64話 離れの小屋
晩飯を食い終え浴室で湯を浴び、汗と体の汚れを落とした後、俺は離れの小屋で蚊帳の内に入り布団の上に寝そべっていた。
かつて俺のひいじいさんばあさんが使っていた離れの小屋。
今は俺の寝床で戦に連れていかれる前、久と共にいた小屋や。
「はぁ……」
暗い小屋の中は明かりもなんもない。
窓は開けとるが月明かりなどは入ってこんかった。
窓の外からは甲高い虫の声が聞こえてくる。
俺はそっと目を閉ざした。
……久……
辛かったんか……
京に戻って何をしとるんや……
またあの河原の物置で寝泊まりしとるんか?
久……
そう思っていると、ガタガタと音を立てて小屋の戸が開かれた。
「…………」
俺は無言で開かれた戸を見詰めた。
「気持ち良かったべ、湯」
そう言う人物が戸を閉め、小屋の中に入ってくる。
「……は?」
俺は身を起こした。
お香やんけ……
彼女は素早く蚊帳の中に入ってきた。
「気持ち良かった、湯浴び」
そう言い俺の側に腰を下ろした。
「……え?なんで?」
「何が?」
薄暗い小屋の中でお香がそう言う。
俺はぽかーんとしてお香を見詰めた。暗いので表情はわずかにしか見えんが……
「衣洗ってもらえるんだって、したら昨日洗わなくても良かったねぇ」
確かにお香は黒装束から薄い衣に着替えとるようやった。
それは俺も同じで、ぼうまるの服から薄い衣に着替えとった。
「……ここで寝んの?」
俺はお香にそう尋ねた。
「そうだべ、二郎どこで寝てんのか、おめさんのおふくろさんに伺ったらここだって教えてくださったからさ、来たべ」
「……ふ、ふふふふふふふ、なんでやねん」
「なんでやねん!あはははは!」
「うるさい、なんでまた?」
「おら一人でさ、どこで寝んだ?寂しいべ?お話しながら過ごしたら良いでねえの」
確かに小屋には俺の布団ともう一つ久が使っとった布団もあるが……
「……裸になんなよ……お前……」
俺はそう言いゴロンと布団の上に寝そべった。
「んな事しねえ、昨日は着るもん無かっただけだ」
そう言いお香が久が使っとった布団を敷きだしている。
「ふぅぅ……」
俺は小さく息を吐いた。
正直に言うと……
少し胸の奥底から欲望が湧いてきていた。
……お香は……
坊主やけど、ごっつべっぴんやねん……
しかも、体付きも良くて色気が半端ない……
変な言葉喋りよるけどその整った顔は、久より、お円さんより、安土で出会ったお結さんより、小栗栖の音羽より、この保津村の娘達の誰よりも遥か遥かに美しかった。
そやからこそ自分の心の中で迷いが出てしもうて、妙な事が起きひんか恐れてしまう。
「明後日ここ発つの?」
布団を敷き終えたお香がその上に寝そべりそう言う。
「明日か明後日かはまだ決めてへん」
「明日、おら特訓してやんべ?太刀のさぁ」
「太刀……か……」
「おめさんがそう言ったんだべ?太刀習いてえって」
「そやなぁ」
実家に帰ってきたばかりですぐに訓練をしたいと言う気が起きん。
「……二郎っていくつ?若けえんだろ?まだ」
お香がそう尋ねる。
「二十一や、五月で二十一になったばっかりや」
「へぇ?!同じだ!おらも今年の末に二十一歳になんべ!」
「そうなん?いつ京に来たんやっけ?」
俺はお香にそう尋ねた。
小屋内は薄暗く、お香の表情はほとんど見えん。
「十八の時に国出たから二年、そろそろ三年は経つよ」
「ほう……遠いんか?その武州言う国は」
暗い部屋の中、すぐ隣で寝そべるお香を見詰めそう尋ねた。
「遠いね、遠いよ。だけんど急げば半月で行けるよ。おらは泊まり泊まりだったから二月はかかったけんどね、京にたどり着くのにさぁ」
「国に男はおらんかったんか」
「いねえよ、そんなの。ずっと剣の訓練ばっかだったし」
「ほんならまだオボコか」
「なんだオボコって」
「生娘か?」
「生娘?」
「まだ男を知らんのか?」
「……又うら(背中)ぶつよ?」
そう言いお香が身を起こしとる。
「はははは、冗談や」
「まあいいや、明日しごいてやんべ」
そう言い再び布団の上に横になっている。
「ほんでどうなん?まだ知らんの?」
「うるせえ!馬鹿か?おめえ!」
俺は、はははと笑った。
「おら仏に仕える身!そんな不浄な事はしねえもん!」
お香が声をあげとる。
「冗談や冗談」
俺は微笑みながらそう言った。
「馬鹿でねえの?」
「酒は飲むくせに」
「うるせえ」
ふふふ、と俺は笑った。
「……だけんどさ、くつろげるよね、何か」
お香が穏やかな声でそう言う。
「まぁな……」
戦場に駆り出された時の道中、各地の陣で寝とった時に比べれば遥かにくつろげる……
「こんな風に誰かとべらべらお話しながら寝るなんて幼い頃以来だべ」
「そうか」
「ずっと一人だった……家を出てからは尚更にな」
お香が静かにそう言う。
「京に来てからは?」
「同じだ、結局一人だ」
「…………」
俺は無言でおった。
「だから久々だ、こうやって誰かとお話しながら眠りにつくの」
「ふっ……」
「二郎、あのさ……」
そう言うとお香が再び布団から身を起こした。
「え?」
「……あのさ……そっち行っていい?」
「……え……な、なにすんの……」
「添い寝……冷えるべ……良い?」
俺は無言でお香を見詰めたが……
「……ええよ……」
そう呟くとお香が身を起こし、俺の布団の中に入ってきた。
そして俺にぴたりとくっつき添い寝をする。
お香の温もりがすぐに伝わってくる。
「気持ち良いべ?昨日も気持ち良かった、温かい」
そう言い俺の腕に絡み付く。
お香の豊満な胸が俺の腕に当たる。押し付けられる。
あかん……我慢が出来んようになってくる……
「お香?俺見て?」
俺は隣のお香を見詰めそう言った。
小屋内は暗くてお香の顔など、ろくに見えないが……
「ん?」
お香がそう言う。
俺は彼女の頬をさすると……
「…………」
お香に口付けをした。
そっと顔を離し、彼女を見詰める。
お香は何も言わずにいた。
俺は再びお香に顔を近付け口付けをすると、そっと彼女の体を擦った。
「……それ以上すると怒るよ?」
お香が俺のその手を掴むと静かな声でそう言った。
「……あかん?」
「おめえさん……逃げた女探しに行くんだろ?何してんだ?」
そう言い彼女が俺の手を強く握りしめた。
「……あぁ……」
「何してんの?」
「すまん……」
「馬鹿でねえの?」
お香は俺の手を離した。俺は彼女の衣から手を引いた。
「悲しむよ?そのおなごさん」
お香が俺を説く。
「そ、そやな……すまん……」
「このまま寝たらいいべ、それとももっとお話する?」
そう言いお香がまた俺の腕に絡み付いてくる。
「お香……あんたごっつべっぴんさんやな……」
「……ふふ……そう?」
そう言うと俺の腕に絡める力をぎゅっと強めた。
「……すまんかった……妙な事して……」
「別に良いべ……だけんどさ、そのおなごさんの事考えたらね?それにおら仏門入ってるからさ」
そう言うも絡める力を更に強める。
「あぁ……」
「……だけんど……おめえさんも色男だよ?二郎」
そう言うとお香が俺の頬に口付けをしてきた。
「お香……」
「……もう寝るべ……おらもおかしくなっちまう……」
そのまま俺らは何も話さずに寄り添ったままでいた。
その内に俺は深い眠りについていった…………




