82話 正宗
パッと目を覚ました。
時は分からんが、開けられた窓から朝日が差し込まれていて部屋の中は明るかった。
「ほんまどすねぇ、武蔵はどうなんどす?」
「河越はもっと冷えるよ、雪が積もるのはたまにだけんどね」
「へぇ、山城の国もたまに積もります」
お香と音羽の声がする。なんか話をしとるようや。
俺はゆっくりと身を起こした。
「起きたよ、女ったらしが」
布団の上に座るお香がそう言い笑っている。音羽も目覚めた俺を見て微笑んでいる。
「……ふぅぅ……」
俺は息を吐きぼーっとした。まだ頭が目覚めん。
「二郎さん、朝ごはん御用意致しましたよ?」
音羽が膳をチラリと見てそう言った。
「あぁ……おおきに……ふぁぁぁ……」
俺はそう言うと大あくびをした。
「樋箱も用意しとりますから」
「厠へは行けんの?部屋で糞尿出すんは、やはり抵抗あってな……」
「誰かに知られれば、お二人のお命狙われますゆえ、それは……」
「そうか……」
「それと……」
音羽が布に包まれたある物を手にした。
藍色の布に包まれた長い物を……
お香がじっとそれを見詰めとる。その眼差しは鋭くなっていった。
「昨夜言われました通り、御用意致しました」
そう言うと巻かれた布を外しだした。
そこには鞘が現れた。昨夜俺が注文した刀や。
「こちらをお渡し致します」
音羽が俺に鞘を差し出す。
「……良いね……凄いよ……見ていい?」
お香が真剣な眼差しで鞘を見詰めそう言う。
「どうぞ」
音羽がそう言うとお香が鞘を手にした。
彼女の目は真剣や。
お香は鞘を手にすると、そっと鞘から刀を抜いた。
「……これは……」
お香が刃を見て驚愕しとる。
「相模の国の岡崎正宗公の作による名刀に御座います」
音羽がそう言った。
俺にはよう意味が分からんかったが……
「……正宗……」
お香はじっと刀を見詰めとる。その顔は強張っていたが、なぜか徐々にお香の頬が赤くなり、血色が良くなっていった。
「二郎さん、こちら差し上げます。どうかお大事になさってください」
音羽が俺にそう言った。
「あ、あぁおおきに……」
「……正宗……」
お香の刀を持つ手が震えとる。
そないに凄い刀なんやろか。
「お香、どないした」
「…………」
お香は何も言わん。
「こちらは岡崎正宗公が手掛けた相州伝と言う刀でして、代々飯田家に伝わってきた家宝の刀に御座います」
音羽が刀を見詰めそう言う。
「家宝……」
「相模の国より伝わった物と言うのは聞いとります、飯田の一族は元々相模の国の者でしてん」
「あぁ」
前も与右衛門が言うてたな、飯田家の祖先は相模の国から足利尊氏と言う将軍様を護衛して京に来たと。
「そ、そやけどそんな大事な家宝……貰ってええんか?」
「はい、与右衛門様は二郎さんに家督を譲るとまでおっしゃってました。そやけど二郎さんそんな気ありまへんのやろ?そやったらせめて家宝の刀を、と」
「……そうか……おおきに」
「……徳二さんお討ちにならはるんやったら……三流の刀より一流の刀の方がええかな、と思いまして」
「まだ討つかどうか分からんて」
俺は苦笑いを浮かべた。
「そやけど、又来はる可能性もあるんどっしゃろ?」
「そやな……」
俺は天井を見詰めた。あいつと数日過ごしたがまだ内面がよう分からんのが実情や。
そやけど又来そうな気がしてしゃあない。
「二郎、この刀、私に貰えない?」
お香がそう言う。
「ええ?」
「この刀……凄いよ……私こんなの初めて手にしたよ……」
刀を見詰めるお香の顔の血色が更に良くなっとる。
「お香……」
この娘、刀に魅入られとる。
それほど凄い名刀なんやろう、むしろ妖刀と言ってもいいかもしらん。
その刀は朝日に照らされて美しく輝いていた。
俺ですらもその刃の鋭さに見とれてしまう程や。
それなら、刀と共に育ってきた彼女であるならば尚更、魅力的に感じるんやろう。
「そやけどそれは俺に、言うてわざわざ持ってきてくれはったからなぁ」
俺は音羽をチラリと見た。ここで、『ええよ、くれてやる』なんて言うと音羽の面目も潰れるし失礼に値すると思ったから俺は言葉を濁した。
「おなごさんが刀扱いますん?」
音羽が少し微笑み、お香にそう言う。
「あぁそうか、まだ言うてへんかったな、この娘はな、関東で名の馳せた塚原卜伝言う剣の達人のひ孫さんやねん」
「……え?」
音羽が俺を見詰める。その瞳は茫然とし、驚きの眼差しやった。
「え?」
俺も逆にそう言ってしまった。
何でこんなに驚いとるんやろ。
確か兄貴も驚いとったな。
「……嘘でっしゃろ?……ほんまどすか?お香さん」
「ほんまだよ、本当に私の曾祖父だよ」
「…………」
音羽が絶句をしとる。
そないに有名なお方なんか?知らん俺が恥ずかしくなってきた。
「し、失礼致しました、そないにお偉いお方やとは知りませんでした」
そう言い音羽が畳に手を付いて頭を下げとる。
「やめてください、私は京にいるただのしがない尼ですから」
そう言うとお香は刀を鞘にしまったが、それでも鞘を強く握り締めとる。
「……うちびっくりしました。塚原卜伝公言うたら、うちの曾祖父が京で剣術の指南受けましてん、うちの祖父からもよう聞きましてん、ごっつう偉いお方や言うてましたんや」
「へぇ、それはそれはありがとうございます。何かのご縁でもあるやもしれません」
そう言いお香が頭を下げるも鞘は握り続けていた。
余程魅せられたんやろう。
「そうどしたら、お香さんがお使いくらはった方がよろしおすな二郎さん」
音羽が俺にそう言う。
「え?あ、あぁ、そ、そやな……」
俺にくれるんちゃうんか……
徳二から奪った刀はあるんやが、俺はそれを使うんか……
まぁええけど……
「そやったらあの槍持ってきましょか?二郎さん今趙雲なんやろ?」
音羽がそう言うとお香がふふふと笑いだした。鞘を握り締めなから。
「あぁ……あれか、ほんならお預かりするだけで、この屋敷におる間だけ」
「授けます、与右衛門様の想いも込められとりますから」
音羽が真顔でそう言う。
「そう言う訳にはいかん、想いが込もっとるんなら尚更にな、この屋敷におる内に借りるだけでええわ」
「そやけど……」
「ずっと家宝として置いといた方がええよ?」
「……はい、分かりました。今から持ってきますね」
そう言うと音羽が立ち上がって部屋を出ていった。
「可愛らしい娘さんだね」
お香が襖を見詰めそう言う。
「そやな、器量のええ子や」
「あんたあの子にも手を付けたんだってね、女ったらし」
「な……」
俺はギョッとしてお香を見詰めた。
なんで知っとんねん……
「い、いや……」
「斬ってやろうか?」
そう言いお香が鞘から正宗の刃を抜いた。
「ちょ、ちょっと待てや!」
「冗談だべ、だけど軽蔑するよあんた」
そう言い刃を鞘にしまった。
「……つい、出来心で……」
「馬鹿」
「…………」
俺はうつ向いた。
「朝御飯食べようよ、冷めてしまうよ?」
「そやな……」
俺は側に置かれてある膳を布団の上に座るお香の前に置いた。
膳は昨日と同じように一人分だけや。これを又二人で分けあって食べなあかん。
それは俺らを匿っている事を屋敷におる連中に対し秘密にする為。
音羽なりの俺らに対する気配りやった。
「ほんなら食べるか、お前、刀置けや」
お香は刀の入った鞘を握り締めとる。
「おらこの刀に惚れちまった」
「阿呆か、誰にも取られんし置いとけ」
「嫌だ」
そう言うも膝の上に鞘を置いとる。
「ふっ……」
俺は呆れて苦笑いを浮かべた。
「死ぬまで離さないよ、この刀」
「…………」
余程魅せられたようやな……
少しだけこの名刀正宗に嫉妬してしまった…………




