79話 膳
「徳二……」
俺は刀を持ち、廊下に倒れる徳二に歩み寄った。
「く、くんな!」
徳二が倒れたままにそう言う。
「二郎さん!!」
音羽が素早く立ち上がり、俺の前で床に手を付き頭を下げた。
「どうぞ御勘弁下さい!!どうぞ!!」
音羽が頭を下げてそう言う。
ふぅ……と息を吐くと俺は部屋の畳に刀を刺した。深く深く……
そして……
「音羽……邪魔すんなや?」
「…………」
俺は倒れる徳二に歩み寄り胸ぐらを掴み上げた。
「徳二……えらい事しよったな……」
そう呟くと胸ぐらを掴んだままに思いきり徳二の頬を殴り付けた。
俺に殴られた徳二は吹っ飛ばされ廊下の壁にぶち当たっとる。
「なぁ、浅い考えやなぁ……徳二……恩人殺したか貴様……」
俺はそう言うと倒れ込む徳二の腹を思いっきり蹴飛ばした。
「くっ!」
徳二が顔をしかめる。
俺はしゃがみ込み徳二の髪を掴んだ。
「阿呆め、取り返しつかん事しよってからに」
「…………」
「……与右衛門殺したってほんまか」
「…………」
「言え」
「…………」
「言ええええええ!!」
「……ほんまや……寝首襲った……」
「阿呆が、自分が何したか分かっとんのか!!!」
俺は徳二の髪の毛を掴んだままにそう怒鳴り付けた。
こんな感情的になるつもりやなかったんやけど……与右衛門を殺したと言う事実を確かめる為と思うと、自分でも抑えきれんくらいの怒りが込み上げてきてしまった。
「…………」
俺に掴まれている徳二は観念したんか反抗的な態度は見せず黙り込んどる。
「……アホ」
俺はそう言うと徳二の髪の毛を掴む手を離した。
音羽は廊下に座り込んだまま、涙目になり俺を見詰めとる。
「音羽、与右衛門の御遺体はこの屋敷にあるんか?」
「はい……明日にでも葬儀をと」
音羽が呟くようにそう言った。
俺は小さく息を吐き立ち上がった。
与右衛門……ほんまに死んだんか……
「音羽、こいつそないに好きか」
俺は座り込む音羽を見詰めそう言った。
「…………」
音羽は何も言わん。
「徳二、今日の内に去れや、死ぬぞお前ここに居てたら」
俺は倒れたままの徳二にそう告げた。
徳二は黙ったままでおる。
「幼い恋心抱いてしょうもない野心抱いたか」
俺が徳二にそう言うと、
「うちが悪いんどす、うちがそうしてって言うたんどす、徳二さんに」
音羽が涙声でそう呟く。
俺は無言で音羽を見詰めた。
「そやかて二郎さん……丹波に待ってるお方おる言うし、うち二郎さんの事好きやのに……どないしたらええか分からへんかったもん!!」
そう言い音羽が床に頭を付けて泣き出してもうた。
「はぁぁぁ……」
俺は深く息を吐いた。
結局、この悲劇を招いた原因は俺や言う事か……
「あぁ……」
与右衛門、音羽、徳二……すまん……
音羽は床に頭を付けて、声を殺しながらも咽び泣いている。
徳二は壁にもたれ掛かり茫然としとった……
「お香?」
俺はお香の手を握り締め、お香の顔を覗き込んだ。
一応刀は側に置いている。いつ何があってもすぐに反撃出来るように手元に置いていた。鞘にも収めていない剥き出しの刃のままで。
「うん」
お香は横たわったままに俺を見詰め微笑んどる。
「大丈夫?痛い所あれへんか?」
「首が少し、だけんど大丈夫」
「ほんまか?無理せんとな?しばらくゆるりとしてくれ」
「災難続きだねぇ、二郎」
「大丈夫や、全員俺が蹴散らせたるからな」
俺がそう言うと彼女は小さく微笑んだ。
今は部屋には俺とお香だけやった。
音羽と徳二はすでに廊下から去っていった。
そやけど安心は出来ん状況や。
いつ再び襲われるやもしらん。
ほんまはすぐにここを立ち去りたいがお香がこんな状態やから去るに去られん。
そやから刀を側に置いたままでおる。飯田の槍は庭に置きっぱなしやった。
多分やけどもう回収されとるやろう。
俺の武器は徳二から奪った刀しかない。
そやけど、その刀一本でお香と俺の命を守り抜かなあかん。
「お香、お前のおかげで俺は生き延びれたんやぞ、あの人数相手に俺一人なら死んどったわ」
「……おめえさんも私の命助けたよ?槍突かれそうになったの、あんたが咄嗟に助けてくれたんだ」
そう言いお香が握り締める手の力を強めた。
「……お香……ええか?」
俺はそう言うとお香を見詰めながら……
彼女に口付けをした。
「……………………」
長い口付けをすると又お香を見詰めた。
「早よう良うなってくれ、お前にこんな姿は似合わん」
「二郎……もっとして?接吻……」
お香が俺を見詰めそう言う。
「ええよ?いくらでも……元気になるまで何度でも……」
俺はずっと、ずっと彼女に口付けをした。
彼女への愛しい気持ちが強まる。
そやけど一応警戒はしとった。
いつこの部屋に敵が襲いかかってくるかも分からんから……
口付けをしながらも刀の位置だけは頭の中に入れとった。
いつでも刀を手に取れるように……
かなり時が過ぎた。
室内もかなり薄暗くなっとった。
お香は眠りについていた。俺は彼女の手を握り締め、じっとその顔を見詰めていた。
すると、さっと襖の戸が開く音がした。
俺はお香の手を離すと同時に畳の上に置いていた刀を素早く手にすると身構えた。
「…………」
「……夕飯どすえ、お食事を……」
音羽が膳を持ち、部屋の中へと入ってきた。
俺はしばらく刀を構えていたが、その構えを解いた。
「音羽……すまんな……」
「いいえ……」
そう言い膳を俺の前に置く。
しかし食膳は一人分やった。
「二人分やと感付かれますんで、お二人で食べあって下さいませ」
「あぁ……そうか」
「はい……」
「……ほんで徳二はどうした」
「……知りまへん」
「知らん事あらへんやん」
「いずこか行かはりました」
音羽が静かにそう言う。
「どこへやねん、あいつ俺の命狙うとんのやろ?」
「知りまへん」
心ここにあらずの音羽がそう呟く。
「……そうか、ほんならええわ」
「……お香さん、どうどす?」
「まだ痛みあるようやけど、大丈夫そうや、話も出来たし、今は寝とるけど」
「十日はおった方がよろし思います」
「十日……」
長いな……いつ命狙われるか分からんこの屋敷に十日もか……
「うちが何とかいたします」
「音羽……事情聞かせてや、その……飯田家の為に俺が邪魔とか色んな事……」
「…………」
彼女は黙り込む。
「音羽、俺が邪魔なら……お香治ったらすぐにでもここ去るし、光秀討った事も飯田の手柄って言ってもろうてもかまへんから、そやから……」
「二郎さんお優しいんどすね?」
「…………」
「そやけどうちらの手柄やあらしまへんから、ようそんな事言えまへんねん」
「…………」
「やっぱり二郎さんええ男どすなぁ、ごっつい勇ましいし頼もしいし」
「いや……」
「うちの御腹に……二郎さんのお子授かっとったらええのに、そやけど徳二さんの子かも分からしまへんね、まだ授かっとるかも分からへんけど」
俺は黙り込んだ。
確かに音羽を数回抱いてもうたから……
「俺は阿呆やで、女ったらしや、恥ずかしくなるわ」
「お香さんとも?」
音羽が眠るお香を見てそう言う。
「いや、お香とはそう言うんはない、彼女は尼さんやから」
「へぇー、ほんなら丹波におられるお人は?」
「逃げられた、家に帰ったらもうおらんようなっとった、京に戻ったらしい」
「ふふふふふふ」
音羽が笑うとる。
「そやから……ここに槍返した後に京でその女の人探すつもりやってん、でもここでえらい事あって……」
俺は音羽から視線を逸らしそう言った。
音羽は黙り込んでいる。
「音羽、与右衛門殿の御遺体に会わさせてくれんやろか」
「…………」
「ごっつい世話になったし……まだお亡くなりにならはったなんて信じられへんねん」
「それは……あきまへん……御遺体の側には……人がおりますゆえ」
「人……か……」
「はい……」
「……何とかならん?真夜中とかでもええから、一目だけでもええから、お会いしたいんや」
「…………」
「頼む……お頼み申します」
「……少しだけどしたら……そやけどほんまに少しだけ」
「分かった、それでもええよ」
「……分かりました、そん代わり真夜中どすよ?」
「分かった」
「ほんなら夜中うち呼びに来ますよって、うち、そろそろおいとま致しますね?」
そう言うと音羽は立ち上がった。
そして襖を開けている。
「音羽、おおきに」
「いえ」
「……すまんかった」
「……ふふふ、では」
そう言うと音羽は頭を軽く下げて部屋を出ていった。
はぁ……と息を吐きお香の顔を見詰めた。
お香はすぅすぅとよく眠っている。
俺はその顔を見詰めながら膳に乗った食事をとっていった。
しかし膳に乗る食事を少しとるだけで殆んどは残した。
お香に食べさせる為に。
彼女にたくさん食べてもらう為に。精を付けてもらう為に……




