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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第五章 飯田家
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93話 作右衛門

「よっしゃ!俺、体動かしてくるわ!」


 昼食をとった後、俺はお香と音羽にそう言い立ち上がった。

 今は昼下がり、既に昼食の膳も下げられている。

 室内ではお香と音羽と俺の三人で談笑をしていたが、その中で俺はおもむろに立ち上がりそう言った。

 二人は無言で俺を見詰めとる。俺は壁に立て掛けられた黒く重い飯田の槍を手にした。


「何すんだ?鍛練?おらも行く」

「ええわ、お前は体休めとき」


 俺は飯田の槍を手にし、お香にそう告げた。


「しばらく無理すんな、体休めとけ」

「…………」

「二郎さん何しますん?」


 音羽がそう尋ねる。


「ちょっと体動かすだけや、今までずっとやり続けとった事やから」


 俺は槍の柄を握り締めそう言うと、元々開かれとった襖の戸をくぐり廊下へと出た。

 廊下の窓は障子張りで陽の光がよう差し込んでくる。


「おらも行くよ」


 お香がまだそう言う。


「休んどってくれ、音羽とお話でもしとってくれ」

「……うちとお話しときましょ?お香さん」


 音羽が何かを悟ったのかお香にそう言った。


「……うん」


 お香は小さく頷く。

 俺は飯田の槍を携えて廊下から庭に出ようとしたが……

 履き物があらへん。

 裸足のままじゃちょっと無理か……

 俺は槍を持ったままに玄関の方へと向かっていった。


 玄関へ行くとたまたま居た使用人の女の人に会った。


「あ、お出掛けどすか?お履き物」


 そない言うと玄関に揃えられとった俺の履き物を手にし、丁寧に揃えて俺の足元に置いてくれた。


「おおきに、すんません」

「構いまへん、お出掛けどすか?」

「ちょっと……槍の練習でもしようかなって思うて」

「へぇ、そうどすか……確か……二郎さんどしたよね?」


 二十半ば程の若い使用人の女性が俺をじっと見詰める。


「あぁ」

「……しばしお待ち頂いてよろしい?」

「……うん」


 俺がそう言うと彼女は廊下の奥へと向かっていった。

 なんやろ……俺は若干警戒をした。

 また何か命を狙われるような事あるんちゃうやろな。

 俺は玄関で飯田の槍の柄を握り締めて警戒を強めた。



「葛原様?」


 さっきの女が何かを手にし俺の元に戻ってきた。


「…………」


 俺は無言で彼女の手元を見た。何か、紙を持っとる。


「こちらを」

「…………」


 女がその紙を俺に差し出す。


 ……なんやこれ……手紙か?


 俺は無言のままにそれを受け取ると折り重ねられた紙を広げた。


 手紙や、長文や無いが字が書かれとる。


「…………」


 俺は無言のままに手紙を読んだ。

 丁寧な字で俺に対する言葉が綴られとる。

 その内容を要約するとこうやった。


『かつはらじろう殿、当主飯田貞秀への弔いの儀に参られた事ご感謝致す。お伝えしたい事が御座いますので、なるべく早急に(それがし)の元へ御越しくださるようお願い申し上げます、山本作右衛門』


「作右衛門?」


 作右衛門って明智光秀を討つ時に俺を案内しとったあの男か。


「うち、ご案内致しますんで」


 女が俺にそう言う。


 ええ?なんでやねん、何があんねん。


「ちょっと待って?何?急過ぎてよう分からん」


 ただ槍の訓練しよう思ってただけやのに……


「とりあえずうちの後付いてきておくれやす」


 女が履き物を履き俺を見詰める。

 ほんまかい……

 女はそのまま玄関を出ていった。


 ……大丈夫かいな……


 俺も飯田の槍を握り締め玄関から外に出た。

 女はなんも言わんとドンドン先を行く。


 何?……どこ行くねん……


 女は飯田邸の門をくぐってゆく。

 俺も無言で彼女の後に続いたが……

 不安が広がる。この里で数回襲われたから。


「お姉さん、どこ行くん?」


 俺はたまらず先を歩く女に声を掛けた。

 俺はこの里の人ら数名を殺しとるから不安でしゃあなかった。


「すぐに着きますよって」


 彼女は短くそう呟くだけやった。


 ええ……大丈夫なんかこれ……突然集団に襲われへんやろうな……


 俺は入念に周囲を警戒をしながら歩いていった。




「山本様、山本様」


 女がある家の前に着くとコンコンと戸を叩き声を掛けとる。

 家はそんなに大きくは無い。茅葺き屋根のこじんまりとした家や。

 女がコンコンコンと戸を叩き続けると戸がガラリと開かれた。

 三十半ば程やろうか、女の人が姿を現した。


「お連れしました、葛原はんどす」


 ここまで案内した女が俺をチラリと見てそう言う。


「…………」


 出てきた女はじっと俺を見詰めとる。

 俺は槍を握り締めて女を見詰め返した。


「どうぞ、お入りください」


 女がそう言うと、


「ほな、うちはこれで」


 ここまで案内しとった女が去っていった。

 戸を開けた女はじっと俺を見詰めたままでいる。


 ……ほんまに入って大丈夫なんか?


 しかし、ここまで来たんやったら入るしかない。

 俺は開かれた戸の中へと入っていった。


 中に入ると女が家の奥へと案内しだした。

 俺は槍を握り締めたままに女の後に続いた。

 多分やけど、この家の中では何者かに襲われたりはせんやろう。

 そう言う予感はした。

 そこまで大人数がおるような広さでは無かったから。


 家の奥は居間やった。囲炉裏があり、何度か会った作右衛門がその前に座っとった。

 その周りにはまだ幼い子供達が座っとる。

 男の子二人と女の子二人や。まだまだ幼い小さな子達やった。

 子らは突然現れた俺をじっと見詰めとる。

 しかし子供達の顔を見ると俺の緊張感は和らいだ。


「これはこれは、葛原殿」


 作右衛門がそう言う。周りの子らはまだ俺をじっと見詰めとる。

 みんな幼い。一番大きい子でも十も行かん年頃やろう。


「あの……なんのこっちゃ分からへんまま、こちらお邪魔したんやけど」


 俺は少し恐縮しながら作右衛門にそう言った。


「どうぞ、お座りなさって」


 作右衛門がそう言う。俺は小さく、はいと返事をすると囲炉裏の前にある座布団に腰を下ろした。

 ここまで案内した、恐らく作右衛門の嫁さんであろう女は俺に軽く頭を下げると去っていった。

 作右衛門の周りに座っとる子供達全員が俺をじっと見詰めとるが……

 男の子一人が俺の真横にやってきて俺の持つ飯田の黒い槍の柄を触っとる。


 男の子は物珍しそうにじっと槍を見詰めとる。五歳か六歳ぐらいかな。兄貴のせがれの与介ぐらいの歳や。


「……ふふ、ごっついやろ?飯田家の家宝の槍なんやで?」

「…………」


 男の子はチラリと俺を見たが飯田の槍の柄を触っとる。

 魅入られとるんかな。


「凄いやろ?めっちゃ重いねんで」

「……ごっつい……」

「ごっついやろ?めっちゃ重いねん。持たれへんぐらい重いんやで?」


 俺が微笑み掛けて男の子にそう言うと男の子が微笑んだ。

 可愛いらしいのう……


「葛原殿、ええかな、話したい事ありましてな」


 作右衛門が俺にそう言う。

 俺は彼を見た。作右衛門は明智光秀を討つ時に俺を小栗栖の竹藪に案内したり、与右衛門と京に行った時に一緒に帯同して何度か話したから少しだけ知っとる。

 話した感じでは悪い奴では無いと言うのは何となく分かっとる。


「あぁ、分かりました」

「史郎!」


 作右衛門が男の子にそう言うとる。男の子は槍を触ったままでおる。


「構いませんよ、好きにさせたって下さい」


 俺はそう言うたが、


「そう言う訳には行きませんねん、大切なお話が御座いますよって」


 真剣な眼差しで作右衛門が俺を見詰める。

 大切な話?なんやろう。


「史郎、下がれ!」


 作右衛門がそう言うと男の子は槍から離れ、作右衛門の側に腰を下ろした。

 それと同時に先程の女が俺の元に来て、


「どうぞ」


 と、お茶の入った茶碗を置いてくれた。

 俺は軽く頭を下げると茶碗を手にし熱いお茶を口に運んだ。

 苦味のある煎茶や。

 俺がお茶を飲んどると、女も作右衛門の側に歩み寄りそっと腰を下ろした。子供達の内の一人の女の子がその女に抱き付いとる。

 囲炉裏を挟んで俺と、作右衛門一家六人と向かいあっとる状態や。


「まずは早急な御呼びだし申し訳御座りませんでした」


 作右衛門がそう言い頭を下げる。

 周りの子供達はキョトンとしとる。


「い、いえ……」


 俺も頭を下げた。


「わざわざおいで頂きありがとう御座います」

「いえこちらこそ……」

「つきましては単刀直入に申し上げ致しまする」

「…………」


 俺は黙り作右衛門を見た。


「直ぐにもこの小栗栖よりお離れくだされ」

「……すぐに?」

「直ぐに、葛原殿のお命狙う明智の残党の者がおるとの事に御座ります」


 作右衛門が真剣な目で俺を見詰めそう言う。

 俺は小さくうなだれた。


 嘘やろ……まだ襲われんのか俺は……

 嘘やろ勘弁してくれ……


「そう言う伝えが入ってきとります」

「ほんまですか……」


 俺はうなだれた。


「二郎さん、出来うるんやったら今日か明日にもここ離れてくれまへんやろか」


 作右衛門がそう言った。


「今日……」

「あんたおったらこの里襲われるやもしれませんねん」

「あぁ……」


 周りの子供達はまだキョトンとしとる。


「明智の残党やらは……まだ残っとんねん。あんたのしでかした事は大変な事なんや」


 ……確かにそうやな……そやけどなんで俺がここにおる言う事が知れ渡るねん……


「俺がここにおる言う事はそいつらに知られとんの?」

「知られとるよ、あんた秀吉公ともお会いした有名人なんやで?そんな事どんどんと人々に知れ渡るんや」


 俺はうつ向いた。人の知らせって、そないあっと言う間に広まるもんなんか……

 そやけど多少は納得が行くかもしらん、相手は羽柴秀吉と言う飛んでもなく偉いお方やから。


「わしらはええ、そやけど御嬢様にも危害加えられる事もあるんでな、御嬢様のお命の危険もあるんや」


 作右衛門が静かにそう言った。

 音羽……俺がおると音羽の命の危険すらもある言う事か……


「分かった、分かりました。すぐに出ていきます、そやけど明日まで待たせてくれへんやろか」

「…………」

「俺の命の恩人の傷がまだ癒えへんでな、どうか明日までお待ちいただけませんやろか」


与右衛門は黙り込み俺を見詰める。


「お願い致します!」


 俺は槍を床に置くと手を付き頭を下げた。


 お香の傷が癒え、首の糸を取らなければここを離れられん。


「お願い致します!」

「分かりました!そやけど明日には必ずここをお離れください!わしらは与右衛門様を失った今、御嬢様を命に代えてでもお守りせなならんのや!」

「はい!」

「二郎さん、あんたはわしらを幾度と助けてくらはりました、そやから……その御恩を想い、明日までは……待ちます」

「すんません……」


 俺はそう言い頭を上げた。


「全てはこの小栗栖の為なんや、飯田の家を守る為なんや、分かってくだされ」


 そう告げると作右衛門は俺に深々と頭を下げた。

 俺も無言のままに作右衛門に頭を下げる。


 周りの子供達は不思議そうにじっと俺と作右衛門を見詰めていた…………

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