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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第五章 飯田家
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86話 夜の平穏

「お食事でございます」


 そう言い音羽が膳を運んできた。音羽の後ろには使用人の女性もいる。

 今宵の晩御飯は二人分が運ばれとる。

 俺らの存在がバレた為、隠す必要がないと音羽が判断したんかも知らんかった。


「音羽、大丈夫なん?二人分の膳用意してもろうて」


 俺は膳を置く音羽にそう尋ねた。彼女は膳を置くと微笑み、


「大丈夫どすよ、うちがほんまの事全て話しましたさかい」


 そう言った。

 使用人の女性も膳を俺らの前に置く。

 膳の上に乗っているもんは、白米と焼き魚と吸い物と漬け物やった。

 白米が用意されとると言う時点で豪華に感じる。

 隣のお香も膳の上の食べ物をじっと見詰めとる。


 と、部屋の入り口から膳を担ぐ使用人っぽい男が姿を現した。

 そして、もう一つ俺らの前にそれを置いている。


「二郎さん、お香さん、うちもご一緒にお夕飯お供させてもろうてよろしおすか?」


 音羽が俺らにそう言う。


「……あ、あぁ、ええよ、俺らはお邪魔させてもろうとる身やからお好きにしてください」


 俺は少し恐縮し音羽にそう言った。


「是非に」


 お香も短くそう言う。

 室内の壁には飯田の槍が立て掛けられていて、畳の上には鞘に納められた正宗が置かれとった。


 使用人の二人が廊下に出て丁寧に座り込み、頭を下げた後そっと(ふすま)を閉めた。


「では是非、お食事どうぞ御召し上がりください」

「ほ、ほんなら……いただきます」


 俺は少し恐縮しながら頭を下げた。


「いただきます」


 お香も両手を合わせ、目をつむりそう言うとる。

 音羽も静かにいただきます、と呟いた。


 俺は箸を手にし吸い物のお椀の蓋を開けた。

 キノコと山菜の入った豪華な吸い物や。

 俺はお椀を持つと汁を口に運んだ。

 そして箸でキノコを摘まみ口に運ぶ。


「あぁ……」


 うまい、椎茸や。

 淡く薄いが上品な味が口に広がる。

 お香も音羽も吸い物を口にしとる。


「……あぁ……」


 お香も小さく声をあげる。うまいんやろう。


「すんまへんねぇ、殿方とおんなじ場でお食事するなんて」


 音羽が俺を見詰めそう言う。


「いや、そんなん全然気にせんとって、俺なんて田舎もんやからそう言う礼儀とかそんなん全然分からへんから、なんも気にせんでええよ?」

「ふふふふふ」

「田舎の農家のもんやからな、そんなん全然気にせんとって?」

「ふふ……分かりました。そやけど、お優しいんやね二郎さん」

「いや……」


 優しいんやろか……幾人もの人を殺した俺は果たして優しいんやろうか。


「私が庭で殺したお方達どうなった?まだそのまんま?」


 お香が音羽にそう尋ねとる。


「今……外へと運んどる頃や思います」

「私、手伝おうか?」


 お香が箸を置き、立ち上がろうとする。


「よろしおす、かましまへん」

「そうだけんど……」

「いいんどす、うちが悪いねん、うちが……」


 音羽がうつ向く。


「うちが……うちがここのもんに二郎さん殺すよう言うたからこないな事になったんどす!全部うちが悪いんどす!」


 音羽が又そんな事を言い出す。


「……もうええよ音羽、今はそないなしょうもない事言わんでええから、飯まずくなるやろ」


 俺は少しうんざりとしながら焼き魚を口に運んだ。


「……馬鹿か!?おめえも悪いんだろ!」


 バシンッ!!


 と、お香に背中をひっぱたかれた。


「あっ!」


 俺は焼き魚の欠片を口から吐き出し頭を下げて悶絶をした。


 痛い……こいつ怪力やからほんまに息が詰まるように痛いねん……


「音羽さんの気持ち考えな?」

「……ふふふふふ」


 俺が痛がる姿があまりに滑稽やったんやろか、悶絶をする俺を見て音羽がくすくすと笑っとる。


「お……前……手加減せえ……」

「あんたが馬鹿だからだろ、ばーか」


 背中……痛い……ズキズキと痛む。


「音羽さん、気にするなとは言わないよ?何人もの命が奪われたんだ」

「はい……」

「殆んどはさ、私が斬ったんだ、だけどね斬らないと私らが殺されてたんだ。どうしようも無かったんだ」

「…………」

「私達もあやつら斬りたいなんて思ってねえんだ?だけど生き残る為には仕方のない事だったんだべさ」

「…………」

「こんな世でしょう?何とかしてでも生き残っていかねえと仕方ねえもんね、みんなそうだ。去ってった徳二もそんな気持ち持ってたんだべ、生き残る為に必死だったんだよ」

「……ふふ……お香さんお国言葉どすか?うち初めて聞きまして、おかしおす」

「ええ?」

「聞き慣れへんお言葉やからおかしおす」


 そう言い音羽が微笑む。


「……聞いてる?私の話」


 お香が呟くようにそう言った。


「聞いとりますよ?為になる尼さんのお話」

「ふぅ……なかなか武州の言葉抜けなくてねぇ」

「かましまへん、うちのご先祖も相模の鎌倉の出のもんやったもん、お香さんと同じ関東のゆかりですもん、かましまへんよ?」

「鎌倉なんだ、私も鎌倉のお寺で少しお世話になったんだ」

「へぇー、そやけどうち鎌倉行った事ありまへん、遠い所なんて京の八坂さんにお参り行ったぐらいしかあらしまへんねん」

「私が住んでたお寺は八坂様のすぐお側だよ?」

「へぇー、うちその辺のお団子屋のお団子好きどしてん、八ツ橋大好きどすねん、たまにそこから八ツ橋注文しとります」

「八ツ橋おいしいねぇ、私も大好きなんだ。寺抜けてこっそり買いに行ってたんだ、お酒も一緒にね」

「へぇ、ふふふふふふ」


 なんかお香と音羽の会話が弾んどる。

 俺は何を言うてんのか話について行けず、膳の飯を口に運んだ。

 焼き魚はフナやと思う。大きなフナやった。

 そやけどめちゃめちゃうまい。白米とめっちゃ合う。

 椎茸の入った吸い物も甘酸っぱい漬け物もうまくて俺は満足しながら夢中で食事を口に運んだ。

 お香と音羽は相変わらず京の団子がどうの八ツ橋がどうのと楽しそうに談笑しとった。




「……ゲッ」


 満腹になった俺はゲップをした。

 お香と音羽はまだベラベラと談笑をしとる。


 楽しそうに話するんはええんやけど、俺らは今日何人の命を奪ったと思うとんねん。

 ちょっと浮かれすぎなんちゃうか。

 そう思った俺は、


「お香?」

「そんでさ……え?何?」


 談笑をしとったお香が俺を見る。


「あんな、話すんのはええんやけどな?」

「…………」

「今日何人の人の命が亡くなった?もう少し慎めや」

「分かってるよ」

「そんなべらべら話して笑っとる場合か」

「だからって暗い顔してじっとしとくの?」


 お香がじっと俺を見詰める。


「そやけど……」

「暗い顔してじっとしても、逆に楽しげに話しても結果は同じだよ?何にも変わりねえよ。坊主の私がこんな事言うのもおかしいだろうけどさ、暗い顔して死者の事想ってじっとしてても何の意味もないんだよ」

「…………」


 俺は黙り込んだ。

 確かにそうかもしれん。山崎で殺戮を繰り返した俺やから分かる。

 中途半端に冥福を祈ったとしても何の意味があるのか、実際俺は戦で命を奪った連中に対して何の祈りをしてきたのか。

 むしろ一切しとらんやないか。


「……確かに……そうかもしらんな……」

「祈りをする意味はあるかもしんないけどさ、ずっとずっと暗い顔して飯食うのも嫌じゃない?」


 お香が微笑みそう言う。


「そやな、確かにそうかもしらん」

「だけどおめさんの言う事も分かるよ?さっき私が何人も斬ったのに、のうのうとご飯食べて笑ってるってのはね、人道に反するってのはさ」

「うちが悪いんどす、お香さんも二郎さんも悪うございまへん」

「いいよ?音羽さんは悪くねえべ、私と二郎が悪いんだ」

「俺が悪いねん、俺が音羽の気持ち(もてあそ)んだからこないな事になったんや、お前ら二人は全然悪ない……」


 そう言うと俺は深い溜め息を吐いた。

 キリがないな、自分が悪い自分が悪いと言い合うこの責任の背負い合い。


「二郎?もう良いよ?私も音羽さんもあんたの気持ち分かってるからね?誰が悪いとかそんなの関係ないもんね」


 お香が俺の腕を強く掴み、俺を見詰めそう言った。


「……あぁ、そやな、もうええわこの話は、そんで音羽」

「はい」

「俺らもいつまでもこの屋敷におられへんと思うねん、俺らは……この里の人を殺めすぎた。俺らを恨み殺したいと思う人たくさんおると思うねん」

「…………」

「そやから明日か、むしろ今夜にでもここを去った方がええと思うんや」


 お香と音羽がじっと俺を見詰める。


「……まだあきまへん」


 音羽が小さくそう呟いた。


「え?」


 俺は少し驚き音羽を見た。音羽はじっと俺を見詰める。


「お香さんのお首の傷、まだ癒えとりません、縫った糸もまだ残っとります」

「…………」

「あと、しばしこちらへ居っとってください」

「そやけど……」


 俺は顔をうつ向かせた。


「うち、与右衛門様討ったのん徳二さんやとみんなに言いました。ここの館のもん全員の前でそない言いました。里のもんにも伝わっとる思います」


 音羽がじっと俺を見詰める。


「そやから、この館ではお二人襲うもんはもうおりませんよ?」

「うーん……」


 俺は唸った。ほんまなんやろな……そやけどこの里のもん手に掛けて殺してしもうとるしなぁ……

 でもまだ傷を負ったお香に無理させられんし……

 どないしたらええんや。


「二郎、御言葉に甘えさせてもらお?」


 お香が俺の腕を掴んだままに俺を見詰めてそう言った。

 俺もお香を見詰めた。


「是非に、もうしばらくおっとってください」


 そう言い音羽が頭を下げる。

 出来ればすぐに出たかったが、お香の怪我を考えると急いでここを去る訳にもいかんか。


「分かりました、しばらくお世話になります。そやけど」

「…………」

「どれ程かかるんや?お香の傷癒えるのん」

「二郎、私の事は気にしなくても……」

「十日はおってもらった方が、十日でも少ないかもしれません」


 音羽がそう言う。


「そうか」

「お香さんご無理しなさんとってくださいね?」


 音羽がお香を見詰めそう言う。


「……分かった……」


 お香はそう呟くと手を目に当てていた。


「……う……うぅ……」


 泣いとる……

 お香は静かに泣きながら手で必死に涙をぬぐっていた。


 俺はそっと彼女の背に手を当ててさすった。

 お香はこう言うの嫌がるかなと思ったが、彼女が泣き止むまでしばらく彼女の背中をさすってやった。

 お香はしばらく涙をぬぐっとった……




 今は真夜中、部屋に灯りは無く、入り口の襖を開けて月明かりの僅かな明かりを頼りに布団を二つ敷きその上に寝そべっていた。


 今は襖を閉めている為、部屋はもう真っ暗やった。


「蚊が入ってきてるかもしんねえね?」


 お香がそう言う。


「それはしゃあないなぁ、我慢せんとな」

「私、蚊嫌いなんだ」

「俺も嫌いやわ、好きな奴なんておらんて」

「二郎んち蚊帳あったね、私の住んでる寺はさ、蚊帳なんて無いから夏は大変なんだ」

「ほう、それは又難儀やな」

「朝起きたらあちこち刺されちまっててさ、大変なんだよ」

「ふふ、俺みたいな足軽なんてな、戦行く時は地にゴザ敷いてそのまま寝るんや、蚊どころかでっかい蜘蛛やらムカデなんかも寄ってきてな、大変なんやぞ?」

「へえ」

「まぁ蚊が一番鬱陶しいけどな」

「だけど大変なんだね」

「大変やで、大変やけど殺し合いの場に赴かなあかんから、蚊よりその場でどないして生き抜くかとかの方が気になってな、むしろ蚊なんか気にならん程や」

「…………」

「ほんまに生きるか死ぬか、やからな」

「そう……」


 俺は暗い天井を見詰めて山崎の戦いを思い返した。

 今まで生きてきた中で一番の大戦やった。

 ほんまに何度死ぬかと思った事か……

 何度人を殺めた事か……


「はぁ……いつまで続くんやろな、こんな世……」


 俺はポツリとそう呟いた。


「……いずれ終わるさ、いつかね」


 お香もポツリとそう呟く。

 じっと暗い天井を見詰めていた時……

 すぅっと襖が開かれた。

 そちらを見ると月明かりに照らされた音羽がそこにおった。


「……音羽?どないしたん?」

「はい、もう厠(便所)の方、お使い頂いても構いません事お伝えに参りました」

「そうなん?ほんなら俺行こうかな」


 俺はそう言い布団から出た。


「私も行くよ、樋箱にうんちすんの恥ずかしいもんね」


 お香もそう言い立ち上がった。


「お前も行くんかい、しゃあないなぁ」

「私が先だよ?良いよね」

「ええよ、臭そうやなあお前の後」

「うるさい馬鹿」

「あははははは」




 今は厠の側にいた。お香が先に入り用を足している。


「……二郎さん、良い?」


 隣にいる音羽が俺に声を掛ける。


「ん?」

「……後で……うちんとこ来てくれません?」

「……え?」


 音羽がじっと俺を見詰める。

 何か……俺を誘うような眼差しや。


「え?」

「お香さんとは……男女の仲やあれへんのやろ?尼さんやし」

「まぁ……そやけど」

「うち、二郎さんの事まだ好きどす、そやから」

「音羽……」

「二郎さんその内去ってしまうんやろ?そやったらせめて……二郎さんのお子授かりたいねん」

「…………」

「そやから後でうちのお部屋来てもらいません?」

「部屋に?」

「うち二郎さんの子、産みたい」

「……えっと、あんな音羽、俺は……」


 そう言うと厠からお香が出てきた。


「あぁ、よく出たよ、だいぶん溜めてたし」

「臭そうやなあ」

「うるさい馬鹿」

「ははは、ほんなら俺行くわ」


 俺はそう言うと厠に入っていった……




 再び部屋に戻り、真っ暗な天井を見詰めていた。


「……はぁ……」


 俺は先程の音羽の言葉を思い出した。

 まだ俺の事が好きで俺の子を産みたいから部屋に来て、と言う言葉。


 ……どないしよ……ほんまにどないしよ……


「あぁ……」

「どうしたの?」


 隣の布団に寝そべるお香がそう尋ねた。


「なんもあらへん、寝とき?」

「音羽さんだろ?部屋行けば?」

「え!?」

「……行けば良いよ」

「……な、何が……」

「行けば良い、誘われてんだべ?行きなされ」


 知っとるんかい……


「……いやあの……」

「行けば良いべ?子作りしてきな?」

「お香……」

「おら寝とくよ、勝手にしてくらっせ」

「いや……そんなんはせんよ」

「してくりゃあいいでねえの、子作り」

「何を言うとんねん……その……話はしたい、音羽と」

「はぁ?知らね、そんなの」

「妙な事はするつもりはないよ、ちょっと話した方がええかな思うて」

「馬鹿馬鹿しい、さっさと行きなされ」

「妬いてくれとんの?ふふ」

「馬鹿言うでねえ!何言ってんだおめえ!」

「ははは、すぐ戻るわ、ほんまに話するだけや、なんならお前も来てもええよ?」

「うるせえ馬鹿!おら寝とくからね!」

「すぐ戻るわ、お香、聞いて?」

「……なに」

「俺はお前に惚れてもうたんや、お前の事が一番好きなんやで?」

「……知らね……」

「ふふ、じゃあな」


 俺はそう言い立ち上がった。


「待って二郎……」


 寝転ぶお香がそう呟いた。


「ん?」

「……すぐに帰ってきてよ?」

「ふふ、そのつもりや」

「遅かったら正宗持って部屋押し掛けるよ?」

「ははは、分かったわ」


 俺はそう告げると廊下に出て音羽の待つ部屋へと向かっていった……

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