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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第三章 小栗栖
40/166

40話 徳二

 半刻(1時間)ほど歩いたやろうか。雨は止んでいたがまだ曇り空は広がっていて、いつ雨が降りだしてもおかしくなかった。

 時は恐らく(とり)の六つの刻(約18時)。

 そろそろ辺りは薄暗くなっていた。


 明智光秀軍と織田信孝、羽柴秀吉軍とのあの戦がどうなったんかは分からんが、おそらく明智方は負けたんやろう。

 なにせ俺はその戦で明智勢として最前線で戦っとったんやからよう分かる。

 あの劣勢な戦況で明智勢が勝てたらそれこそ奇跡やわ。


 そんな事は有り得へん。

 絶対に有り得へんかった。

 おそらく勝竜寺城に立て籠っとるんやろ。

 そこで羽柴勢の攻めに耐えとるんやろ。


『二郎……逃げられんかったわ……』


 俺は今、飯田与右衛門と名乗る男が率いる団体に連れられ、暗い草原をずっと歩かされとった。

 誰も喋らず俺は強制的に連れられる形で歩いとる。


 ただ捕縛されてる訳ではなく前と後ろを見張りの男が歩いててそれに合わせて歩いとるだけやが。


『逃げ切れんようや…………』


 日が暮れた周囲は完全に闇やった。

 団体も周囲を警戒してか松明(たいまつ)は灯さずにいるようやった。


『二郎……死にとうない……』


 さっきから頭に声が響く。 

 なんとなく徳二の声がする。



 逃げんかい……隙を逃すな……

 ただひたすらに走ったったらええんじゃ…………



 目を(つむ)りそう想った。

 それから後、徳二らしい声は聞こえんようになった。


『あほらしい……俺は何を想うとるんや……』


 俺を連れる団体はおおよそ十五人はおった。

 先頭はこの団体を指示しとる飯田与右衛門と言う男が歩いとった。

 俺はその団体のやや後方におった。


 俺だけが警戒されて取り囲まれとるから囚われの身は俺だけなんやろうな。

 ちゃんと足軽やと説明したのに、えらい警戒のされ方やった。


 周囲は本格的に暗くなりだす。

 遠くに火の明かりがたくさん見えた。

 昨日俺がおった勝竜寺城やろう。


 やはり戦は負け、明智光秀は引いたんやろうか。

 兄貴は……無事なんやろうか……



 そんな事を考えながら歩いとると、遠く離れた場所で必死に走る人影が見えた。

 その人影はこちらの団体に気付く事なく走り続けていて、徐々に徐々にこちらに近寄っていた。


 しかし、この団体に気付いたのか走るのを止めると再び逆方向に向けて走り出した。

 だが不必要にここに近付いたが為に、この団体の男数人がそいつを追跡し、すぐにその者を捕らえていた。


 やがて逃げていた者が無理矢理こちらへと連れて来られる。

 そいつは地面にひれ伏せられていた。

 誰かが松明(たいまつ)に火を灯し、そいつの姿を照らしだす。

 与右衛門もそいつの元に歩み寄り出した。

 先程まで雨が降っていたから地面はベトベトで、そいつは地面に無理矢理伏せられ顔も着物も泥にまみれとる。


「二郎!!」


 地に押さえ付けられとる奴が俺を見て突然そう叫んだ……



「……嘘やろ……」



 その男は……

 徳二や……


「と、徳二……徳二か!」


 俺は度肝を抜きながらもそう声を発した。


「二郎!たすけ……」


 そこまで言うと徳二は押さえ付ける男に腕を組み伏せられて髪の毛を掴まれて黙らされていた。


「お前の知り合いか」


 与右衛門が冷静な目付きで俺を見る。


「あぁそうや……陣で知り合っただけやけど」


 俺がそういうと与右衛門は(さや)から刀を抜き、組み伏せられとる徳二に近寄っていた。

 そして、「貴様この男の手引きか!!」

 そう言い徳二の首筋に向けて刀の刃を当てようとしとる。


「ち、ちがう!」


 組み伏せられた徳二がそう叫んでいる。


「待っとくれ!ほんまに違うんや!」


 俺も与右衛門に必死にそう告げた。

「…………」

 与右衛門は刀を持ったまま黙っとる。


「離したれ…………おい二郎とやら!」


 与右衛門が徳二から離れ、俺に近寄る。刀を手にしながら……


「…………」

「まだお前の事を信用しとる訳ちゃう、そやけどこいつはお前に免じて助けたる。お前と共におらしたるがおかしな真似はすんな?」


 与右衛門がじっと俺を見詰めてそう言う。


「分かっとる」


 俺はそう答えた。


「……無数におる足軽連中の中でお前の知り合いが都合よく現れるんか?面白いのう!」


 そう言いながら与右衛門が刀を鞘に収めだす。


 ……俺が逆に聞きたいわ……

 なぜ徳二がこんな所に……


 まさかさっきの変な声はほんまに徳二の声やったんか?



「その者!その男と共に連れていけぃ!!先をゆくぞ!」


 与右衛門が周りにそう告げると団体の先頭へと向かっていった。

 徳二は男二人に引きずられる形で俺の隣に連れてこられた。

 そして俺の隣に来ると離された。

 徳二は地面に伏せて肩で息をしとる。


「大丈夫か?」


 俺はしゃがみこみ、伏せる徳二に声を掛けた。


「すまん……何となく城から逃げ出しとうなって……」


 徳二がそう言い顔を上げる。


「立てぇ!!」


 俺らを監視する男の内の一人がそう怒鳴る。

 徳二は渋々立ち上がった。

 顔も服も泥だらけやった。


「大丈夫かお前……」


 俺がそう声を掛けるも徳二は無言やった。



 小栗栖(おぐるす)言う所へ歩きながら俺は徳二と話をしとった。

 俺が斎藤利三隊から逃げた後はどうしとったんか、明智光秀軍はどうなったんか、そしてなんであんな所を走っとったんか、あとは連れのアホ面がどうなったか。


 まず俺が走って逃げた後の斎藤利三隊は総崩れとなり、徳二はすぐに後方に走って逃げたと言う。

 逃げた先は明智光秀本隊で、流れのままに本隊に合流した、と言う。


 次に明智光秀本隊は羽柴秀吉隊に押し込まれ、夕方前に勝竜寺城に逃げ込んだ、と言う。


 そして、なぜあんな所を走っていたかと言うと……

 勝竜寺城が羽柴勢に攻め込まれだし、もはや死を覚悟した時に……

 隙を見てただひたすら逃げろと思ったんやそうや。

 理由は分からんがそう思い、城を捨て走って逃げとったら何らかの賊の集団がおる事に気付いて、その賊からも逃げようとしたが捕まり今に至ると言う事やった。


 まさかな……確かに俺も徳二の声を何となく感じて、隙を見てひたすら逃げろって念を送ったが……


 そんな事ってあるんやろうか……



 で、最後、アホ面はと言うと斎藤利三隊が総崩れになる前に何処かへ走って逃げていったそうや。

 どうなったかは分からんらしい。


 そんな話をしとると再び森の中に入った。

 この集団の先頭と真ん中と後方に松明(たいまつ)を持った男がそれぞれ三人おるので周囲や足元の様子は辛うじて伺えるが如何せん森の中なので遠くの様子は一切確認出来ん。

 そやけどしばらく歩くとずっと先に灯りがちらほらと見えた。

 森ももうすぐ終わる。


 森を抜けるとそこは中規模の集落があった。

 民家がぽつりぽつりと立ち並んでいる。



 と、集団は立ち止まった。そして先頭の与右衛門と言う男が……


「各自!家に帰りゆるりと休め!ただし直ぐにも呼び出すよってに気を抜かんよう!お願い致すぞ!では!!」


 与右衛門がそう言うと団体の大半が散り散りに去っていった。

 ただし、まだ与右衛門と俺と徳二を見張る男が四人程いる。


「お前には聞きたい事がある、付いてこい」


 与右衛門はそう言うと、この集落の中では一番大きな館へと向かいだした。

 依然、俺らの前後には見張りの男達が前後に付いている。


 俺らは無言のままに与右衛門に付いていくと、やがて立派な門構えの大きな屋敷に辿り着いた。

 門をくぐり玄関に差し掛かると従者の者達三人程がお帰りなさいませと頭を下げていた。


「お前らは帰ってええ」


 与右衛門が玄関に入ると、俺と徳二の見張りをしていた男四人に対しそう告げた。

 男四人は頭を下げると去っていった。

「…………」

 俺は今後どうなるんやろか。

 実を言うと手当てしてもらった肩の傷はまだズキズキと痛んどる。

 出来ればどこかでゆるりと休みたいが、どうやら俺はこの賊の囚われの身のようやから、そんな贅沢は言ってられんのやろう。


「その汚れた男の衣服と身体洗ってやれ、二郎、お前は俺に付いてこい」


 与右衛門がそう告げると玄関を上り館の奥へと進んでいった。

 俺はちらりと徳二を見た後に与右衛門の後に続いた。

 徳二は従者達に連れられて何処かへ連れていかれてしまった。


 しばらく廊下を歩むと先を歩く与右衛門が、とある部屋に入った。

 俺もそれに続き部屋に入った。

 十畳程の小綺麗な部屋。

 部屋には座布団が二つ置いてある。

 与右衛門は突っ立ったままに俺に座布団に座るように促した。

 俺は言われるがままに座布団に腰を下ろした。

 肩の傷がズキズキと痛む。

 着物越しでも血が滲んでいるのが確認できる。


「しばし待っとれ」


 そう言うと与右衛門は俺の真後ろにある部屋の出入り口から去っていった。


「……はぁ……」


 俺は今からどうなるんやろか。

 部屋は小綺麗やけど閑散としていて何にもない。

 無の空間のようやった。



「お待ちどう様です」


 後ろの出入り口から女の声が聞こえた。

 さっと後ろを振り返ると、まだあどけない顔をした可愛らしい少女が丁寧に座り込み、手を付いていた。

「…………」

 俺が黙ったままでいると少女はペコリと頭を下げ、素早く立ち上がり、小さなつづらを手にして俺の右隣に座った。

「お時間があまりあらしまへんえ、はよういたします」

 少女が俺にそう告げると俺の右の片袖に手をし、脱がそうとしだした。


「……な、何すんの?」


 無理に服を脱がそうとされ、一瞬驚きそう問い掛けたが少女は無言のままに俺の服の片袖を脱がさせる。


 俺は片袖を脱がされ右肩が(あらわ)となった。


「あぁ……刺されましたん。うーん…………」


 少女が俺の肩の傷を見て唸っとる。


「……(いと)うてな……槍で刺されてもうて」

「うーん……」


 そう唸りながら少女がつづらを開けて徳利(とっくり)と白い布を取り出した。

 少女は布に徳利の中身の液体を掛けると、その布で俺の傷口を拭きだした。


「あぁ……」


 ズキズキズキと痛みを感じる。


「しばしのご辛抱を」


 そう言い少女が俺の傷を布で拭く。

 その後つづらの中をごそごそとあさりだし何かを取り出した。

 ちらりと見るとそれは……

 針と白い糸やった。


「……え?」


 何をするんかは分かる。傷口を縫うんやろ?

 そやけど……この女の子まだ幼いぞ……

 大丈夫なんか?


「お兄さんこれ飲んどって?」


 そう言いさっきの徳利を俺に差し出す。


「……飲めばええの?」

「飲んどって?」


 俺は徳利を見た後、中の酒であろうもんを口に含んだ。


 …………か、か、かぁ…………


 喉が焼ける…………

 なんやこれは…………

 酒?

 キツ過ぎる…………


「かぁぁぁ……」


 そのあと俺は意識を失った…………




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