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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第五章 飯田家
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81話 月光の下

「見て、二郎さんお月様綺麗どすね……」


 部屋に戻る途中、音羽が空に浮かぶ月を見詰めそう呟いた。

 見事な満月で月光は屋敷の庭を照らしとる。


「……庭の遺体は……まだおんの?」


 俺は満月を見詰める音羽を見てそう聞いた。


「もう……片付けましたよ?もう里の方で埋葬致しました」

「…………」

「二郎さんやお香さんのせいやありまへん、全部うちが悪いんどす……」

「音羽、与右衛門討つよう仕向けたんもお前の指示って……ほんまなんか、ちゃんと説明してくれ」

「…………」


 音羽は無言で満月を見詰める。

 月明かりに照らされるその美少女の横顔は幻想的で、一瞬心を奪われかけた。


「……うちのせいどす……全部うちが悪いねん」


 そう言い視線を俺に移した。


「そやけど二郎さん、あんたにも責任はあるんやで?うちの心奪いながら他に女の人おるいうから……」

「……久の事か……」

「少なくともお香さんの事やありまへんけどな、家戻ったら待っとる人に逃げられたって……うち笑うてまうわ」

「…………」

「まだお探しになるん?」


 音羽が俺を見詰める。


「気にはなる……一緒に生きていこう思うた奴やし……ええおなごやったから」

「うちは?うちはあかんの?」

「……小栗栖は……無理や……やり過ぎてもうた……とても住めん」

「…………」

「人を殺めすぎた、俺を殺したい言う奴が多すぎるやろ」

「……うちもいっそ殺してまいたいわ、二郎さんあんたの事……」


そう言う音羽の眼差しは鋭かった。


「短い間の付き合いやけど、ようしてもろうて、うちほんまに二郎さんの事好きどしたんやで?」

「あぁ……」

「そやけど想い届かんし……徳二さんお優しくしてくれはりましてなぁ、そんで徳二さんにうちの二郎さんへの想いを話したんどす」


 満月の月明かりに照らされる音羽が俺を見詰める。


「徳二さんは……二郎さんの事で苦しまんでもええ言わはりまして……ずっと優しゅうしとくれはって……うち徳二さんの事惚れかけましてん、体も許しました」

「…………」


 俺は無言で音羽を見詰めていた。


「そんで……徐々に徳二さんの事お慕いするようなっていって……そん時に与右衛門様が京からお戻りなさらはってな、二郎さんが羽柴秀吉様からお認めなされたと言わはられて……直に小栗栖戻らはる言われて……」

「…………」

「徳二さん故郷に帰して、二郎さんをここに迎えるつもりや言わはられて、この飯田の家に」

「……ふぅぅ……」


 俺は息を吐いた。


「二郎さんと二郎さん待ってはる女の人迎えて、ここの跡を託すまで言わはったんやで?」

「…………」

「うち文句言ったんやけどな、うちの事……徳二さんと高槻に住め言うて、高槻に嫁げ言われてな」

「音羽……」

「悔しくてしょうがなくて……どうすればええんか分からんようなって、ほんなら徳二さんが……」

「…………」

「……二郎さん討とう言わはられて……」

「……ふっ……」


 俺は小さく笑い満月を見詰めた。


「そんなんよう出来んから、それなら……与右衛門様を討ち取って……飯田をうちらのもんにしようって……そない言い出したんはうちなんどす!!」


 音羽は涙声でそう言った。


「……そうか」

「うちが……うちがそう言うたら徳二さん……与右衛門様ほんまに討ち取って……うぅ……うぅぅ……」


 ふぅ……と俺は息を吐いた。

 与右衛門……俺がここに来たが為に、飯田家にえらい混乱招かせてしもうたようやな。

 混乱の原因は確実に俺のようや。


「音羽、お前は悪うない、徳二も悪うない。俺がここに来たのが悪かったんや」

「うぅぅ……」


 音羽は嗚咽を漏らして泣いとる。


「……すまん……」


 それ以外の言葉が出てこん。泣きじゃくる少女に何て声を掛ければいいのか……

 全く分からんかった。




「ぐすっ……ぐすっ……ぐすっ……」


 俺は月明かりに照らされる音羽をじっと見詰めとった。

 号泣していた音羽が徐々に泣き止みだしとる。


「ぐすっ……ぐすっ……二郎さん」

「うん……」

「お肩の糸……ぐすっ……取らんとあきまへんね」

「肩?あぁ」


 そういや肩の傷を縫った糸、そのままやったか……


「そういやそうやな」

「今取りはりますか?それか朝にします?」


 今は真夜中やった。取る言うてもお香の寝とる部屋でやろう。


「……朝か昼でええわ、もう遅いしな」

「分かりました、ほんならそう致しましょ」

「音羽……徳二はほんまにどこ行ったんや」

「……知りまへん」

「ほんまやろうな、ほんまに知らんのやろうな」

「知りまへん」

「……そうか、そんならええわ、それともう一つ」

「…………」

「飯田家の家宝の槍なんやけど、庭に置きっぱなしのはずなんや、槍はどうなった?」

「血まみれやったんで洗わさせました」

「そ、そうか」

「今は納戸に納めとります」

「そうか、あと……最後にもう一つだけ注文ええやろか」

「はい」

「刀を一本用意してくれへんか?」


 俺は月明かりに照らされる音羽を見詰めて真剣にそう言った。


「…………」


 音羽はじっと俺を見詰める。


「すまんがお願いできひんかな」

「どないして?どういう御理由で?」

「身を守る為や、お香と俺の命をな」

「…………」

「…………」


 俺がじっと音羽を見詰めると彼女は俺から視線を逸らし月を見詰めた。

 俺は彼女の横顔を見詰め続けた。


「えろう警戒しなさるんどすね?」

「まぁな、ここに来て数回殺されかけたんやからな」

「……うちの事信じてはらへんのどすね」

「音羽の事は……まだほんの少し警戒はあるが信用もしとる」

「……ほんなら……なんで」

「徳二や」

「…………」

「あいつはまだ終わっとらん、まだなんか俺にしてくる、そう感じる」

「……徳二さん、何も言わんとどっか行かはられましたんや……」

「そやろな、そない感じてた、そやから警戒が必要なんや」

「…………」

「あいつ……音羽、お前に本気で惚れとるようやから……必ず戻ってきよる、そんで俺に何らかの事してきよる」

「……殺しますん?徳二さんの事……」


 音羽が俺を見詰める。


「俺を襲うだけやったら殴るか蹴飛ばすか程度やけど……」

「…………」

「お香に手ぇ出そうとしたら、その瞬間首跳ねたるわ」

「…………」

「誰であろうと…………お香に手出しはさせん…………」

「……分かりました、ほんなら刀、御用意致します」


 俺は満月を見上げた。

 そして……


「すまんな、ずっと世話になってばかりで」


 そう呟いた。


「いいえ……」


 音羽も満月を見詰めて小さくそう呟いた…………

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