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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第三章 小栗栖
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47話 下戸

「二郎さん……二郎さん……」


 耳元で再び音羽の声がする。

 俺はぱっと目を開いた。


「二郎さんお支度整いました。早ようにお出口の方へ」

「あぁ、すまんな」


 俺はさっと身を起こした。


「こちらどうぞ」


 音羽が布に包まれた物を手渡してきた。


「握り飯?」


 俺がそう尋ねると音羽は、はいと返事をした。

 俺はそうかと返事をし、それを懐にしまった。

 そして館の玄関へと向かう。


 玄関には使用人達が立ち並び、玄関の外では与右衛門(よえもん)が集まった部下に向かい何かを話していた。

 俺もすぐに玄関を出た。


「二郎、来たか。此度の偉業成し遂げた主役!葛原二郎光丞や!」


 与右衛門が周囲の部下にそう告げると、少しだけ俺を誉め称える掛け声が沸いた。


「よし、二郎、惟任(これとう)光秀が元へ参るぞ。皆!これより惟任光秀が元へと参るぞ!」


 与右衛門が声を上げると周りがおおーと声を上げた。

 そして与右衛門を先頭にぞろぞろと周囲の男達も後に続いていく。


 俺は隊の後方を歩き、懐から布に包まれた物を取り出した。

 そしてそれを開けると三つの握り飯があった。

 俺はそれを頬張りながらただひたすらにあの藪へと向かっていった。


 まだ正午にもならない時、昨日とは違い、空は快晴であった……




「こちらがそうであります」


 ここは昨日の藪を少し抜けた(あし)に囲まれた場所。

 作右衛門(さくえもん)が首のない武者の遺体を指差し与右衛門にそう告げた。

 その遺体の周囲には五体の武士の遺体も横たわっている。

 えらいもので武士達が乗っていた馬どもも群れて未だに遺体の側にいたままやった。


「二郎、これは紛れもなくお前が討った光秀か」


 与右衛門がその遺体群を見詰めながらそう言う。


 首はないがその衣装と鎧は豪華なもんやった。

 脇から流れていたであろう血は固まり蝿が数匹飛び交っている。


「間違いなくこの方や」

「そうか、よし!みな!惟任光秀殿!そして共の者達へ黙祷いたす!」


 与右衛門がそう叫ぶ。


「黙祷!」


 男の誰かがそう告げるとみなは頭を下げ目を閉じた。


「…………」


 俺も頭を下げ目を閉ざす。


 ……光秀様……どうぞお許しいたせ……俺も必死やったんや……


 俺はそう祈り目を開いた。

 周りの者達も目を開き頭を上げとるが与右衛門だけはずっと頭を下げ続け祈りを捧げていた。


 しばらくして与右衛門の祈りが終わると、


「これより惟任日向守光秀公!そして共のお方達の御遺体を葬りたいと思う!丁重に葬りさせていただく故にみなの者ご配慮お願い申し上げる!」


 周りにそう告げた。


「二郎、お前も手伝うてくれ。せめてもの供養や」 


 与右衛門は目を真っ赤にしながら俺にそう告げた。


「は、はい、是非に……」


 情に厚い男なんやろうか、その気迫に押され俺までも少し涙ぐんでしまった。



 この集団は二十人はおるやろう。

 男達は道具を使い大きな穴を掘った。

 そして一人一人の亡骸を丁寧に穴に埋葬していった。

 穴を埋め再び彼らに対し祈るよう与右衛門が指示を出し、俺は手を合わせ必死に観音様に祈った。


 どうか彼らが無事成仏してくれますように、と。





 再び館に戻った俺は与右衛門の部屋に呼ばれ、彼と向かい合い少し早めの昼食をとっていた。

 祝いと言う事もあるのか、まだ午前であるのにお酒までも振る舞われていた。

 与右衛門には使用人のお姉さんが、そして俺には音羽がついて酌をしてくれている。


「此度は二郎光丞殿のご活躍をお祝いいたして」


 そう言い与右衛門が(さかずき)を軽く持ち上げる。


「ありがとうございます」


 俺も盃を軽く上げた。

 そしてそれを口に運ぶ。


「…………」


 少し強めの酒の味が口に広がる。


「二郎殿は酒は呑めるんか?下戸なら無理強いは出来ひんからなぁ」


 そう言うと与右衛門は上機嫌に高笑いをしだす。


「いや、この程度なら呑めます」

「そうか、それならええ。俺の方が弱いかも知れんな。途中で寝てしもうたら当主としての面目が潰れるけどな、はははははは」


 ずいぶんと上機嫌なようや。

 光秀隊をきちんと埋葬したからやろうか。


「そやけど……光秀殿の首は取れんで……それは申し訳なく思うとります」


 俺は酒を口に運んだあとに与右衛門から視線を逸らしそう言った。


「首か……足取り追うように伝えとるがな。おそらくもう遠くに行っとるやろうな、首を刈った者がな」

「一体誰が……」

「光秀殿の近臣のもんやろう。どこかへ……運んだんやろう、おそらく亀山か……」


 俺はぎょっとなり与右衛門の顔を見た。


「亀山?!」

「光秀殿は亀山にも御城あるやろう、そやから亀山か……坂本やな、近江の」

「あぁ……」


 亀山か坂本に光秀の首が運ばれた……か……


「……で、二郎」


 改まって与右衛門が俺を見て声を落とす。


「飯田家に仕えてくれと言うたが、その返事はどうなんか?」

「……俺は亀山に帰りたい」

「……二郎さん……」


 隣の音羽が声を掛ける。


「やはり無理か」

「俺はここの里の人を殺しとる。俺を恨む奴もおるはずや。そこで静かに暮らせる自信がない……」

「音羽をもろうてこの館に住めばそんな心配いらへんぞ」

「それは……急過ぎて……音羽さんはべっぴんさんやけど……」

「情けない話やけど俺に跡取りはおらん」


 与右衛門が真面目な顔をしてそう言う。


「…………」


 俺は黙って与右衛門を見詰めた。


「子供がおらん。単なる種無しや、ふふふ」


 そう言い盃を口に運んでいる。


「一族のもんは……先の戦で死んだ。継ぐもんがおらん。このままではこの家は途絶える」


 何が言いたいんや……


「そやから……大手柄を立てたお前をこの家の……」

「俺は亀山の農家の息子や、飯田家のもんやない。さっきも言うたがこの里のもんを俺は殺めた。その里で静かに暮らしていく自信はない」

「この家を継ぎ音羽をめとり養子としてこの家にくれば静かに暮らせるぞ」

「俺には待っとるもんがおる」

「…………」


 与右衛門は盃を口に運ぶと(おもむろ)に立ち上がった。

 そして側の(さや)に収められた刀を手に取ると、


「お前は我が家の囚われの身!お前の体は我が家が握っとるんやぞ!」


 そう言うと与右衛門が鞘から刀を抜いた。


「……斬るんか、もしその気なら俺は今からこの部屋を飛び出して武器を持ち……」


 そう言い立ち上がった。


「与右衛門、お前を殺すぞ……」


 俺は殺気を発し、与右衛門を睨み付けた。


「与右衛門様!お止めください!」


 音羽も立ち上がり与右衛門にそう言いながら刀の持つ腕を掴む。


「……ふぅぅ……」


 与右衛門が一息吐くと刀を鞘に戻し腰を下ろした。

 俺は突っ立ったまま座る与右衛門を見詰めた。

 彼は自分で盃に徳利(とっくり)の酒を入れ、ぐびっと口に運んでいる。

 俺はその様子を見ながら腰を下ろした。


「……二郎、呑んでくれ」


 与右衛門がそう言う。


 もしかして酔ってんのか?もしそうなら……

 酒弱すぎるやろ……


 音羽が俺に酌をする。

 おおきに、と音羽に告げ俺は盃の酒を口に運んだ。

 強い酒が口に広がる。


「……あぁ……」


 しばらく沈黙が続く。

 俺は膳にある煮魚を箸でほぐし口に運んだ。

 これは……(たい)か?

 昔、正月に食った事がある。

 場の空気は若干重たいが、鯛は美味で俺は二口三口と鯛を口に運んだ。


 ……めっちゃ旨い……


 ふふっと笑ってしまったが与右衛門はそれには気付いていないようや。


「二郎、お前には特別なもんを感じるんや」


 鯛に夢中になっていると与右衛門が口を開いた。


「特別?」

「何か妙な力を感じる」

「……そんなんはあらへん、俺はただの農家の息子や」

「ただの農家の息子が惟任光秀を討つか」

「…………」

「ただの農家の息子が森可成(よりなり)様の御子息のお着物を(まと)えるか」

「…………」

「お前はただもんや無い、俺は……」

「…………」

「短い時しか経っとらんが俺は……お前に惚れたんや」


 何を言うとるんや……この男は……


「そやけど俺は男や、そやから音羽をもろうてくらはれへんやろうか!お願い申し上げる!」


 そう言うと与右衛門は丁寧に座り頭を下げてきた。


「…………」


 俺は言葉が出なかった。

 何て言えばいいんか分からんかった。

 隣の音羽は与右衛門を見た後ちらりと俺を見詰めている。

 俺は与右衛門と音羽を交互に見た。


 急過ぎるやろ……


 そんで……酔っ払っとるやろ…………


 俺は与右衛門から視線を逸らし箸で鯛の身を摘まむとそれを口に運んだ。


 旨い……


 どうぞ、と音羽が酌をしてくれる。

 与右衛門はまだ頭を下げたままやった。

 俺は盃を口に運んだ。


「もし無理やったら音羽に子を授けさせてやってくれんやろうか」


 与右衛門が飛んでもない事を言う。


「与右衛門さん、音羽さんはまだ十四の娘さんやん、それに音羽さんの気持ちも考えたらんと。旦那でもない男の子供産ますなんてそんな……」

「うちは……二郎さんなら構へん、そやけどずっとここにおって欲しい」


 そう言い音羽が俺の手を握る。


 ……おいおい……そこは俺に同意して断って欲しかったんやけど……


「ちょ、ちょっと待ってな音羽さん……」

「どうぞ」


 音羽がまた酌をする。

 少しずつ少しずつ酔いが回り出す。

 正直に言うと音羽は美人や。

 十四にしては色気があるし器量よしやった。

 よう気が利く娘で申し分ない。


 それに……すでに抱いてしもうたし……


 しかし俺はずっとずっと久を想いながらここまで来たからな。

 死なんよう、死なんよう、とずっと槍の訓練をし続けたんも久に再び会いたいからと言うのが大きかった。

 勿論それだけが理由ではないが……

 しかし酔いのせいでその意思が揺れている。


「与右衛門様、二郎さんもお疲れやし今はそんなお話はお控えに……」


 音羽がまだ頭を下げている与右衛門にそう言う。


「…………」


 与右衛門は床に額をつけたまま動かん。


「与右衛門様?」「お館様?」


 音羽ともう一人使用人のお姉さんが与右衛門に声を掛けとるが反応がない。


 まさかとは思うが……

 寝とるんちゃうやろな……


「お館様?」


 使用人のお姉さんが与右衛門の肩に手を当てると、すくっと与右衛門が顔を上げた。


「あぁ……」


 目が虚ろになっとる。


「もうお休みになられます?」


 お姉さんがそう尋ねとる。


「うーん、まだええ。二郎」

「はい」

「……音羽をお頼み申します」


 酔いながら俺にそう言う。


「……即答はまだ無理や」

「しばらく……この館におってもらう……嫌とは言わさん」


 そう言うと与右衛門は盃を口に運んだ。

 大丈夫なんかこのお方。だいぶ下戸やな。

 俺はそう思いながら盃を口に運んだ。


「どうぞ」


 音羽がすぐに酌をする。


「あんまり呑むと俺もふらふらになるわ、与右衛門さんみたいにな」


 俺はにこりと笑い音羽にそう言った。

 音羽もにこりと微笑む。

 向かいの与右衛門はふらふらとしながら鯛を食べていた。


「今宵……お床伺いましてよろしい?」


 音羽が俺の手にそっと手を添え、耳元でそう(ささや)いた。


「……ええよ……」


 酔っ払った俺は彼女を見詰めそう答えてしまった。

 俺の答えを聞くとまだ十四の少女は言葉を発する事なく俺の手を強く握り締めてきた。




 食事の最中に与右衛門は泥酔し部屋を出ていった。

 俺は一通りの食事を摂ると部屋に戻り再び布団の上に大の字に寝転んだ。

 まだ昼間やと言うのに酒のせいで眠気が酷い。

 仰向けで大の字になり天井を見詰めていると、

 すぅっと部屋の障子の戸が開かれた。


「失礼いたします」


 音羽や。

 音羽は戸を開けると部屋に入り、そしてそっと戸を閉めた。


「音羽さん……」

「よろしい?」


 そう言うと彼女は着物の帯をほどき、そして全裸になると仰向けになる俺の横に寄り添ってきた。


「俺は……どうしたらええんかよう分からんようになってきた」

「心のままに、うちは二郎さんの事が好きや」


 そう言うと俺の手を握り締めてきた。


「心のまま……か……」


 久、すまん……


 俺は身を起こすと着物を脱ぎ捨て全裸になった。

 そして彼女と深い関係を持ったのであった…………

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