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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第五章 飯田家
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92話 看病

 お香は布団に横たわっている。

 脇に座る音羽がすり鉢で薬を煎じてお香にそれを飲ませていた。

 その後、音羽は水の入った桶に手拭いを浸し、それを絞ってお香の顔を拭いていき額の上に手拭いを置いている。

 お香は目をつむりじっとしとるが……


 大丈夫なんか……


「音羽……大丈夫なん?」


 俺はたまらず音羽にそう尋ねた。


「お首の傷のせいや思います。無理に動き回られたせいやと」

「あぁ……」


 確かに傷も癒えんのにかなり動いとったな、徳二達に襲撃された時もずっと暴れまわっとったし。


「お傷に妙な菌でも入られたんかもしれまへんね」

「菌……」


 菌ってなんや、キノコ作るもんって事ぐらいしか分からへん。

 俺は寺で学んだ知識ぐらいしかないからあんまり難しい事を言われても詳しい事はよう分からんかった。

 そのくせ読み書きだけは出来る。村の寺や祖父母から読み書きだけは十分に教わったんや。


「菌……ってキノコの?」

「ふふふ、ちゃいます。全然ちゃいます」


 音羽に笑われてしもうた。無知を知られて少し恥ずかしくなるが……

 お香はうーんうーんとうなり声をあげ苦しそうにしとる。


「大丈夫なん?お香……」

「命に関わりある程とは思えまへんねんけど……」

「正宗の……呪いやろか……」


 俺は再び正宗を見詰めた。鞘に収められた正宗は部屋の隅に置かれとる。


「ちゃうと思いますよ?お首の傷のせいや思います」


 音羽も正宗を見詰めそう言った。


「二郎さん、お香さんのおてて握っとったっておくれやす」

「あぁ……」


 俺はお香の左手を柔らかく握った。お香は目をつむりずっと唸っとる。

 起きとるんか寝とるんかもよう分からんかった。


「……二郎さん、お香さんの事お好きなんどすか?」


 お香の顔を見詰める音羽がぼそりとそう呟いた。


「え?急に何?ふふふ」

「男女のお仲あらへん言うとりましたやろ?そやのに今朝お二人とも裸でおられましたやん」


 今朝のか……妙な所見られたな、あれは……


「音羽の部屋行くまではお香とはほんまに何も無かってん、そやけど」

「…………」


 俺らの関係を詳細に話してええんやろうか、しかしこの静まり返り密閉されたこの空間で、この美少女以外誰もおらん状況ならば話してもええかなと思ってしまう。


「……ずっと前から俺は……お香に心惹かれとった」

「へぇ」

「ずっと……彼女の明るい心に惹かれとってん、俺はその事を我慢しとった、尼さんやしそれに」

「…………」

「俺を……待っとった久って言う女の事もあってな」

「逃げられたお人やんねえ」


 音羽が笑う。


「そうやな、結果そうなってもうたけど」

「うちが二郎さん求めても嫌がられはったんも、その女の人のせいでっしゃろ?」

「嫌がってはないよ……嫌がってたら音羽抱いたりせえへんもん……」


 俺はそう言いうつ向いた。


「……ふふ、もっとお聞かせください、ほんでどないしましたん?」

「えっと……亀山で久に逃げられたって聞いてから小栗栖に来るまでにも……」

「…………」


 音羽は黙ったまま俺を見詰める。俺はお香の手を握りしめていた。


「お香の人柄に触れて……ごっつい優しくて……思いやりあって……」


 言うてて恥ずかしくなってくる。

 しかし音羽はじっと俺を見詰めとる。


「こんなに俺の……心の内を突いて……想ってくれる人に会うたん初めてやったから俺は」

「惚れてしまいましたん?」

「……そやな」

「ほんで?」


 まだ話さなあかんのか……


「ふぅ……ほんで俺は……その……」

「…………」

「実は前に一度だけお香求めた事あったんや、そやけど尼や言う事で断られた。あと逃げた久の事考えろって叱られてな」

「ふふふ」

「そやけど昨日の晩に、気持ちが高ぶってもうて……またお香求めたら応じてくれて……」

「へぇ、うらましいどすね」


 俺は目を瞑るお香の顔を見詰めた。

 恥ずかしいな……こんな話するなんて……


「ほんなら、その久言うお方はどないしますん?」


 音羽がお香を見詰める俺の横顔を見詰めてそう言った。


 久……どないしたらええんや……

 あいつの事を思い出すと、まだ惹かれる心がある。

 あいつもええ女やったから。たったの数日しか付き合いは無く、むしろお香や音羽の方が付き合いは長い程やけど。


 そやけど本気で惚れた女やからな、久……


「……会ってケリつけんだ……」


 突然、目を閉じていたお香がボソリとそう呟いた。


「お香さん?大丈夫どすか?」

「会って……ケリつけてやんだ……二郎に諦めさすんだ……」


 お香がそう呟く。


「お香?」


 俺は彼女の手を柔らかく握りしめた。お香も俺の手を握り返す。


「おら……知ってる……二郎がまだその女に未練あんだって事」

「…………」

「その未練……断ち切ってやんよ」


 そう言うとお香が俺の手を強く握り締めてきた。


「はぁ……」


 俺は小さく息をついた。お香からの愛情を強く感じる。


「お香さん……ごゆるりとしてくださいね?」


 音羽がお香の額に乗せられた手拭いを手にすると側に置いてある水の入った桶に浸し、それを絞りお香の顔を拭いている。


「……ありがとう……」


 お香は小さくそう呟いた。呟くとすぐに閉ざされたお香の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちだす。

 音羽は何も言わず彼女の涙を拭いていった。




 夜も更け、すでに部屋に音羽はおらんかった。

 音羽は徹夜してでもお香を看病すると言いだしたけど長い葬儀にずっと出ていた彼女にそんな無茶をさせる訳にもいかず俺は音羽に自室に戻るように伝えた。

 彼女は渋ったが俺の意図を察したのか自室へと戻っていった。


 今はお香と俺だけが部屋にいる。

 俺はお香の手を握りしめて彼女の顔を見詰めていた。

 部屋には音羽が気を利かせてか、二つの燭台を置いてくれて蝋を灯してくれていたのでお香の顔がよう窺える。


「…………」


 彼女は唸り声を治め、静かに目を閉じている。

 もう眠ったかなと思ったが俺の手を握る手の強さが強くなったり弱くなったり、俺の手のひらを指でなぞったりしとるから、恐らくまだ起きているようやった。


「……お香?もう寝とき?」


 俺は小声でそう呟いた。


「……二郎」

「あぁ」

「……冷えるべ……」

「冷える?」

「冷える……横に寝て……」


 お香は目を閉じたままにそう呟く。


「ええよ?そやけどちょっと待ってな?」


 俺は立ち上がると部屋の隅に置いてある正宗の元に向かった。

 そしてそれを手にするとお香の側に戻った。


「正宗公……側に置いとくからな?すぐ側に置いとくわ、なんかあった時の為に」


 俺はお香にそう言うと彼女が横たわる布団のすぐ左横に正宗を置いた。

 お香は小さく微笑んどる。

 俺はその表情を確認すると、布団をめくりそっと彼女の右横に寝転んだ。

 そして彼女を柔らかく抱き締める。


「ふふ……なして……正宗側に置くの?ふふ……」

「お前の旦那なんやろ?側に置かんと」

「ふふ……妬いてんの?二郎」


 妬いてはいなかった。

 実は、俺の中でこの屋敷に対し警戒心は依然と消えんかった。

 何度も襲撃され命の危険を感じたから。

 そやから……正宗を側に置く事により安堵感を得たかったのかもしれない。


「妬いてへんよ?お前の大好きな刀、側にあった方がええやろ?」


 俺はお香の頬をさすりそう言った。かなり頬が熱いな。相当な高熱やぞ。


「すまないね……」

「もうおやすみ?」

「分かった……」


 お香はそう呟くと何も語る事は無く眠りに就いていった……




「そんでさ、その川の水汲んでね、畑まで持ってってさ」

「へぇ」

「なんか知んねえけんど何作ってんのっつったらさ、南蛮渡来の作物作ってるっつってさ」

「へぇー」

「おらもよく分かんないんだけど、その作物食べたらさ、百人力になれるっつったんだよ、ふふふふ」


 目が覚めると、ベラベラと武州訛りの声が聞こえてくる。


「そんでね?太刀の鍛練すんべっつったらさ、あっ、起きた?」


 お香が俺を見て笑うとる。

 側には音羽もいる。

 お香は布団の上に座り音羽と談笑をしていたようやった。


「おはよう、よく寝てたね?」


 お香が俺を見て微笑みそう言う。


「……ふぁああああああ……」


 俺はアクビをして身を起こした。


「お早うございます」


 音羽も微笑み俺にそう言った。

 開けられた窓と開かれた襖の戸の奥の廊下からは眩しい朝日が差し込んどった。


「……お香……もうええの?」


 俺は寝起きでぼーっとしたままにお香にそう尋ねた。


「もうええよ、ふふふふ」


 お香が冗談っぽくそう言い笑っとる。つられて音羽もふふふと笑っとった。


「無理すんなよ……俺小便行ってくるわ」

「おらも行くべ、おらが先だ」

「ええ?お前長いねん」

「長くねえよ、今回はおしっこだけだもん」


 音羽を残し俺らは部屋を出た。


「ほんまに大丈夫なん?お前」

「大丈夫だ、まだほんの少しふらつくけんどさ」

「無理すんなよ?」

「ふふ、二郎?」

「ん?」

「恩に着るよ、また借りが出来ちまったね」

「ええよ、気にすんな、俺は何もやっとらん」

「おめえさんから受けた御恩一生忘れねえ、必ず恩返し致します」


 そう言うとお香がツルツルの坊主頭を深々と下げてきた。

 なんか照れくさくなり俺は彼女に一声かけて厠へと向かっていった。

 お香はニコニコと微笑んでいた……

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