第26話 勇者の出勤(10年ぶり)
「やめろ、私は子供ではないと言っているだろう」
アルマはお決まりの台詞を吐いて、俺の手をぺしと振り払う。
「とりあえず、今日は行ってもう辞めるって言ってくる。悪いがお前は俺が帰ってくるまでここで待っててくれ。」
「……仕方ないな。退屈だから早く帰って来いよ」
「ああ。テレビの使い方は昨日教えたな?」
「ああ。リモコンってやつで操作するんだろう」
「そうだ。本棚の漫画を読んでてもいいからな」
どうもアルマは、こちらの言葉や文字もすんなり理解できている様子だった。
言語理解のスキルが生きているらしい。
確かに俺も異世界の言葉や文字が理解できたからな。逆もOKという事らしい。
「へ、ヘンな本はもう無いだろうな……?」
「ないない大丈夫だ。後はコンビニに行って、食うものを買って来るからな。悪いがそれを食っといてくれ。後は何かあったらスマホで連絡して来い」
昨日アルマの分のスマホを買ってやって、電話のかけ方くらいは覚えさせたからな。
「ああ分かった。ソフトクリームもあったら買って来てくれ!」
「はいはい分かった分かった」
俺は一度コンビニに走ってアルマの食事を調達した後、久しぶりのスーツを着て会社へと向かったのだった。
◆◇◆
さてうちの会社だが、東京都庁に近いオフィス街の一角に存在する。
一応自社ビル――と言っても四階建てでそれ程大きくはないが、まあそういうモノも所有していたりする。社員は50人に満たないので、その規模のビルがあれば十分だ。
新興市場の方だが株式上場もしており、社長はIT企業経営者として、経済関係のTV番組に出演した事もあったりする。
世間的にはいい会社――のように見えるだけです! 本当にありがとうございます!
まあ、こんなパターンは世間にいくらでもあるだろうが。
ウチより立派な大企業様でも、ドン引きするようなパワハラやら過労死やらセクハラやら、結構ニュースで見るもんな。
ビルの一階には外から見えるようにモニターが設置してあり、それが社長がTV出演してインタビューを受けた時の映像を延々リピートしている。
自己顕示欲の強いオッサンだ。経営者にしちゃ若手なんだろうが。
俺もまあ、その時のインタビューの内容は見た事があるが、ひどいもんだった。
曰く、これからの時代は、社員がやりがいを感じられるような環境を如何に整えるかが大切である。社員のプライベートが充実するよう、自分は数値目標を定めて労働時間の圧縮の取り組みを行って来た。
労働時間を減らしても、その分だけ社員は生産効率を上げてくれる。自社の社員を信じて、勇気をもって改革することが大事。その方が結果的に残業も減って、人件費も抑えられる。
――的な事を言っていた。
それを聞いて、俺は思った。
いや、労働時間減ってねえし! 残業代が出ていた分が公式記録から抹消されて、サービス残業にさせられただけだし!
むしろ年々労働環境が悪化してるんだが、この社長何も分かってねえな! と。
上がって来た数字だけ見て満足して、実態を知ろうとしてないんだな。
むしろ確信犯でやってるんだろうか。
あの犬養課長の存在を容認するような経営者だからな――
それでいて、自分は受付とか経理に入れた可愛い女子社員を愛人にして何人も囲ってるらしいとの噂もある。
会社からそんなに離れてないマンションを一棟丸ごと所有していて、そこに愛人を住まわせているそうな。
名誉のためにそのマンション名は出せないが、通称愛人マンションと呼ばれている。
犬養課長といい社長といい、ホントやりたい放題である。
勇者が正義の味方だとするなら、こいつらをブッ倒す事こそ社会正義とまで言えるかも知れない。
とはいえ物理的に大気圏の外までブッ飛ばすことも可能っちゃ可能かもだが、それをやってしまうと、俺もあいつらと同類になってしまう気がする。
やるならあいつらの土俵で――だ。
異世界から持って帰って来た10億を元手に増やして、この会社を乗っ取ってやるとかな。うん――それはありだな。もっと金を増やす方法を考えてみるか。
そんな事を考えつつ、俺は俺の机がある三階のフロアに入り――
「おはようございまーす」
「なぁにがおはようだ貴様あぁぁぁっ! 今が何時だと思っとる! そこへ座れ、その腐った性根を叩き直してくれるわあぁぁぁっ!」
活き活きとした口調で俺に詰め寄って来る犬養課長。
10年ぶりだが、このオッサンの顔は見ても全然嬉しくないな――
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