80話 支え
夜中、時は何刻か分からんが、暗い部屋、蝋が部屋を照らす中で俺はお香の背を押さえていた。
彼女は身を起こし、自分で箸を持ち膳に乗る食べ物を口に運んどった。
俺は彼女の背に手を当てて支え、座る彼女の体の負担を和らげさせていた。
「しんどないか?体しんどかったらすぐ言えや?」
「大丈夫だ、ありがとう」
「うまいか?」
「ふふふ、おいしいよ?ふふふふふ」
お香が笑いだす。
「……ん?」
「ずいぶん優しいね」
「……別に」
俺は少し照れて声を落とした。
「まさか……こんな事になるなんて思わなかったね」
お香がそう言い惣菜を口に運んどる。
「……そやな……そやけどお前が無事で何よりや、お前ほんまに死ぬんちゃうかと思ったで?首からの出血が相当酷かったから」
「全く覚えてないよ、そんな事なんて」
「そらそうや、お前意識失のうとったもん」
「へぇー、知らね、そんなの」
そう言いお椀を持ちかえ汁物を口に運んどる。
俺は彼女の背を押さえ、ずっと支えとった。
「お香……音羽に十日はここで休め言われたんやけどな」
「十日?」
「長いやろ?そやから……五日ぐらいしたら亀山帰らへん?」
「…………」
「そこで……俺とずっと一緒に……」
「馬鹿言ってんでねえよ……京でお久さん探しに行くんだろ?その為の旅だべ?何言ってんの!?」
「……そうなんやけど……」
「ずっと何?ずっと何すんの?」
「……俺とずっと一緒に……」
「…………」
「住んでくれ、俺の嫁になってくれ」
「……馬鹿でねえの?私は……仏に仕える身だもん……」
お香が膳にお椀を置いとる。
「抜けれんの?仏門」
俺はうつ向くお香にそう言った。
「……おめさんさ、京に女探しに行くんだろ?何言ってんの?」
ちらりと俺を見詰め彼女がそう言う。
「…………」
俺は無言のままに彼女を見詰めた。
「馬鹿じゃないの?もう」
「馬鹿かも阿呆かも知らんな、そやけど……俺お前の事」
「まずはここを出てからだ、ここで命狙われてるんだろ?まずはここを出てから」
「……そうやな」
「おら……私のせいで足止め食ってんだろうけんどね」
お香が俺から視線を逸らし、うつ向いてそう言う。
「お前のせいちゃうわ、むしろ俺のせいや、問題は俺からやったんや」
「なして?」
再びお香が俺を見詰めた。
「俺が……なんも考えんと成り行きのままに行動したからや」
「意味わかんね」
「分からんでもええねん、俺のせいや、全部な」
「全部じゃないよ、おら……私の命救ったの二郎だしさ」
「俺もやん、お香に助けてもらった命やぞ?」
「ふふふ、やめて、照れ臭い」
お香がうつ向く。
「お香……」
「……まずはこの館出てからだべ、それから京に行ってお久探さねえとさ」
「……そやな……それなら精つくもん、ぎょうさん食うてくれお香、お前は命の恩人や、俺が……」
「…………」
「危害加えるもんおったら全力でお前の命守ったるわ、この命に引き換えても」
「…………何言ってんの……照れ臭いべ……」
お香は顔をうつ向かせながらもお椀を手にし、汁物を口に運んでいた。
俺は彼女の背を手で支えながらも彼女の横顔を見詰めた。
……ぐるるるるる……
飯を食うお香を見ていると腹が鳴ってしまった。
腹三文目程でしか食ってないから腹が減る。
「あはははは、お腹空いた?」
お香が笑う。
「いや……」
「いいよ?食べて?」
「……ええよ……お香、早よ精つけんと……」
「何言ってんの、食べてよ」
そう言いお香がお椀を差し出す。
……ぐるるるるる……
また俺の腹が鳴る。
「……すまんな……」
俺は彼女の背に当てた手を離すとお椀を受け取った。
「おめえさんが参っても駄目だべ?」
「……まぁ……そやな」
俺はそう言うと汁物を口に運んだ。
山菜が入っただけの苦い汁物やけどそれでもうまく感じてしまったのは、余程の空腹のせいやったんやろう。
「お香、後はちゃんと食べえや?お前の方が腹減っとるやろ?」
俺は玄米の入った茶碗と惣菜の乗った皿を見てそう言った。
「……うん」
お香はじっと俺を見詰めとる。
その瞳からは涙がぽろぽろと零れ落ちだしていた。
「ふふ、泣かんと早よ食べ?」
俺は彼女の頬に垂れ落ちる涙を手で拭いそう言った。
「分かった」
お香は茶碗を手にし玄米を口にしとる。
俺は汁物を全て飲み干さず、膳に置いた。
格好付ける訳ちゃうけどほんまにお香に精をつけてもらいたかったからわざと汁物を残した。
彼女は夢中で食事をとっている。
正直腹は減る。減るがお香が無事な姿で食事をとっている姿を見ているだけで満足やった。
空腹などどうでも良かった。その満足感を得られているだけで十分やったんや。
「二郎さん?二郎さん?」
室内は暗くシーンとしとる。
しかし、目の前に灯りが見えた。
音羽が灯された燭台を手にしとる。
「二郎さん、例の件で来ました」
音羽が俺を見詰める。お香は隣ですぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
「あ、あぁ……そうか、与右衛門殿の……」
遺体確認やったな……
「二郎さん、御案内致しますが、出来ればお静かに」
そう言い音羽が廊下へと出ていく。
俺も無言のままに廊下を出た。
俺が廊下を出ると音羽が襖の戸をそっと閉めた。
そして、こちらどす、と俺に声を掛けて廊下を進んでいった。
「…………」
俺は無言のままで彼女の跡をついていった……
「こちらどす」
そう言うと音羽がある部屋の障子の戸を開けた。
俺は何も言わず中を見た。
部屋の四方には燭台があり、中心には布団が敷かれてその上に白装束を着た男が横たわっていた。
顔には白い布を掛けられて。
「…………」
室内の空気が重々しく感じる。
横たわる男からは一切の生気も感じん。
音羽は俺が部屋に入るとそっと戸を閉めた。
そして男の側に腰をおろしとる。
俺も男の横に腰をおろし正座をした。
「お顔ご拝見してくださいまし」
音羽がそう呟くと顔に掛けられた白い布をめくった。
「……あぁ……」
現れた顔は……正真正銘、与右衛門やった。
白い顔をして目を閉ざしとる。
「……与右衛門殿……」
数日前まで話をしていたあの男が今は死体と化している。
諸行無常と言う言葉を幼い頃に村の寺で習った事があるが、まさしくこの事なんやろうなと感じてしまった。
「……はぁ……」
冷たくなった彼の顔を見詰めていると胸が熱くなり、涙が溢れだしてくる。
俺は手で目を覆いうつ向いた。
なんちゅう世や……人ってこない簡単に死ぬんか……
「……二郎さん、そろそろ……」
音羽の声で俺は手で目を覆うのをやめた。
彼女は与右衛門の顔に白い布を掛けとる。
俺は正座をしたまま手を合わせ、与右衛門の冥福を祈った。
ただひたすらに涙を流しながら…………




