4話 少年の亡骸
織田信長……
京の外れの村落の農民の子の俺ですらもその名を聞いた事のある上の者のお名前である。
その人物が先程この焼け落ちた広大な建築物跡で命を落とされた。
周りの俺と身分の同じ田舎者の足軽連中はそんな事も気にせずに飯だの女だのとガヤガヤと騒いでいる。
俺は……遥か目上の武家のお方がつい先程お亡くなりになられた事、ぼうまると呼ばれていた美しい武家の少年が命を落としたこの寺内の事が気になり、とても浮かれた気分にはなれなかった。
まだ焦げ臭いこの寺が……
俺は解散と言われたのちもまた本能寺内に入っていった。
織田信長が気になるとかではなく、あの美しかった少年の事がまだ気掛かりで……
焦げ臭い寺内にはまだ数十人の足軽達や侍達がいた。
何をしてるのか分からない。
侍達は焼け崩れた本能寺跡を見つめながら何やら会話をし、足軽どもは焼け落ちた寺内を未だに掘り起こしていた。
俺とは又別の部隊の連中なんやろう。
俺はそんな様子を見やりながら、また先程の寺の隅の美少年の遺体の元へと向かっていった……
本能寺内の端の端、俺が人殺しは恐ろしくて嫌やったから戦ってるふりをし、サボっていた本能寺境内の端の端のその場所。
そこには、まだ美少年が眠るように横たわっていた……
「はぁぁぁぁ……」
埋葬してあげたいし供養してあげたいが、俺一人では穴を掘る事も出来ひん。
焼くなどすると侍連中がやって来てややこしい事になるやろう。
何かしてあげたいが俺ひとりじゃ何も出来ひん。
俺はただ静かに眠っている美少年の顔を撫で、そしてそっとその真っ白な冷たい頬に口付けをした……
死した少年は綺麗な着物をまとっていた。
傍らに槍が落ちていて、着物の脇には脇差しのような刀も携えている。
綺麗な着物や。上品な武家のお召し物や。
この少年の供養になる訳ちゃうけど、せめてこのままこの少年とこの着物が燃やされるのであるならば……
俺がこの着物を着て生き続けて行きたい。
俺の勝手な浅い思慮なのかもしれへん、そやけどこのままほっとくよりも俺が着て、そして着物と共に生きてゆく方がええんちゃうかと、そう感じた。
ごめんな、ごめん……黙れ逆賊と叫んでいた美少年の遺体から綺麗な着物を脱がし、俺はそれを身に付けた。
白い小袖の上に葵色の羽織、そして灰色の袴。
そして、代わりに自分が着ていた薄っぺらい銅の鎧と木綿の服を脱ぎ少年の遺体に着させた。
ただ履き物のわらじだけは交換しなかった。
「逆賊やろうけど、無理矢理やってん。ごめんな?ありがとう」
美少年の遺体にそう語りかけ、両手で拝んだ俺は武士のような身なりのままに本能寺の外へと向かっていった。
良い香りがするのは服からやった。
良いお香の香りがする。
武家であろう少年の衣装をまとい本能寺を出た。
門を出ると侍か足軽大将がまた別の部隊に大声で何かを叫んでいた。
一瞬侍の一人が俺を見つめ、ギョっとしていたのは衣装のせいであろうがじっと見るだけで何も言ってはこなかった。
門を出た通りには相当数の人々が多く集まっていて兵士達がそれらに立ち入るなと怒鳴りつけ制御していた。
そんな中を、立ち入り禁止区域の中を武家の着物をまとった足軽の俺が歩いてるのであるから滑稽やった。
当然周りの者達は俺をじっと見ていた。