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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第五章 飯田家
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94話 報告

 作右衛門宅を後にした俺は飯田家の家宝の黒く重い槍を持ち一人、飯田の屋敷へと向かう道を歩いとった。


「明日か……」


 俺は小さくそう呟いた。明日この里を出るんか。

 明智の残党が俺を襲ってくると?まだそんな連中が残っとったんかい。

 もう織田信孝様か羽柴秀吉様が残党どもを蹴散らせてくれとるんやろうと思っとったんやけど……


 そうなると、この小栗栖の里も狙われる怖れがある。

 とは言うものの明智光秀を討った俺は小栗栖の者ではあらへん。

 丹波国の農家の男や。

 名も知れん男の仕業と言う事や。明智の残党もどこぞのもんかも分からん男が主君を討ったと言う事で情報が交錯し混乱しとるかもしん。


 しかし俺は羽柴秀吉様から御褒美の米俵二十俵を頂いとる。

 それは槍の腕前を見てもろうた事に対しての御褒美やった。

 そやけどもう一つ、秀吉様は俺が明智光秀を討ったと言うのを知っとったと言う事実がある。


 秀吉様がその事実を知っとったと言う事は、その噂が武士間で裏面に伝えられとるかもしらん。

 秀吉様や明智光秀が絡む噂やから表立っては言えんやろうが、武士の間で話される俺のその噂は人々にあっと言う間に知れ渡っとるやもしれん。


 そうなると亀山の保津村に明智の残党が押し掛けてもおかしくはない。


 光秀を討った事に対する報復として……

 保津村が襲われる怖れがあるかもしれへん。

 ましてや明智光秀が居城を構えとった亀山城がある場所なら尚更に。


「あかん!!」


 俺は急いで飯田邸へと駆けていった……




「お香!音羽!ちょっとな、事情出来てもうてな!亀山戻りたいねん!」


 部屋ではお香が布団に横たわり、音羽がお香のすぐ側に座っとった。

 突然部屋に入った俺は血相を変えて二人にそう言った。


 お香と音羽は俺を見て茫然としとるが、


「どうした二郎?!また何かあった?!」


 そう言うと布団に横たわっとったお香が身を起こした。


「あぁ……音羽、山本作右衛門って知っとるやろう?」


 走ってきて息を切らせた俺は驚いとる音羽にそう尋ねた。


「はい、もちろん」

「あの人に家に呼ばれてな、忠告されたんや、明智の残党がまだおってこの里を襲うてくるやもしれんてな?ほんでやな」

「えぇ?!」


 音羽が驚いとる。


「明日にもここを去ってくれ言われた!俺がおるとここ小栗栖が襲われる怖れがあるんや!」


 俺は若干興奮気味にそう言った。


「何言われはっとるんかよう分からしまへん!ここ襲われるとか何の事どす?!」


 音羽が声を少し上げた。


「音羽、お前の命さえも狙われるやもしらんねんて、俺がここにおり続ければな」

「…………」


 音羽はなんも言わんと俺を見詰めとる。


「誰か襲ってくんの?」


 お香がそう言う。俺はお香の首を見た。

 首には白い布が巻かれとるが若干赤らんどる。滲んだ血やろう。


「作右衛門が俺を家に呼んでそない話されたわ。明智の残党が俺を襲ってくるんかもしらん、そう言う(しら)せが入っとるんやと」

「ほんまどすか……うち……どないしたら……」


 緊迫した顔の音羽がじっと俺を見詰める。


「大丈夫や、俺が去れば済む話や。ほんでもう一言二言……三事言わさせてくれ」


 俺がそう言うと二人は無言で俺を見詰めた。


「まず、俺がやらかした事の世間への広まりが速いんやそうや。俺が明智光秀を討った言う事実が広まっとるそうなんや」


 二人は黙って俺を見詰める。音羽は何かを言おうとしたが声を出せないでいた。


「そやけど討ったんは丹波の亀山の俺やねん、小栗栖の里には関係ないんや」

「関係あります!」


 音羽は声をあげるが俺はそれには答えずにいた。


「ほんで次、俺は秀吉様に故郷の場を伝えとる。そんなもんはすぐに人々に伝わるやろうな、要するに明智光秀を討った俺の故郷が明智の残党に亀山の保津村やって事すでに伝わっとると思う」


 お香がじっと俺を見詰める。


「そやから俺は久を探しに京へ行く暇などない。

 一旦亀山に戻るわ。そんでお香、お前の首の傷はまだ癒えてへんやん。そやからここに残ってくれ」


「……はぁ?」


 俺がそう言うとお香は俺を見詰めた。若干、声には怒気が含まれとる。


「音羽、この家宝の槍を俺にもう少し貸してくれんやろうか」


 俺は手に持つ飯田の名槍を見てそう言った。


「そやけど二郎さん、そんなん貸してどないしますん?御一人で亀山お戻りなさって、どないしますん?」

「とりあえず村が無事かどうかを確認したい。それと途中で明智の残党見付けたら蹴散らせたる」

「馬鹿でねえの?!何言ってんだ?!二郎!こないだだっておらが……私がほぼ敵を斬りましたでしょう?何を申しておられますか?葛原二郎殿」


 お香が身を起こし、急に言葉口調を変えだす。


「……ふっ、どないした」

「私もお供させてくださりませ」


 そう言うとお香が畳に手を付け、深々と頭を下げた。


 ……どないしよう……そやけどまだ首の傷も癒えんお香に無理はさせられん。


「すまん、それは無理や」

「……なしてだ」


 ツルツル頭のお香は少し顔を上げて俺を見詰めた。


 まだ夕刻前、開けられた部屋の(ふすま)戸の奥の廊下が眩しかった。

 廊下の障子窓から陽の光が坊主頭の彼女の頭を照らしている。


「無理はさせられん、お前はまだ怪我人なん……」


 俺の話が終える前に、彼女は素早く脇に置いとった正宗の鞘を手に取ると目にも止まらぬ速さで刀を抜いた。


「……え?」

「私を甘くみるな」


 俺の鼻の先に正宗の刃がある。

 お香は片膝付いたままに刀を俺の顔の真ん前に突き付けていた。

 鼻先に正宗の先が当たるか当たらんかギリギリの所である。


「……はい……」


 情けなくも思わず声を上ずらせ俺はそう返事をしてしまった。


「ぷっ!!」


 俺の情けない返事にお香は吹き出し、正宗を鞘にしまった。


 殺されるかと思った……

 お香は微笑んでいたがすぐに真顔に戻っりよった。


「そ、そやけどお前の首の傷の糸抜かんとあかんやん」

「そんなの亀山から又ここに戻ってからで良いべ、音羽さん良いよね?またこちら伺ってもさ」

「もちろんどす!」


 音羽は食い付き気味にそう言っとったが……


 俺は二度とこの里に近付いたらあかんやろう。

 作右衛門のあの強い気持ちを感じた事もあるが、

 何より俺がここに戻れば、飯田家当主音羽の命が狙われる。


 明智光秀の残党達に…………

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