88話 嫉妬
「何してんだ?すぐ戻ってこねえの?」
正宗を持つお香が冷ややかな眼差しで俺らを見詰める。
俺はお香を見詰めた。俺に寄り添って座る音羽もお香を見詰めた。
お香のその瞳の奥底には、深い怒りと殺気があった。
やばいんちゃうかこれは……
「音羽、ちょっとごめんな?」
俺はそう言うと、俺に抱き付く音羽の腕を丁寧に振りほどいた。
そして立ち上がるとお香の手を掴んだ。
「何だ!?」
「ちょっと刀離せや」
「なしてだ!?なして離さなきゃいけねえんだ馬鹿!」
「とりあえず離してくれ、畳に置こう?」
「うるさいよ馬鹿!?何がすぐに戻ってくるだ!!」
「ちゃう!と、とりあえず刀置けや!」
「うるせえ!離せ!自分で置くさ!」
そう言うとお香は俺の手を振り払った。そしてそっと刀を畳の上に置き、自身も畳に腰をおろしとる。
ただでさえ妖しい力を放つ刀やのに、嫉妬心抱いとるお香が持つと危なっかしい。
瞬時に刀を抜いて俺ら斬り殺すんちゃうかと感じた。
「ただ話しとっただけや、まぁ取り合えず落ち着いてくれ」
俺はそう言い腰をおろす。お香は俺を見詰めていた。
「お香さん、うちらお話しとっただけどすねん」
「…………」
音羽がそう言うもお香は何も話さん。
そんなに嫉妬してくれとるんやろか。まぁ、俺がお前が一番好きやとか言うとるからな、そのくせ中々戻ってこんかったら腹立てるのもしゃあない。
「まぁ落ち着いてくれ」
「何の話してたんだ」
お香が俺を見てそう言った。
「二郎さんここには、よう住めへんっておっしゃりますねん、人殺め過ぎたから言うて、そやけどうちが引き止めようとしとりました」
「そうや、俺よりもっと身分の高いええ男と結ばれてくれた方がええって話しとったんや」
「抱き合いながら?」
お香が俺を睨み付ける。
怒っとる……
「そ、それは……その」
「うちが勝手に抱き付きましてん、二郎さんの事お慕いしとるから」
「……二郎、京に女探しに行くんだろ?ふざけんでねえよ!」
そう言い正宗に手を伸ばそうとする。
「ちょう待て!妙な事やめえ……」
俺は正宗の鞘を手にし、お香から遠ざけた。
正宗を俺の反対側に置いた。
「…………」
お香は俺を睨み付けとる。
女の嫉妬は怖いのう……
「お香さん、落ち着いとくれやす」
音羽がそう言うと、お香はふぅ……と息を吐いている。
「……ほんで二郎さん、夜も更けて来ましたし簡潔にお話致しましょ?」
音羽が俺にそう言った。
「あぁ、そやな」
「こちらに……小栗栖にはもう居られんのどすか?」
「無理や……すまん、どうしても無理や」
「…………分かりました、ほんなら二郎さんのお子授かるんは?」
お香の前でなんちゅう事言いよんねん……
お香の目がやや鋭くなった。
「そ、それも無理かな……父親のおらん子なんて可哀想やろ」
「そやけどうちもう授かっとるかもしれまへんやん」
音羽がそう言うとお香からピリッとした殺気を感じた。
「いや、あの……」
「……ふふ、冗談どす」
そう言い音羽は笑うが、事実であって冗談ではないねんなぁ……
俺は音羽を数回抱いとるから。
ただお香が苛立っとるこの状況で言う言葉ちゃうやん音羽……
「気にしなくて良いべ?私は尼だ、別に二郎と一緒になるつもりも無いもんねぇ」
チラリと俺を見た後にお香が音羽にそう言う。
「だけんどね、京にいる女探すつもりのあんたが別の女に手を出そうとしてんのが気にいらねえよ、私をも口説こうとしてさ」
「いや……あのう……」
俺は視線を落とした。参ったな……
「女ったらし、私戻るよ、刀返して?」
「あ、あかんよ、これは俺が部屋に持っていくから」
「なしてよ」
「今のお前に持たすん怖い」
「……ふふ、おら二郎よりその刀の方が好きだべ」
「ええ?」
「おらの旦那のようなもんだ、返しな」
「ま、待て、清めるかお祓いするまでは持たさん」
「…………」
お香がじっと俺を見詰める。
「頼むわ……それまで待っとくれ」
俺も真剣な眼差しでお香を見詰めた。
「…………」
お香は無言のまま立ち上がり、障子の戸をさっと開けて廊下に出ると少し強めに戸を閉めて去っていった。
「あぁ…………」
苛立っとるやんけお香……部屋に戻るのがちょっと怖いわ……
「大丈夫どすか?二郎さん、ふふふ」
音羽が笑う。
「いや……怖い」
「ふふふふふ」
「……そやけど音羽、この刀、妙な力感じるんやけど何か曰く付きなもんちゃうんか?」
俺は畳に置かれた正宗を見詰めた。
「分かりまへん、相州から将軍様と共に御先祖が持ってきはったと言う事しか聞いとりまへん」
「ふーん、持つと危なっかしいんやこの刀、そやからお清めするかお祓いしよう思うねん。そやけどごっついええ刀やな」
「お香さんがえろうお気に入りなんやろ?」
「そやな、旦那や言うとったなあいつ」
「ふふふふふ」
「……さて、今日は部屋戻るわ、怖いけど」
「そうどすか…………ほんなら又明日に」
「あぁ、ほんなら又朝に」
「はい、おやすみなさいませ」
そう言うと音羽が丁寧に畳に手を付け頭を下げとる。
「あぁ、ほんなら」
俺は正宗を掴むと立ち上がった。
「それと二郎さん、言い忘れとった事ございました」
音羽が俺を見詰める。
「どないしたん?」
「明日、当主の飯田与右衛門の葬儀行いますねん、こちらやのうて近くの御寺どすけど」
「…………」
俺は正宗を持ったまま音羽を見詰めた。
「うちも出なあきまへんよって、二郎さんとお香さんはこちらでお控えくださいね?」
「……俺は……出られんか?葬儀」
「……あきまへん」
「無理やわな、そら……」
「…………」
「分かった、大人しくしとくわ」
「はい、よろしゅう御頼みもうします」
「……ほんなら又明日な」
「はい」
俺は正宗を持ち、障子の戸を開けて部屋を出ていった……
そっと襖を開けて部屋に入った。
部屋の中に灯りなどは灯っとらん。窓は開かれ月光が僅かに部屋の中を照らしとったが……
夏やから蚊が若干心配やった。
二つ敷かれた布団の一つは盛り上がっている。お香は布団の中で寝とるようやった。
「ふぅ……」
俺は部屋に入ると正宗を部屋の隅に置いた。そして布団の上に座る。
「……お香?」
俺は横になるお香にそう声を掛けた。お香は俺に背を向けて横になっとる。
「…………」
彼女は何も言わん。
「……寝てもうたんか?」
「…………」
「そない怒らんとってくれ、ほんまに何もしとらんから音羽には」
「うるさいね、寝ようとしてんのにさ」
「ふふ、怒んなや」
「うるせえ」
ふっと俺は笑った。ご機嫌斜めなようや。
俺は布団の中に入った。六月も下旬やから少し蒸し暑い。
「蚊、おらん?窓開けとって大丈夫か?」
「知らね」
お香は俺に背を向けたまま横になっとる。
「明日蚊帳でも用意してもらおうか、その方がええやろ」
「知らね」
「明日、与右衛門言う俺が世話になったお方の葬儀が近くの寺であるそうなんや」
「…………」
「そやから明日俺らは大人しく屋敷におっとかなあかんそうなんやて」
「…………」
「お香?」
「……もう寝る、静かにして」
「ふっ」
俺は観念して目を閉ざした。
室内はしーんとしとる。幸い蚊はおらんようやった。
「……ふぅ……」
俺は息を吐くと再び目を開き暗い天井を見詰めた。
与右衛門の葬儀か……あんだけお世話になったから出来うるならば俺も出たかった。
そやけどこの里で殺人を繰り返した俺に出られる資格などは無い。
与右衛門……徳二が殺したとは言えど、あんたの寿命を縮めた要因に俺が関与してんのは事実や。
あんたと俺が出会わんかったら、あんたと徳二が出会う事も無かったはず。
どんな因果が働いたんか知らんが結果あんたが死してしもうた原因に俺も関わっとるのは事実やと思う。
すまん、与右衛門。
「……二郎」
お香が呟く。
「……あぁ」
「そのお方に世話になったんだろ?葬儀出なくて良いの?」
そう言うと背を向けて寝ていたお香がこちらを向いた。
「無理や、俺はここの里の人らを殺し過ぎた」
「…………」
「ここで冥福祈るしかあれへん」
「そう……」
「……明日は大人しくじっとしとくか、何もやる事あらへんしな」
「すまないね、私のせいで、私の傷のせいで足止めさせてしまってさ」
「気にすんな、お前のおかげで俺の命がある言うても過言や無いんやから」
「お互い様だ、二郎のおかげで私は助かったんだ。今を生きてんだ」
「ふっ」
「二郎……」
お香がそっと布団から出た。
「…………」
そして、立ち上がり無言のままに俺のそばに来る。
そのまま俺の布団をめくってくると布団の中に入ってきた。
「ふっ、どないしたん?」
「…………」
彼女は何も言わず俺の右隣にぴたりと添い寝をする。
「……ふぅ……」
俺は息を吐いた。正直浴室で興奮してからずっと悶々とした気持ちがあった。
音羽の部屋へも行って欲情が高まったままなのも事実。
俺の右腕にお香が腕を絡める。お香の豊満で柔らかい胸が当たる。
理性があかんようになる。
「お香……どないした……」
「…………」
彼女は何も言わず俺の腕を強く握る。
それに比例し、彼女への愛しい気持ちが高まる。
「お香、俺お前の事……欲しくてしゃあなくて」
「私は仏門に入ってるもん」
「…………」
「だけど……今私は寝てるんだ」
「え?」
「私は……今寝てるんだ……今は寝言を言ってるだけだ」
何を言うてるんやろう……
「私は今……寝てるから……二郎に何かされても気付かない」
「…………」
「二郎に何をされても気付かずにいるんだ……」
「お香」
「何しても……良いよ二郎……」
「……お香」
俺は彼女に口付けをした。
彼女は特に何も言わずに目を閉ざしている。
「……お香……」
俺はお香の着物をそっと脱がせた。
すると目を閉ざしていたお香が目を開いた。
「二郎……おらもおめえさんの事一番大好きだよ……」
彼女は俺を見詰め小さくそう呟いた。
俺は彼女の頬をさすり長い口付けをした後に、
彼女と深く愛し合っていった…………




