84話 夕暮れの庭
庭に雪崩れ込んできた男達は、せいぜい十人程やった。
もっと少なく七人か八人程度かもしらんかったが、丁寧に人数を数える暇は無かった。
お香は夕陽に染まる庭の中心で名刀の相州伝正宗を構えとる。
「お香、ほんまに無理すんな、お前の首の傷まだ癒えてへんやろ……」
俺はこちらに迫ってくる男達を見詰め、飯田の槍を構えながらお香にそう言った。
「ふふ、大丈夫だよ?この刀握り締めてたら……傷なんて直ぐに癒えちまったよ」
お香が少し微笑みながらそう言う。
「……若い奴二人おるやろ……あいつら俺と同じ陣営で一緒やった奴やねん」
俺は話を切り替えて徳二とアホ面を見てそう言った。
「…………」
お香は何も言わん。果たして誰が徳二かと伝わっとんのやろか……
「十代っぽい奴等……あいつらとは話聞きたいからすぐに斬ったりせんといてくれへんか?」
「他の奴は斬って良いって事?二郎、酷い事言うねえ」
この状況でお香が笑う。
「そやけどな……こいつら……」
こいつら俺らに対してかなりの殺気を発しとる。完全に俺らを殺る気や。
「分かってるよ?奴等おら達を殺す気だべさ……ふふ……」
そう笑った時やった。
お香がもう直ぐそばに近付いている男達に駆け寄った。
……あかん……
俺はそう思った。
又、お香の殺戮が始まる。目にも止まらん速さのお香の殺戮が……
出来うるのであれば俺が槍で殆んどの敵を討ちたかった。
もうこれ以上、彼女に人の命を殺めて欲しくなったからやった。
しかも、まだ致命傷寸前の怪我を負って、本来は安静にしとかなあかん彼女やったから……
そやけど、無理やった。
名刀、並びに妖刀の正宗を手にしたお香を止められる者はおらんかった。
木の枝を手にしたお香の一太刀すらも尋常ですらない速さやったのに、正宗を手にしたお香は言い伝えの武神ヤマトタケルが如くの強さやった。
お香が二度刀を振るうと二つの首が飛び、三度振るうと男三人の首が飛んでいた。
夕暮れの庭は血に染まっとる。
「お香……もうええ……」
そう言うもお香の動きは止まらんかった。
俺が言うた徳二とアホ面以外の連中を一人だけ残して全てを斬り殺しとった。
俺は少しだけゾッとした。
確かに強いけど……やり過ぎやろ……
お香は残り一人に向け正宗を構える。
残り一人の男も槍を構えるが手を震わせとった。
お香はジリジリと間合いを詰めとる。
「待て!!貴様逃げえ!!早よ逃げろ!!」
俺はお香の腕を強く掴むとその男に向けてそう怒鳴った。
男は一瞬俺を見詰めたが槍を捨てて、背を向け駆けていった。
お香が反射的に男の後を追おうとする。
しかし、俺は彼女の腕を強く掴みそれを許さなかった。
「なしてだ!!」
お香が俺を強く睨む。
それはまるで山猫がウサギを追い、狩ろうとするかのような眼差しやった。
「阿呆!!それでも仏門入っとんのか!!」
「…………」
俺がそう怒鳴るとお香の殺気が薄れた。
「お香、刀に魅入られ過ぎじゃ……そんなんやったらその刀、俺が預かるぞ」
「…………」
お香は何も言わんかった。
何も言わんと、正宗の柄を強く握り締めとる。
俺はふぅ、と息を吐いた。
目の前には槍を持つ徳二と、刀を握り締めたアホ面がおった。
「アホ面、久しぶりやな、生きとったか」
俺はアホ面にそう言った。こいつの名前なんか忘れてしもうた。名乗られたかどうかすらも覚えとらん。
「……覚悟せえ……二郎……」
アホ面が弱々しくそう言う。
「徳二、どないしたんや?俺殺しにきたか?」
「…………」
俺がそう言うも徳二は何も言わん。
「あんな大勢の人どっから呼んだんか知らんが、素直に高槻に帰っとけや、そやけどこんだけ仲間死んでしもうたんなら、ただでは済まんぞ徳二」
「うるさい、音羽どうする気じゃ……」
「……音羽はここで静かに過ごしてもらいたい。どなたかええ人と結ばれてな、そやけど徳二、その相手はお前やないぞ……」
俺はそう言い徳二を睨み付けた。
「……二郎、お前が音羽を娶る言う話ちゃうんか」
徳二が俺を鋭く見詰める。
「俺は音羽は娶らん、とてもここにはよう住めん。どんだけここで人の命奪ってきた事か……」
俺はやや視線を落としそう告げた。
徳二は黙っとる。アホ面も黙っている。
「私が殆んど殺生したんだよ!二郎は私を庇ってくれてんだ!」
「二郎!その女がええ言う事か!音羽より、その坊主の女がええ言う事か!」
「そうじゃ!!俺は音羽よりこの娘の方がええんじゃ!!」
俺がそう怒鳴ると徳二から強い殺意が湧き出した。
その時、アホ面が突然しゃがみ込み、俺に向けて砂混じりの砂利を投げ付けてきた。
その砂は俺の目に入り、一瞬俺は後ろに下がり目を閉ざしてもうた。
微かにアホ面が俺に刀を振りかざした様子が窺えたが……
俺は目が痛くなり、後ろへと下がっていった。
シュン……
と、何度か聴いた空を斬る鋭い音がする。
俺は後ろに下がりながら目をこすった。
目を開くのが少し怖い。
あの音は確実に……音速のようなお香の太刀の振るいの音やったから…………
しかし、その現場を見ん訳にはいかん。
目が回復した俺は、その様子を確認した。
刀を握り締めとったアホ面の両腕が刀ごと地面に落ちとった。
アホ面の手首から肘の中心が見事に斬られている。
「覚悟……」
お香が足を踏み込みアホ面の首に狙いを定め、刀を振ろうとしとる。
「待てえ!!」
俺はお香にそう怒鳴り付けた。
お香は刀を振るいアホ面の首を斬る寸前の所で刀を止めた。
そしてチラリと俺を見る。
「待て……もうそれ以上人の命奪うなお香……」
俺は若干涙目でそう言った。
「……甘えた事を……」
お香がじっと俺を見詰める。
と、その時アホ面が……
「うわああああ!!あああああ!!」
と、声を上げだした。両腕を斬り落とされたアホ面が叫び声をあげ、しゃがみ込み喚いとる。
「いやああああ!!うおおおおお!」
「介錯致す!!」
徳二が地に落ちたアホ面の刀を拾い上げると、叫び回るアホ面に向け刀を構え、ビュッと一太刀振るった。
「うお……」
叫び声は止み、アホ面の首は胴から斬り離された。
「……徳二」
「二郎!覚悟せえ!」
徳二が刀を捨て、再び捨てた槍を手にし俺に向けて構え出した。
俺も飯田の黒く重い家宝の槍を構えたが……
もう相手が俺とお香しかおらんこの状況、もはや勝敗は決しとった。
「徳二、もうええやろ」
「貴様を討つ……」
徳二が槍を構える。お香も徳二に向けて正宗を構えとった。
「お香、構え解いてくれ、あとは俺だけでええから」
「……分かった」
お香がそう言い構えを解く。
「徳二、ええか?」
「……なんや……」
徳二がそう呟いた時、俺は飯田の重い槍の柄を徳二の胴目掛けて振り抜いた。
ガツンッ!!
と、鈍い音がし徳二が真横に吹っ飛んだ。
俺は飯田の槍から手を離し、徳二に素早く近づくと徳二の持つ槍を掴み強引に奪った。
そして、その槍をも地に捨てると握り拳を作り徳二のみぞおちに向けて思いきり振り抜いた。
「阿呆が!!お前ほんまに与右衛門殿殺しとるやないか!!」
俺はそう叫ぶと徳二の鼻を思い切り殴り付けた。
徳二の鼻から血が溢れ出てくる。
「糞のようにひ弱なくせに何考えとんじゃボケェ!!」
俺は尚も徳二の頬や鼻を殴り続けた。
許せんかった。こいつの浅はかな考えが。
俺が音羽に手を出したせいで音羽が俺に惚れ、その事に悩んだ結果、与右衛門を討とうと音羽が言い出したとて、
冷静な判断もせず、ほんまに与右衛門に手をかけた徳二の軽率な行動が許せんかった。
結果多くの与右衛門の部下の命までをも奪ってしまった事を俺は許せんかった。
俺にも非はある。そやけどこいつの非は尋常やない。
「二郎、どきな?斬ってやるよ私が!」
「じゃかあしいわ!!邪魔すんなぁ!!」
俺は感情的になり、お香にまでそう怒鳴り付けてしもうた。
お香は刀の構えを解いて俺を見詰めている。
「徳二……覚悟出来とるか貴様……自決せえ……俺が介錯したるわ」
涙目になっとる俺は徳二の胸ぐらを掴み、目を睨み付けそう告げた。
「二郎さん……」
そっと俺の肩に柔らかく温かい感触がした。
興奮した俺の気持ちが少しだけ和らぐ感覚がした。
チラリと後ろを見ると音羽がそこにおった。
「音羽……良かった、無事やったか」
俺は音羽を見詰めた。
男らが乱入した時、音羽を放置してしまっとって少しだけ不安やったから。
「二郎さんもお香さんも、ようご無事で」
音羽が少し安堵の顔を浮かべ俺らにそう言う。
「殆んどお香の手柄やけどな」
俺はチラリとお香を見た後にそう言った。
音羽は俺を見詰め小さく微笑んだ後、俺に殴られ顔面が血塗れになった徳二を見詰めた。
「徳二さん、えろうお顔でお可哀想……」
そう言い徳二の頬に手をそっと添えとる。
「音羽……」
徳二も音羽を見詰めた。
俺は立ち上がり、お香の隣に並んでその様子を窺った。
音羽は徳二の頬に手を添えていたが、片方の手を胸元に入れた。
そして……
「あの世で待っとってくださいね?うちもすぐ行きますよってに」
そう言うと音羽は胸元から小刀を取り出し、徳二の首筋に向けてその刀を振りかざした……




