゃんとした物を用意できなかったわたし達も悪いですし、無理やり使わせた王様たちはもっと悪いです」
「ああ。異世界の事はもう知らんって決めてるからな。で、葵は何で大きくなってるんだ?」
「あ、出来ればレナって呼んでください。ずっとそう呼んで欲しかったんです」
「分かった、レナ」
「うふふっ。はい」
嬉しそうなゆるふわ系の笑顔である。
「それで、さっきも言ったように、わたしは世界からいろんなものが消えていく現象を調査していたんですけれど――いつの間にかわたしも巻き込まれて、こちらに飛ばされました。辿り着いたのは、十年以上昔の時間でした」
「時間がずれてたのか……!?」
「はい。わたしの事を引き取ってくれた葵家にお世話になりながら、お兄ちゃんの事を探しました。だけど、お兄ちゃんもまだ子供でしたから――わたしが知っているお兄ちゃんの年頃になるまでは近づかないようにして、社会人になってからお兄ちゃんの側で待つようにしました。昔お兄ちゃんがブラック企業がどうとか言っていたので、社会人になってからだなって途中で分かりましたし……もし、下手に途中で手出ししたら、お兄ちゃんが勇者になった事すら無かった事になりかねませんから」
「なるほど――で、俺にその後遺症を何とかしろと――?」
「いえ。そんなこと別にいいですよお。わたしもこっちの世界にすっかり慣れましたし、今更ですよお。十何年も前の事ですからね。それより、ただ単にお兄ちゃんに会いたかっただけです」
「そう言ってくれると助かるなあ。せっかく金持って帰って来たし、これで一生働かずに暮らそうと思ってたとこだからな」
「あははは。腐ってますねえ~。でもサラリーマンとしては究極の夢ですよね、今ならわたしもその気持ちが分かりますよお。わたしもブラック企業で働きましたからね」
「おお分かってくれたか、ありがとうレナ!」
「でも、我慢はせずにお金はぱーっと使っちゃってもいいですよお? 困ったらわたしが養ってあげますから。これでもいい大学を出ていますし!」
レナはどん、と自分の胸を叩く。
それに合わせて、ボリューム感のある胸がぷるんと揺れていた。
なんて頼もしくてエロ可愛いんだ――! 感動すら覚えるぞ。
葵玲奈としてのレナは、確か東大出である。
まともに働いたら、絶対俺より出世するぞ! 今でも階級が上だが!
「けど、気を付けて下さいねえ。わたしと同じように過去に飛ばされた人間がいて、どこかに潜伏しているかも知れませんし――お兄ちゃんが無事にこっちに戻ったという事は、向こうで消えた物がこっちに現れるかも知れません。いずれにせよお兄ちゃんが向こうに行って帰って来たこれからは、何があるか――」
ガタガタガタガタ――!
レナの言葉を遮るように、店全体が揺れ始めた。
「!? おお――地震か……!?」
和樹も吃驚して飛び起きていた。
レナにノックアウトされた後遺症がないようで何よりだ。
「うわああああっ!? 地震が来た! 早く隠れないと!」
「ああ、テーブルの下に隠れとけよ」
まあ何か物が落ちてきたら俺が受け止めてやるので、別に隠れなくてもいいが。
しかし、これはただの地震だろうか?
何か違和感が――何かこう、空気感が違うのだ。
べったりと張り付くような、息苦しい感じが――
これには覚えがある。これは――瘴気だ。
一斉に瘴気が満ち満ちて来たような感じがする――
「レナ――」
「はい。これは、ただの地震じゃあ……」
バリバリバリィ! メリメリィ!
そんな音が響いて来た。俺はそちらに目を向ける。
店の中の一部の床が盛り上がり――下から紫色の花をつけた樹木がせり上がって来た。
この花の色、そして渦を巻くような独特な枝の付き方は――
「魔の森の呪怨樹――!」
瘴気を巻き散らし、この世ならざるアンデッド共を生み出す厄介な植物だ。
これが群生している森こそ、魔の森と呼ばれるアンデッドの巣窟である。
「やっぱり、あちらで消えた魔の森がこっちに来たんですね――!」
レナがいつものゆるふわを封印し、真剣な表情をした。
新宿に魔の森が現れちまっただと――!
こんな街中でそんな事になったら、えらい事になるぞ!
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