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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第三章 小栗栖
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45話 光秀の胴体

 あの竹藪から離れて半刻(1時間)が過ぎた。


「よっしゃ、ほんならわしらは明智光秀の様子うかがってくるわ、あんたは館の方戻ってもらわはって構わんで」


 俺を先導した男が俺にそう告げると立ち上がった。

 もう一人の男も立ち上がる。


「あんたら又戻るんかあの藪に」


 俺は座ったまま二人を見てそう尋ねた。


「討ったかどうか確認せなならん」


 先程の襲撃の場面……

 槍の感触は確かにあった。

 だいぶ深く光秀の脇腹を刺したはずや。


「手応えは確かにあった。絶対に討ったはずや」


 俺がそう言うと男は、


「そやからそれを確認しに行くんや……」


 そう言うと男が黙り込んだ。

 わずかに風が吹く畦道(あぜみち)の周囲に広がる葦の草は小さく揺れていた。

 その光景が月明かりで確認できる。


「俺だけがのこのこと館に戻りとうない。俺もあんたらに付いていってええか?」


 俺は男にそう尋ねた。


「兄さんには出来れば館に戻って欲しいんやけどな」

「なんでや」

「里には男衆がおらん。明智を襲う派手な事をしでかしてもうたからな、出来ればあんたには里に戻ってあそこを……」


 俺一人で小栗栖(おぐるす)と言う集落を守ってくれと言う事やろう。


「そやけどさすがに俺一人やと無理やで。与右衛門言うお頭が戻っとるかもしれんし」

「戻っとらんかもしれん」


 別の男がそう言った。


「……分かった。兄さんも一緒に来てくれ。明智光秀を討ちよったのはあんたや。ワシらだけやとどれが光秀か判別も難しい」


 男がそう言う。俺を引率した男。


「あんた名は何て言う」


 俺はその男にそう聞いた。


「山本の作右衛門(さくえもん)や」

「作右衛門、ほんならあんたは?」


 俺はもう一人の男に名を尋ねた。


「……豊二(とよじ)や」


 もう一人の男がぶっきらぼうにそう答える。


「聞いたやろうが俺の名は二郎や、亀山の二郎。ほんなら作右衛門に豊二、さっきの藪戻ろうや」


 俺は槍を握り締め立ち上がった。


「ええんか?」


 豊二と名乗った男が作右衛門と言う男にそう告げる。


「構わん、手柄はこの兄さんのもんや」


 作右衛門が俺を見ながらそう言う。


「手柄って……俺は別にそんな手柄いらんぞ。成り行きでここまで来ただけや。成り行きで光秀を刺しただけや、俺は……」


 途中で声が止まる。

 しかし俺は別に小栗栖を治めとる飯田家の娘を嫁にしたいとは思わんし、あの館が欲しいとも思わん。


 ただ流れのままにこうなってしまっただけの話や。

 成り行きで明智光秀を竹藪の中で刺すと言う形になっただけの話。

 それを伝えたい反面、飯田家からの金銭面の褒美を貰いたいと言う欲も多少はあった。

 あったからこそ明智光秀のその後の様子を見に行こうとしてしまっとるんかもしれん。

 そやけど褒美云々は抜きにしてあの光秀をほんまに討ったんかどうかは気になっていた。

 ここまで来たんならあの男の最期がどうなったんか見てみたい。

 そやないと心が落ち着かんかった。 

 ひょっとすればあの後、生きて落ち延びとる可能性もあるんやから。


「手柄とかの話は後でええ、光秀の事が気になる。なにせ……俺はあの男に従って織田信長様がおられた本能寺を襲撃したんや。そのあと安土行ってそっから坂本まで護衛して、それから都の御所へまでも護衛したんや、光秀にずっと追従しとったんや」

「ほんなら顔もよう知っとるんやな?間違いなく光秀を襲ったんやな?」


 作右衛門が俺に念を押す。

 光秀の顔は実は御所の門で一度だけ見掛けただけやった。

 たった一度やから、絶対に間違いなく、と念を押されるとやや不安になるが……

 いや間違いない。竹藪で見たあの男は紛れもなく御所で見た男やった。

 俺に刺された後に逃げていったあの後ろ姿は安土から坂本へ向かう時にずっと見た後ろ姿に間違いあらへん。

 確信を持てる。


「間違いなく明智光秀や。ただ……」


 光秀を刺した時の俺は心ここにあらずの状態やった。

 意識はあったが心ここにあらずで、訳の分からん言葉を口走っとった。

 この服の持ち主の森ぼうまると言う少年が俺に憑依(ひょうい)したんかも分からん。

 そやけど少年が俺に憑依し、あの男を討ったのならば相手は紛れもなく明智光秀のはずやろう。


「すまん、話は終わりや。あの藪に戻ろう」


 俺は作右衛門にそう告げた。


「……よっしゃ、ほんなら戻ろう。そやけどまだ生き残りがおるやもしらんさかい気付かれんよう気ぃ使うて行くで、なるべく音立てんようにな」


 作右衛門がそう言うと再びあの竹藪の方へと向かっていった。


 夜はまだ明けずに薄暗く、周囲では(かわず)の声が響いていた……





 先程の竹藪の小道にたどり着くも先程の騎乗した武士達の姿はなかった。

 なかったが俺が殺した四人の護衛の兵の遺体はそのままやった。

 作右衛門も豊二も灯りを灯さんからうっすらとしか見えんが四人の遺体が転がっとった。


 ……すまん……


 俺は目をつむり心の中でそう祈った。

 はぁと息をつくと、


「あっちや」


 作右衛門が指を指してそう言う。

 その方向は俺が明智光秀を刺した後に光秀が馬に乗って走っていった方向やった。

 竹藪の中にある細い道である。

 作右衛門は先を歩き出すが辺りは薄暗い。


「灯り灯せんか?」


 俺は先を歩く作右衛門にそう尋ねた。


「阿呆、残党がおったら襲うてくれ言うとるようなもんやろ」


 作右衛門に叱られる。確かにそうやな。


「兄さんが誰も彼も蹴散らしてくれるんならええけどな、通り名は今趙雲やったか?」

「…………」


 俺は無言のままでいた。


 しばらく歩くと竹藪を抜けた。

 その先の畦道は葦に囲まれた場所であった。


「……あ……」


 竹藪を抜けてすぐの場所に六人の遺体が横たわっていた。

 月明かりでしか確認出来ないがその遺体は鎧をまとった男達である。

 そして、すぐ側では六頭の馬達が固まり、ばくばくと(あし)に食らい付いていた。

 作右衛門と豊二が横たわる遺体群を確認している。


「二郎さんやったか、これに見覚えあるか?」


 作右衛門が一人の遺体を指差してそう言う。

 俺は作右衛門が指差した遺体を見詰めた。

 微かな月明かりでその遺体は首が無い事だけは確認出来る。


「……暗くて分かりづらいな」


 俺がそう言った後、少しの間が開いてから辺りが明るくなった。

 豊二が火をつけ松明を灯しだした。

 俺は松明の灯りに照らされた遺体を見詰めた。

 血溜まりが出来たその遺体には首から上がなく、首とそして鎧の脇腹から出血し、鉛のようなくさい臭いを発していた。


「二郎さんこれで間違いないか?明智光秀か?」


 作右衛門が松明に照らされる首の無い遺体を見詰めて俺にそう聞いてきた。

 鎧は安土から坂本へ坂本から京へ向かった時に見た物や。

 そして脇腹の刺し傷も間違いなく先程、俺なのか、森ぼうまる、と言う少年が刺した時の傷そのもの。


「間違いなくこれが光秀や」


 俺は仰向けに横たわる首のない遺体を見てそう言った。


「首持ってかれよったか」


 作右衛門が遺体を見てそう言う。


「首刈った奴、もう都に行きよったか」


 松明を持つ豊二もそう言う。

 俺は黙ったまま首のない光秀であろう遺体やその周囲に横たわる武士達の遺体を見詰めた。


「二郎さん一度、里に戻ろうか」


 しばらくして作右衛門が俺にそう告げた。

 小栗栖のあの集落に戻ろうと言う事か。


「この……遺体は?」


 俺は転がる遺体群を見てそう言った。


「わしらだけでは何も出来ん。里に戻って当主の言葉聞かなあかん」


 与右衛門の指示を受けんと何も出来ん言う事や……

 そやけどここにおっても俺ら三人だけやと何も出来ん。

 俺は槍の柄を持ち、ぐるりと回し脇に携えるとこう言った。


「ほんなら一度館に戻ろうか。残党がおるなら俺が全員蹴散らしてくれるわ」

「よっしゃ、ほんなら一旦帰ろう!」


 作右衛門がそう告げ俺の前を歩き出した。

 松明を持つ豊二も俺らの後に続く。


 松明に照らされた明智光秀であろう首のない遺体は血にまみれ、無惨にも畦道で倒れたままやった……

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