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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第三章 小栗栖
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46話 小栗栖の館

 明智光秀の遺体を確認した俺らは小栗栖(おぐるす)の里へと戻った。

 しかし館へ戻るも飯田家当主与右衛門一行の姿はまだなかった。

 作右衛門と豊二は若干不安げでいたが館を後にし家へと帰っていった。

 俺は……


「すまんな音羽(おとは)さん」


 俺は浴室で音羽に背中を洗ってもらっていた。


「いえ、えらい大変な事なさられはったとお聞きしまして、うちに出来るんはこないな程度やから」


 そう言いながら俺の背中を濡れた綿の布で丁寧に拭いてくれている。


「お肩の傷どないどす?お痛あらしまへん?」


 音羽が俺の背を拭きながらそう尋ねる。


「うーん……いやさほどは」


 完全に痛くないと言えば嘘やけどそれほどの痛みは感じない。


「そうどすか、二郎さんえろう勇ましゅうおすなぁ」

「ふっ……どうやろな……」

「……お国帰らはるん?」


 音羽が耳元で囁いた。


「えっ!あぁどうなんやろ、俺は……形上は囚われの身やからどうなるんかは分からんが」

「待ってはるお人おらはるんやろ?」


 音羽が背中を丁寧に拭きながらそう尋ねる。


「そやな、おるよ」

「どないなお人?」

「紀伊の国から来た言う奴でな、なんでも器用にこなす女」

「へぇ、うち紀伊とかあんまり知りまへん」

「魚がよう獲れる所や。鯨とかな」

「くじらってお魚どすか?」

「ごっつい大きな魚言うぐらいしか俺も知らんねん」


 俺がそう言うと音羽はふふと笑った。


「で、徳二はどうなん?大丈夫なん?」


 俺は微笑む音羽にそう尋ねた。


「寝てはります、ようぐっすりと」

「そうか、傷は大丈夫なん?」

「切り口はえろう大きゅうございましたけど浅かったんでさほどは」

「そうか、良かった」

「そやけど五つ大きな傷ありましてな、えらい難儀でした」

「五つか」

「腕、脇、背、腿に脛と、そやけど大丈夫や思います。傷ぜんぶ塞ぎましたし」

「音羽さんは医学の知識でもあるんか?」

「ありません、ありませんが手当ての書物は読みました」

「ほう」

「うちは元々織物を織るお仕事しとりましてん、それが得意やったから傷ついた人のお体もやるように言われましたんや」


 織物織りから傷を縫う仕事とは随分と飛躍しとるな……


「そうなんや、そやけど大した腕やで、俺の傷も……」


 そう言い俺は縫われた右肩を見た。

 ぱっくり割れていた右肩の傷は見事に塞がっている。


「見事に塞がっとるしな」

「二郎さんお肩の傷ちゃんと塞ぎましたら糸抜かなあきまへんで」

「……あぁ」

「傷が塞ぐん半月程かかる思いますんでそれまでは……こちらで」


 半月はこの屋敷にいろ、と言う事やろう。

 半月か……長いな……


「分かった、ほんならお世話になります」

「いえ……」


 そう言うと音羽は布を湯の入った桶に浸し、そして前に回り俺の胸を拭き始めた。

 向かい合わせでやや照れる。

 俺は彼女から視線を逸らした。


「……惟任(これとう)殿討ちましたん?」


 彼女は俺の胸を拭きながらそう尋ねてきた。


「……あぁ、討った」

「…………」


 彼女は何も答えない。


咄嗟(とっさ)の事やったからはっきりとは覚えてへんけど、確かに突いた。飯田家に伝わる言うあの槍でな」

「へぇ……」


音羽は俺の体を布で丁寧に拭いている。


「あ……もう……ええよ……」

「構しまへん……」

「……あかんて……」

「ええんよ二郎さん……」


 音羽が突然俺の頬に手を当て、そして口付けをしてきた。


 物事が冷静に判断出来ん。

 今日大きな戦で戦い、人を何十人と殺め、そして真夜中によく知らん館へ連れてこられ、竹藪の中でひたすら座り続け、明智光秀を討った。


 酷い疲労と寝不足の状態にいる俺の理性は半ばあってないような状況やった。


 その状態で美少女からの誘惑を受けた俺は……


「音羽……」


 音羽と…………




 浴室から出た俺は音羽に案内され、とある部屋に来た。

 部屋には布団があらかじめ敷かれている。


「どうぞごゆるりとお休みくださいませ」


 音羽が入り口で座り込みそう言うと丁寧に頭を下げてそっと戸を閉めた。

 俺は布団に寝転ぶと同時に、瞬時に眠りに陥った。

 考える暇すらもなく瞬時に、であった。


 それほど俺は……疲れていた……




「二郎さん……二郎さん……」


 名を呼ばれ目が覚めた。

 部屋の中は明るい。


「二郎さん、お起きください」


 音羽が俺の側で声を掛けている。


「あぁ……」

「与右衛門様がすでにご帰還なさられておりまして」

「そうなんか……」


 俺は身を起こした。


「すでにお食事済まされまして、今より惟任殿のご遺体の確認の為に御出掛けなさられます」

「ええ?!そうなんか!ほんなら俺は……」

「二郎さんまだお食事もしとられへんし身支度もまだやから、せめてお見送りにとお起こしをしましてん」

「……俺の衣服は?」


 俺は今は寝巻きを着ている。

 あの豪華な俺の衣服は浴室に入った時にここの館の人に預けている。


「今、洗い終えて日干ししとります」

「……なんか代わりに着れるもんあるやろうか」

「はい、すぐにご用意いたします」


 そう言うと音羽が立ち上がり部屋を出ていった。


 明智光秀の遺体確認か……


 俺も行きたい。俺だけ館に残りのうのうと朝飯なんて食ってられんやろ。

 しばらくして、


「こちらご用意いたしました」


 音羽が濃紺の衣服を持ってきた。


「おおきに、ありがとうな何から何まで」


 俺はそれを受けとると素早く今着ている寝巻きを脱ぎそれを着込みだした。

 音羽も手伝ってくれる。


「音羽さん何から何まで気が利くな」

「いえ……」

「……風呂では……すまんかった……」

「いえ……うちの方からお誘いしたから……」


 音羽は照れてややうつ向いている。

 その姿が可愛らしいと思う反面、久の顔が脳裏をよぎり罪悪感に包まれる。


「そ、そんで与右衛門さんはまだおられるん?」


 俺は照れている音羽にそう尋ねた。


「はい、そやけど間も無く出られると思います」

「ほんなら早よせんと、俺も一緒に行くわ光秀の元に」

「え……お食事は?」

「帰ってからいただくわ。どうしても俺も行きたいねん」

「……分かりました」

「徳二の事見といてやってて」

「……はい」


 衣服を着替えた俺は音羽に案内され与右衛門の部屋に向かった。


「与右衛門殿、明智光秀を討ち無事ここに帰還しました」


 俺は彼の前に座ると頭を下げそう告げた。


「ようご無事で、それが何より。そやけど今より惟任光秀の亡骸(なきがら)の検分に行かなならん」

「是非わたしもお供させてもらえませんでしょうか」

「そやけど二郎、今起きたばかりやないんか?まだ朝食もとっとらんと聞いとるが」

「構いません」

「そうか、ほんなら握り飯でも用意させとく。準備が整いしだい呼びに向かわすから部屋で休んでもらっとって構わんぞ」

「ありがとうございます」

「二郎……ようやってくれたな」

「たまたまやと思います。それより……」


 与右衛門がじっと俺を見る。


「あんたらは光秀隊と接触はしたんか?俺らはただじっと藪の中で待っとっただけやから詳しい事は分からんが」

「接触……とまでは言えんが灯りをつけて牽制(けんせい)はした」

「牽制……」

「要はあの藪の方へと向かわす為に灯りを使ってこちらに来んなと脅したって事や」


「そうか、しかし……待つ俺らが三人だけ言うのは少なすぎひんか?相手は十人はおった。いや十人ならむしろ少ない方やった。百人近くおったらどうなってたか、俺は結局捨て駒言う事やったんやろ」


 俺は鋭い目付きで与右衛門を見詰めた。


「……俺らは全員死ぬ覚悟でおった」


 与右衛門も俺を真っ直ぐに見詰めそう言う。


「俺は死ぬ覚悟なんかない」


 俺は与右衛門を睨み付けるようにそう言った。


「お前は飯田の捕虜や」

「ふんっ!!」

「そやけど……お前の腕に賭けたのは事実。そやから家宝のあの槍を渡した」

「…………」

「光秀の検分終わった後に褒美は必ずとらす。お前は音羽はいらんと言っとったがな、ふふふふ」

「…………一度亀山に帰らせてくれんやろか」

「……なんでや」

「家のもんが心配しとる」

「亀山か……すぐ側やな」


 与右衛門は俺から視線を逸らし考え込んでいる。


「二郎、うちに仕えんか?」


 与右衛門が真っ直ぐ俺を見てそう言う。


「……ここに?」

「土地も用意する。お前を待つ女を連れてきてこの小栗栖で居を構えんか?」

「…………」


 ここに……か……


「しばらく考えさせてもらいたい。俺は部屋に戻ります」

「おう、分かった」



 俺は部屋に戻ると布団の上に大の字に寝そべり天井を見詰めた。

 この地に住む……か……


 昨日来たばかりのこの地。

 俺が殺めた男達の家族が住むこの地。

 久以外のおなごを抱いてしまったこの地。


「無理やな」


 俺は即時にそう思った。

 そしてそっと目を閉ざすと再び眠気に襲われた俺は……


 またすぐに眠りについた…………

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