52話 夕餉
明智光秀の胴と三つの首を寺に預けたままに、その日の夜俺達一行は京の白川と言う場所にある小寺に宿泊する事となった。
与右衛門が言うには羽柴秀吉様が手配していただいたとの事やった。
小寺と言えど立派な作りで、夕餉も白米や焼き魚や煮豆やお吸い物やらとずいぶんな御馳走やった。
酒も振る舞われ、酔いも回り男達は上機嫌になり大きな声で談笑しとった。
しかし俺は酒を口にはしなかった。
どうやら明日、羽柴側の槍の名手とやり合わなあかんらしいから。
殺し合いをせなならんから。
「二郎、飲んどくれ」
俺の隣の与右衛門が俺にそう言う。
「いや、明日の事考えたら酔う訳にはいかん」
「……そうか」
与右衛門は少し間を置いてそない言うた。
「あんたの立場上、羽柴に逆らえんのは分かるが、ずいぶんと理不尽な言い付けやのう」
「ほんまにすまん」
与右衛門が申し訳無さそうにそう言う。
「構わん、誰であろうと断れる訳あらへん。俺があんたの立場なら同じ事しとったやろう、従う以外出来ひんからな」
俺はそう言い煮た豆を口に運んだ。
「ほんまにすまん二郎、無事小栗栖に帰還出来た暁には必ず褒美与えます」
「ああ、それは頼みたい。そんで……亀山に帰らしてもらえへんやろうか」
「……うちに残る事はないか?」
「…………」
「音羽は嫌か?」
「嫌やあらへん、あんなべっぴんさん……そやけど俺は……」
久……
しかし音羽にも惹かれていっている俺がおる……
「その話は小栗栖に戻られたのちに致そう。して今朝の事やが……」
与右衛門がそう言うと焼き魚を箸で突っつき身を口に運んだ。
「この者どもの命、我が命、救っていただき誠に有り難く存じ上げまする」
そう言うと与右衛門が俺に深々と頭を下げた。
「…………」
俺は無言で頭を下げる与右衛門を見た。
周りの連中は酒が入り、大きな声で談笑をし頭を下げている与右衛門には気付いていない。
「貴殿の力、本物やとお見受け致す。みょうじつ必ずや勝ちを得ると存じまする」
「……そない堅苦しく言わはらんでええ、俺は前からずーっと槍の訓練しとったからな、その成果が出ただけやわ」
「二郎……一献差し上げたい。あかんか?」
酒か……明日死ぬやもしらんと言うのに……
しかし最後かもしらんからこそ飲むべきか……
「ではいただきます」
俺はそう言うと杯を手にし、口に運んだ。
与右衛門も酒を口に運んでいる。
寺には女はおらず、小姓の少年が俺らの杯に酒を注いでくれていた。
女のような化粧をさせられて香の匂いも発しとる。
聞いた話によると武士や寺の坊主どもは女の代わりにこう言った少年を抱くそうや。
俺はちらっと少年の顔を見た。
女みたいな顔をし、妙な色気を発しとる。一瞬変な気分になりかけたが酒をぐいっと飲み干し理性を保ち直した。
「そんで、明日俺と戦う秀吉様の槍の使い手とはどういう奴なんや?」
俺は隣の与右衛門にそう尋ねた。
「分からん、槍の使い手としか伺っとらん」
「はぁ……」
俺は息を吐いた。少年が俺の杯に酒を注ぐ。
俺はそれを手にし、また酒を口に運んだ。
秀吉が用意する槍の使い手か……
それ相応の実力者なんやろうな。
無事では済まんやろう。
そう思うと怖くなってきた。
「まさか……秀吉公が来られるとは思っとらんかったんや、すまん」
与右衛門が謝る。
「構へん」
俺はそう呟くと再び酒を口に運んでいった……
翌早朝、俺の目覚めは悪かった。
昨晩酒が進み、思いの外呑んでしまった為である。
「もし、失礼致します」
布団の中で頭がぼぅっとした状態でいると障子戸の外から少年の声が聞こえた。
「……何?」
俺は寝起きの声でそう告げ、のそのそと起き上がった。
障子が開くと床に座った少年が頭を下げた後に丁寧にこう言った。
「羽柴筑前守様の御使いがお越しになられました故、どうぞ身仕度の御用意なさられて下さいませ」
「……うん、分かった……」
俺は寝起きのままに立ち上がった。
『眠い……少し飲み過ぎたやろか……』
少しふらつきながら俺は部屋から廊下に出て、少年の後に続いた。
寺の廊下からはよく手入れされた庭園が見えた。
秀吉の使いは三人来ていた。
その内の一人から簡単な説明を受けた後、俺達一行は使いの男達に連れられる形で昨日光秀の遺体を運んだ寺とは又別の大きな寺へと案内された。
寺の門をくぐると広い敷地が広がっていて家紋の入った白い幕が広場を囲むように四方に張られていた。
使いの男達が幕の内側へと続く入り口を進む。
与右衛門を先頭とした俺達一行も彼らに続き幕の中へと入った。
中は広く砂利が敷き詰められていて家紋の入った旗がたくさん立て掛けられていた。
入り口の側と、広場の奥には床几椅子がいくつか設けられているが秀吉の姿はまだなかった。
しかしえらい本格的やな。
ここで槍の試合をしろと言う事か……
「どうぞお座りください」
使いの男が与右衛門に床几に座るよう促した。
与右衛門がそっと腰を下ろす。
もちろん他の者達は立ったままである。
「では葛原二郎光丞殿、こちらへと」
使いの男が俺を広場の中心へと案内しだす。
俺はちらりと与右衛門を見た後に男の後へと続いた。
「こちらにて、しばしお待ちくだされ。ただいまより殿様がお見えになられます故に」
そう告げると男は去っていった。
俺は四方に幕を張られた広場の中心で飯田家の家宝の槍を持ったまま突っ立っていた。
しばらくすると幕の入り口から数人の男達に囲まれた小柄な男が姿を現した。
昨日見た羽柴秀吉である。
入り口付近の与右衛門達は彼の姿を確認すると深々と頭を下げている。
秀吉一行はこちらへと歩み寄ってきた。
俺も一応秀吉に対し頭を下げた。
「よう来られた、そない物騒なもん持たんでええで」
秀吉が俺の真ん前に来ると笑みを浮かべそう言った。
「……はっ!」
意味はよう分からんかったが俺はそう返事をした。
「おみゃあとうちのもん殺し合わすつもりでねえで、そないな槍持たんでもええがや」
「……はっ!」
「お預かり致します」
秀吉の周りにいた男の一人が俺にそう告げると俺の槍を取り上げられてしもうた。
俺はただ茫然とし、成り行きに任せる事にした。
『何をさせる気やろ……殴り合いでもさせる気かな……』
すると幕の入り口から男二人が小走りにこちらにやってきた。
桶と棒を持って……
男達は俺の元へ来ると桶を置いた。
何やろうと思った俺は桶の中をちらりと見た。
なにやら朱色の液体が入っている。
そして男が手にする木の棒は丁度槍の長さで、棒の先に布が巻かれとった。
「おみゃあわしにええもん見せてくれりゃあ召し抱えたるわ」
秀吉は俺にそう告げると男達を従え奥の床几椅子の元へと向かっていった。
棒を持った男二人は俺の側に突っ立ったままでいる。
何をさせられんのか、そない思っていると幕の入り口から男が姿を現した。
上半身裸で坊主頭の巨漢の男である。
「なんやあれ……妖怪か……」
徐々に男がこちらに歩み寄ってきた。
俺をじっと睨み付けながら。
胸や腕には何やら派手な刺青を施しとる。
やがて男が俺の向かいに立つと棒を持った男二人が棒の先に付いた布を桶の朱色の液体に浸した。
「こちらを」
そして棒を俺と男に手渡してくる。
「先に突いた者が勝ちと致す。殿様の御前である。御無礼なきよう」
そう言うと男二人は桶を持ち隅に行ってしまった。
「……ん?」
なんや?この棒の先に付けられた朱色の液を相手に付けたらええんか?
……あほくさ……
俺はそう思いながらも男に対し槍の如く棒を構えた。
男は俺より頭ひとつ大きな大男やった。
こんな奴に勝てるんやろか。
そう思いながらも俺は冷静やった。なにせ殺し合いではないと言う事に安心していた。
しかし目の前の男は興奮した面で俺を睨み付け棒を構えている。
その男からは殺気すらも感じる。
真剣にやるか……
俺も棒を強く握り殺気を発しだしていった…………




