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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第一章 本能寺
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8話 小川のフナ

 女はずっと俺に付いてきていた。


「なんで人から龍涎香(りゅうぜんこう)出てきたんやろね」


 女が俺の腕に絡み付きそう言う。


「なんでやろな、俺も分からん」


 俺は何事もないかのようにそう答える。


「あんたが呼んだからちゃうん?織田の信長様を」


 ふふふと笑いながら女がそう言う。

 アホか……逆や。俺が呼ばれたんや。

 そう呟いた後、俺はふと考えた。

 この石は……ほんまにどういう事なんやろ。

 龍涎香(りゅうぜんこう)と呼ばれる、(クジラ)から取れると言う高価な石。


 なぜ本能寺で……なぜあの灰の内部から……


 女は相も変わらずべったりと俺の腕に絡み付きニコニコとしながら歩いている。


『なんで人から……なんであの灰から……』


 ……いくら考えても分からん。


 考えた所で答えなんて出えへんし、出る訳がない。

 俺は深く考えるのをやめ、腕に絡み付く女の手を逆に握りしめた。

 女は笑みを浮かべながらもややはにかみ若干うつむく。

 京の都はチラホラと人々が行き交う。

 俺を見て相変わらず頭を下げる者が多い。

 ただ、この状況は悪い感じはしなかった。



「あんた……もう帰るん?」


 都の中を流れる小川のたもとに腰を下ろし小休止していると女がそう切り出した。


「分からん、けど俺は昨日本能寺襲った者やから、長くは京にはおられへんと思う」


 俺は小川の流れを見つめそう呟いた。

 小川には小ぶりなフナが群れを作り、俺達の側に集まっている。

 エサ目当ての事なんやろう。


「なんでなん?」


 女が小川から俺に視線を移しそう尋ねてきた。


「明智は……多分長くは続かん……軍の中におってなんとなくそう感じた。そやから都には長くはおれへん」

「あんたが明智の兵やったから?そんなん言わんかったら誰にも分からんて」

「すでにお前に言ってるやん」


 俺は小川から女に視線を移しそう告げてしまった。


「……うち疑うん?」


 女はじーっと俺を見つめ、少し怒気を含めた声でそう言った後、そっと俺から少し離れた。


「いや……そう言う意味ちゃうて……」

「どういう意味なんよ」


 女は不服そうに視線を小川に向ける。


「すまん、ただ俺は多分やけど京におるのは危険やと思うねん」

「帰んの?」


 チラリと女は俺を見やり、そう尋ねた。


「……丹波やし、亀山やから、すぐそこやから、一回戻って親に無事な事知らせたいし」


 小川のフナを見つめそう告げると女はじっと俺の横顔を見た。


「帰ってくんの?」


「……京には、いつか又……いつになるか分からんけどいつか又」


 相も変わらず小川の流れを見つめ俺はそう呟いた。


「ほんならうち、丹波行くわ。それでええやん」


 突然の発言にさすがの俺も小川から視線を女の目に向けた。


「……え?来んの?田舎やで?」

「紀伊も田舎やで?そんなん関係ないもん」


 じーっと女は俺の目を見つめ、少し座る距離を置いていたのをまた縮め俺の横ぴったりに座った。


「……あんな……俺な……」


 俺は視線を女から再び小川に戻した。

 女は俺の腕を掴み俺の横顔をじーっと見つめる。


「俺な、いままで十回近く戦に呼ばれてんねん」


 俺はポツリとそう呟いた。


「何度も何度も人刺してきた。刺さんとこっちが刺されて死ぬから」


 女はじっと俺を見つめ俺の話を聞いている。


「何回か死にかけた事もあったけど刺したり危ないなって思ったら逃げたりしてなんとか今まで生きてきてん……まだ二十一やけどな」


 少し笑みを浮かべ女を見る。


「うん」


 女は真剣な表情で俺の目をじっと見つめる。


「今回もなんとか生き残れたけど……これからも何度も足軽として呼ばれると思う。そやから俺は……いつ死ぬかも分からへんねん」


 女は何も言わずにいた。


「そやから、俺と一緒に亀山来ても、俺はどうしたらええんか……分からへん」

「うちが嫌やって事なん?」

「そうちゃうけど……農家やで?うち、それに次男やで?俺農家の次男で家も兄貴が継ぐし俺なんて特別なんもないし、いつ死んでもおかしないもんやし……」


 否定的な言葉ばかりが口に出て情けなくなり軽く溜め息をつく。


「……ふふふ、しょうもないなあんた」


 女はまだ俺の横顔をじっと見つめながらそう告げてきた。

 そうやで、実際はしょうもない男やねん俺は。

 そう言おうかと思い、女の顔を見ると先に女が口を開いた。


「ほんましょうもないわあんた、あぁしょうもな」


 にやけながら女が俺を見下すようにそう告げてきた。


 ムカッ……

 一瞬だけ苛立ちを覚えたが女は続けて口を開く。


「死ぬ死ぬってなんなん?あんた。こんな世で何言うてんの?端から死ぬ気なん?アホちゃう?うちかって紀州からここ来るまで死ぬ思いしたわ!紀州おる頃かってずっと辛くて!!」


 そう言うと女は握り拳を作り俺の二の腕を思いっきり殴りつけてきた。

 弱々しい力やけど、ズンっと重い痛みを感じる。


「……死にたいん?あんた!ほんならなんで会った時とか今までそんな生き生きとしてんのよ!生きたいくせに!阿呆!阿呆!阿呆!」


 女は数発俺の二の腕を叩いた後泣き出してしまった。


 俺はなんも言えずじっと小川を泳ぐフナを見つめていた。


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