39話 森
肩の傷がごっつい痛い。
先程の無理な争いのせいで血も更に溢れ出ていた。
……手当てせんと……
小川か池か沼がどこかあればええんやけど辺りは鬱蒼とした森や。
どこに向かえばええのか。
夢中で森の中に入って走りまわったから、どこから来たのかどこへ向かえばええんかもよう分からん。
とりあえずここから離れよう、この四人の死体が転がる血生臭い場から。
そう思い数歩ほど進んだ時、微かにカサカサと茂みを掻き分ける音が聞こえてきた。
俺は一瞬立ち止まり耳に全神経を集中させた。
…………音が近付いてくる…………
しかも……複数や……
鬱蒼とした森の奥で動く影を確認した。
向こうもこちらを確認したようやが、どんどんと近付いてくる。
「……嘘やろ……」
それは無数の人やった。
武装した男ら十人以上が森の茂みから次々と姿を現した。
男らは無言のままに俺を見詰め、距離を保ち俺に槍を向けて構えだした。
肩の傷の痛みを堪え俺も槍を構える。
が、頭がくらくらとする。
痛みと出血のせいやろう。
十人以上の男らはとうとう俺の前後左右をぐるりと取り囲んでしもうた。
四方八方から殺意の感情に囲まれているのを肌で感じる。
ここまで来て……なんで……
俺と男達が槍を構え合い硬直しとると男二人程が四人の死体を確認しとった。
「おい!これお前がやったんか!」
死体を確認しとる男の一人が俺に向かってそう問い掛けてきた。
「……勘弁してくれ……俺はただの農村の男や……頼む……」
俺は意識がやや朦朧としながらもそう答えた。
「お前がやったんか!」
「そうや……俺を殺そうとしてきたからや……」
肩で息をしながら俺がそう答えると男らの一部はぼそぼそと話をしだしとる。
……この人数相手やとさすがに全員退けるのは無理か……
肩の傷がなかったら全力で走って逃げたが今は無理や。
戦場から走って逃げてきたばかりで、更に森の中で争いもしたから尚更走って逃げられん。
そこまでの体力がまだ回復しとらん。
観音様、信長様、俺の命はここまでなんか?
「お前一人で殺ったんか、あいつら」
死体を確認していた連中とは別の男、俺の真向かいの男が槍を下げて俺にそう尋ねてくる。
「そうや……」
俺は肩で息をしながらそう答えた。
「どこのもんや、答えろ」
その男が立て続けてそう聞いてくる。
男の目には殺意はなかった。
「……亀山、保津村」
「……足軽か」
「そや……」
俺がそう告げると……
「こいつはちゃう!!構え解けぇ!」
男が大声でそう叫んだ。
すると俺を取り囲んでいた男らが槍を下ろしだした。
それに比例し、俺を取り囲んでいたぴりぴりとした殺意の空気が徐々に消えてゆく。
俺は肩で息をしながらまだ槍を構えていたが、その男が声を掛けてきた。
「もう槍おろせ、死にとうなかったらな」
……どうするか、とは言えこの人数相手に戦ったとしても殺されるのは確実や……
男の目には殺気がない。
俺はそっと構えを解いた。
すると男が近付いてきた。
「深い傷やな、おい!手当てしたれ!」
男は俺の肩の傷を見ると辺りに向かいそう声をあげた。
別の男らが二人ほど俺の元に来る。
俺は鎧を脱がされた。
「ほう?えらい豪華なもん着とるんやな」
俺にずっと声を掛ける男が俺の衣服を見てそう言った。
「……盗品や」
呟くようにそう言うと男は鼻で笑った。
俺は着物の片袖を脱がされ肩を露出させられた。
男の一人が水筒の水を口に含み俺の肩に向かい、ぷぅっと吹き掛けている。
酒臭い……水やのうて酒のようや。
男二人は俺の肩に布を当ててキツく紐で結びだした。
止血してくれとるようや。
そやけど……
疑問を感じた俺は指示を出しとる男に問い掛けた。
「なんで手当てしてくれとるんや?」
男は俺をじっと見詰め、真顔でこう言った。
「お前が殺った連中は俺らのもんや」
「…………」
「無関係のお前に手傷負わせたんやったらお前の手当てするんは筋やろ」
「無関係……」
無関係とはどういう事や。
それにこの傷はあいつらのせいで負った傷や無うて、羽柴勢に負わされた傷やったがその事は黙っておいた。
「俺は無関係とは?」
「俺らは明智方の落ちた侍を襲っとるんや。お前は無関係やろうがその衣服のせいで襲われよったんやろうな」
一瞬だけ男の目が鋭くなった。
「…………」
「お前は足軽や、俺には分かる。分かるがしばし付いて来てもらおうか」
男がそう言う間に別の男二人による俺に対する手当ては終わった。
「……どこへ」
俺は男にそう尋ねた。
「その前に名を教えろ」
「……葛原二郎……光丞」
「飯田与右衛門貞秀」
男がそう名乗ると、
「お前には俺らの元に来てもらう。嫌とは言わさんぞ?お前は俺らの仲間を殺したんやから。それにお前の衣服の事詳しく聞きたいしのう」
ジロリと俺を見た後、与右衛門と名乗った男は俺に背を向けた。
そして……
「戻るぞ!一度戻る!こいつ館に連れてくさかい見とけ!」
大声で周りにそう言った。
すると辺りの男二人が俺の元に近寄ってきた。
俺はそいつらをチラリと見た後、与右衛門に尋ねた。
「どこ行くんや!」
与右衛門は後ろを振り返りこう言った。
「小栗栖や」
小栗栖……
どこやそれ……
俺は前後を男二人に挟まれる格好で歩かされた。
この鬱蒼とした森の中を……