50話 京へ
天正十年六月十五日(1582年7月4日)早朝、俺は与右衛門率いる一行と共に館を発った。
この一行は昨夜与右衛門が告げた通り計七人やった。
武家のような上等な衣装を身に纏った与右衛門が先頭を歩き、与右衛門の後ろに竹藪で一緒やった作右衛門が武装して護衛している。
その後方には四人の男が明智光秀の胴と三つの首が入った檜の棺桶を担いで歩いていた。
そして最後尾には俺が歩いていると言う形やった。
例のぼうまるの衣装を身に纏い、飯田家に伝わると言われる家宝の重い槍を手に携えて……
館を出る前に与右衛門から説明を受けた。
光秀の首と胴との切り口を調べてみたが、結局分からんかったと言う事やった。
そやから運ばれた首三つを京の織田方の元へ運ぶと言う。
そして光秀の胴も共に。
早朝とは言えど朝日はよう照っていて、風もあまり吹かず少し暑さを感じる。
棺桶を担ぐ四人の男達はすでに汗をかいていた。
与右衛門が言うには小栗栖から京の都までは二里(8キロ)ほどの距離で昼までには着くと言う。
俺はちらりと脇道を見詰めた。
俺らが歩む少し小高い畦道から葦の茂みや遠くの山脈がよう見えた。
葦の茂みでは羽の黒いトンボ達がひっきりなしに飛び交っている……
幾度か休憩を挟んでしばらく進むと、ついこの間、坂本から京へと向かった時に通った道に出た。
山科の街道である。
あの時は明智光秀を護衛する為に通ったと言うのに、今は明智光秀の遺体を運びながら通るとは何とも皮肉で滑稽やった。
その山科街道を一行はどんどんと進む。
誰も口を開く事はない。
このまま順調に京へと進めるんやろか、そない思ってた時、前方から十人程の男がやってきた。
小栗栖からここまで来る間に見掛けた人なんて田畑をいじる農家の者だけやったが前から来る一行は農家の者ではない。
かと言って行商の者でもない。
武装しとる。こいつらは何者や……
「お前ら何者や!それはなんや!何運んどる!」
その連中の一人が先頭の与右衛門に怒鳴っている。
怒鳴りながらも刀を抜き、後方の者達は携えていた槍を構えだしている。
これは一大事や……
そう思った最後尾の俺は足早に与右衛門の元に向かった。
「我らは小栗栖の飯田である!今より織田家の村井様の元へと馳せ参じる次第!」
与右衛門がその一行に向けそう声をあげた。
「……貴様らが担いどるそれはなんや!」
刀を抜いたままの男がそう叫ぶ。
「惟任光秀殿の御遺体である!」
与右衛門がそう叫んだ。
「光秀?まず確認させえ!」
「ならん!まず貴殿らが何者か答ええ!」
与右衛門が男に叫ぶ。
「黙れ!口答えするんやったら斬るぞ!」
男は与右衛門に刀を見せてそう言った。
「手出ししてみろ、俺が貴様の首突くぞ……」
俺はそう言うと槍を構えた。
「……なんやお前……」
男も俺に刀を向けて構える。
「名を名乗れ……そやないと殺すぞ貴様ら……」
俺は殺気を放ち男を睨み付けた。
「…………」
男は黙り込んでいる。
「……二郎……」
与右衛門が小声でそう呟いた。
「……羽柴のもんや、京に残る光秀方のもんの残党を探しとるんや」
俺と対峙していた男が刀を下げてそう言った。
「…………」
俺は何も言わず槍を構えていたが……
「ご無礼つかまつった。我らは小栗栖の飯田と言う者、京の村井清三様の元へと伺っておる最中でして」
与右衛門がそう告げる。
男は何も言わずにチラリと俺を見た。
男からは依然として殺気を感じ取れるが……
俺は一応槍の構えを解いた。
男は刀を鞘に納めると、
「その中身確認させていただいて宜しいか?」
与右衛門にそう告げる。
「……下ろせ、蓋開けろ」
与右衛門が棺桶を担ぐ男達にそう言った。
男達は棺桶を地に下ろし、そして蓋を開けた。
確認させろと言った男が中を覗き込んでいる。すると他の連中も棺桶の中を覗き見ている。
まだこいつらから殺気がするな……
俺は槍の柄を強く握りしめた。
「これは確かに惟任光秀の御遺体か?」
男が与右衛門にそう尋ねる。
「そうや、すぐに村井様の元へと……」
与右衛門がそう言った瞬間男が鞘から刀を抜いた。
「しからば!」
そして刀を振りかざし与右衛門に斬りかかろうとする。
あらかじめ警戒していた俺は瞬時に男目掛けて槍を突いた。
槍は刀を振り上げた状態の男の首を貫く。
俺は男の首から槍を抜くと同時に他の連中達に向け槍を構えた。
相手方も槍を構えたり刀を構え出す。
こちらの男達も刃物を抜き構え出した。
あちらは全員で九人。こちらは七人。
劣勢ではあるが躊躇はしてられん。
俺は先制で対峙する男の太ももに槍を突き刺した。
そして山崎の大戦の時のように怯んだ男の喉に槍を刺した。
刺された男はバタリと倒れ込むと痙攣を起こし大量の出血をしだしている。
その姿を見た相手側は少し怖じ気付き出した。
その隙を俺が逃す訳もなく他の男にも瞬時に喉を突き刺して仕留めると再び槍を構えた。
混乱した敵方は武器を振り上げ俺らに襲ってきたが……
俺は槍で相手の刀を弾き、槍を弾き、首を突いていった。
始め十人いた敵方のうち八人は俺が槍で仕留めていった。
そして最後の一人……
俺に太ももを突かれ身動きが出来ん男に対し俺は槍を構えた。
「二郎!待て!」
与右衛門が俺を止める。
俺は槍を構えたまま男を見詰めた。
太ももから出血し苦痛の表情をしとる。
「……お前ら何者や、ほんまに羽柴のもんか」
与右衛門が最後の一人にそう尋ねる。
「はぁ……はぁ……雇われた……」
「雇われた?どういう事や!」
「羽柴から……怪しいもん捕らえるよう言われて……雇われた……」
「羽柴のもんちゃうと言う事か!」
「そや……雇われただけや……」
与右衛門が刀を抜き出す。
「蛮賊め、討ってくれるわ……」
そう言い刀を振り上げる。
「待て!待ってくれ!」
俺は与右衛門にそう告げた。
与右衛門がチラリとこちらを向く。
「勘弁したってくれ、ただの雇われもんやろ」
「ふっ、お前がよう抜かせるなそのような言葉!」
与右衛門が俺を見て隙を見せたその瞬間、足を負傷した男が鞘から刀を抜き、座ったままの状態で与右衛門の足に対し刃を振るおうとした。
「あっ!」
俺が声をあげると同時に与右衛門は瞬時に後ろに下がり、男に一太刀浴びせた。
周囲の男達も一斉にその男目掛け刀を下ろしたり槍で突いている。
京の都へと入る山科の街道は血に染まっていた。
俺は槍を携え転がる遺体を見詰め茫然とした。
「では参る!」
与右衛門が一行にそう告げる。
男達は棺桶を担ぎ上げた。
与右衛門は無言のままに先頭を歩き出す。
俺は再び最後尾の位置に戻った。
後ろを振り返る気にはなれん。
俺はじっと前を見詰め重い槍を携え、京の都へと向かい歩いていった……
時刻は正午にもならん頃やろうか。
山科から一刻(2時間)もせん内に京へと入った。
昼時の京の都には人々が行き交っとる。
人々は俺ら一行の姿を見ると立ち止まり頭を下げとった。
七人しかいない一行やけど与右衛門と俺が武士のような格好をしとるからかもしれんかった。
先頭を歩く与右衛門はどんどんと京の都を進んで行った。
まるで京を勝手知ったるかの如く。
京に入りしばらく歩くとこじんまりとした門構えの屋敷に辿り着いた。
門は固く閉ざされていたが与右衛門の後ろに付いていた作右衛門が門を叩き、声を張り上げとる。
「もし!もーし!もし!」
しばらく声をあげ門を叩いていると屋敷の内部から人が現れ、そして門が開かれた。
中年の男が俺ら一行に用件を伺うと屋敷内へ入るように促した。
屋敷はさほど大きくはなく、茅葺き屋根のやや古い建物であった。
屋敷内に入ると男達が五名ほどわらわらと出てきて光秀の遺体の入った棺桶を庭へ運ぶようにと誘導している。
棺桶を担ぐ四人は庭の方へと向かったが与右衛門と作右衛門と俺は屋敷の玄関前へと向かった。
「作右衛門、二郎、ここより先は俺のみで行くゆえ、お前達はこちらで待っとくれ」
与右衛門がそう告げると玄関を上がり、屋敷の男についていった。
「ふぅ……」
俺は息を吐きぼーっと屋敷の廊下を歩く与右衛門の背を見詰めた。
……また人を殺めた……
盗賊なのか蛮賊なのか羽柴の兵なのか、何なんかよう分からんがまた……
どんな相手であれ興奮が収まり冷静になってくると心が痛み出す。
ただ憂鬱な気持ちが広がりだす。
人の人生を終わらせた事に対する罪悪感に心が包まれだす。
「二郎さん、あんた大したもんやな、あいつら殆んどあんた一人でやっつけとったなぁ」
作右衛門がぼーっとする俺にそう言った。
「いや……」
俺はうつむき槍の柄を握りしめた。
「あの連中は賊や、あんたがおらなんだら主もやられとったかもしれん、わしらもな」
「……はぁぁ……」
俺は返事の代わりに溜め息をついた。
「気にすんなとは言わんがあの連中も運が悪かった。これも又運命や」
作右衛門がそう言う。
……運命?運命やからしょうがない?
そう言う考えには疑問を抱くが……今の俺の心はやや疲れていて深く考える事はなかった。




