37話 山崎の戦い其の三
東へと駆けるも、そこも大混戦の戦場やった。
武士が軍配を持ち叫び声を上げとる。
俺は更に東へ逃げたろうと思っとったんやけど甘かった。
東の更に先には広い桂川が流れていてとても渡るのは不可能やった。
茫然としてしまう。
どないしよ……
「かかれえええ!!」
再び武士が怒鳴り声をあげている。
……しゃあない……
俺は槍を強く持ち、側で殺し合いをしている集団の中に入っていった……
ここの軍勢は津田信春勢と言う明智軍の中では左翼に位置した。
その軍勢の中に紛れ込み、敵方と交戦を始めた俺は津田勢の一部となったのである。
これで斎藤勢の侍に追われ、大将を殺した罪で殺される事はないやろ。
少しだけ安堵したんやが……
パンッパンッパンッパンッ!!
左方面、東の方から派手な鉄砲音が連発して聞こえてきた。
俺は危険を感じその場に身を伏せた。
雨は小雨となってたが依然まだ降り続け地面はどろどろにぬかるんどる。
周囲の仲間の一部が鉄砲に射たれて倒れ込んどる。
しばらくパンッパンッと鉄砲の音が鳴り響いた後に東側の側面から無数の敵がこちらに向けて雪崩れ込んできとった。
前方にも敵がおるのに側面からも敵に突撃されてる状態やった。
逃げる方向間違えたな……
俺はそう思いながらも素早く立ち上がると槍を構えた。
うおおおおおおお!!と凄まじい声が周囲にこだまし頭がくらくらとしてくる。
「怯むなあああ!!進めええ!!」
後ろの侍連中が叫び声を上げて俺ら津田勢を鼓舞する。
わあああ!と側面の敵兵達が押し寄せてきた。
俺は槍を構えながら後ろに下がり様子をみる。
周りの味方は逆に相手に突進をし、ばったばったと討ち取られていた。
やがて後ろに引いた俺の元へも敵方の足軽が迫ってきた。
男が俺に槍を構えて睨み付けている。
「やぁっ!!」
殺気に満ちたその男は声をあげ、俺に向け槍を突いてきた。
俺はそれを槍で弾き、瞬時に男の喉に向け突き返した。
グニュッとした感触が槍越しに伝わる。
俺の槍は男の喉元を貫いていた。
辺りは殺し合う男の怒号がただ広がる。
俺は男の喉から槍を抜いた。
男は白目を剥き、喉から血を流し倒れ込んだ。
「くそっ!!」
俺は声に出し、そう叫ぶと周囲を警戒しながら更に後ろに一歩下がり槍を構えた。
四方には羽柴方の足軽どもが大量にいる。
「田吾作!!」
敵方の足軽の一人が俺が刺した絶命寸前の男に駆け寄り叫び声を上げている……
そしてキッと殺意の眼差しで俺を睨み付け槍を構えた。
「来んなぁぁぁ!!来たら殺すぞぉぉぉ!!」
心の底からの叫び声を上げ俺は相手を威嚇した。
それやのに男は俺に突進してきた。
うおおおおお!と奇声を上げる男に冷静さは無かった。
男の目には殺意が宿っている。
男の頭には俺を殺す事しか無いようや。
相手を殺らへんと俺が殺られる。
俺は隙だらけの男の太股に槍を突いた。
男が苦痛の顔を浮かべるがそれでも俺に槍を突こうとしてきた。
俺は素早く槍を太股から抜くと槍でその攻撃を弾き、また……
槍で喉元を貫いた。
「……はぁ……はぁ……」
興奮状態に陥り俺の息が荒れてくる。
男は前のめりにバタリと倒れ込み喉を押さえ、もがいているが……
俺は男など見ず相変わらず周囲を警戒した。
いつ襲われ殺されてもおかしくない状況。
「久……久……」
……死ぬ訳にはいかん……こんな阿呆みたいな戦で死ぬ訳にはいかん。
明智の為になんで死ななあかんのじゃ!!
……俺に近付く敵方は全て殺すと言う殺意の感情しか今は無かった……
戦況は先程よりも更に不利になっている。
周りの味方の兵どもの数は徐々に減ってゆき、相手方がどんどんと押し込んでいた。
それに比例し、俺が死ぬ確率も高まってゆく。
周りの味方の中には走って逃げ出す奴等が多々現れていた。
……それも一つの手や……
明智なんかに恩義もなんもあらへん。
逃げ出すのも手や。
背に腹は変えてられん……
「覚悟せえ!!」
敵方の足軽が怒鳴る。
俺は今二人の羽柴方足軽兵に槍を向けられていた。
逃げるか……いや……二人からやと無理や。
絶対追い付かれて仕留められる。
それに早よせんと加勢が来る。
そうなればいよいよ俺の人生が終わる。
「殺すぞ……」
俺は一言そう呟くと……
素早く左側にいる男の太股に槍を刺しつけ、男に声を上げさせた。
右側の男が少しひるむ瞬間を逃す事なく右の男の喉元を槍で貫いた。
今日何度目の感触やろうか。
ただ……そんな事言うてられん。
ほんまに殺らな殺られる状態なんや。
生き残らなあかん……
生き残らんと……
右の男の喉元を突いた後、素早く槍を抜き、俺に太股を刺され倒れ込んだ左側の男の首に狙いをつけ槍を構えたが……
男は恐怖の表情を浮かべ俺を見詰めていた。
「……来んな!!俺に近寄んな!!」
俺はそう叫ぶと男にとどめを刺さずに槍を構えながら一歩二歩三歩と後ろに下がり、さっと後方に駆け出して行った。
くそっ!くそったれ!
夢中で草原を駆け抜けてゆく。
死体がちらほらと転がっている。
多分この先は明智軍の本陣やろな。
『観音様助けてください……もう嫌やこんなん……』
走りながら空を見上げてそう祈る。
灰色の雲が広がった小雨の降る薄暗い空。
…………喉……巻け…………
「……え?喉?」
突然また妙な声が聞こえた。
「……なんや?」
俺は走るのを止め辺りを見渡した。
先程の戦場では明智勢と羽柴勢の足軽兵達が殺し合いをしている。
……今の声……
喉…………
俺は鎧の中の首から下げている小袋を取り出した。
龍涎香と久がくれた銅の板の入った小袋。
「久……」
俺はそう呟くと喉元に小袋をあてがい、そして首に手拭いを巻いて固定させた。
「進めえ!!進めえぇ!!お前何しとるんやあ!!斬り捨てんぞぉぉ!!」
軍配を持つ武士のおっさんがぼぅっと突っ立つ俺に怒鳴り散らし刀を抜いて歩み寄ってきた。
……くそがっ!殺されるやんけ!
俺はまた再び戦場の最前線へと向かって駆けていった。
「おおおおぉぉ!!」
叫び声をあげて槍を構える。
もうやるしかない。
今逃げると味方に殺される可能性が高まる。
俺は……
相手の隙を逃さずに太股や脇腹を突いて弱らせた後、素早く喉を突き刺してすぐに二、三歩下がり、冷静に周囲の敵の動きを伺うと言う基本の構えを貫いた。
周りの味方の事など構ってられんが、隣の味方達が槍に突かれ倒れ込む姿を何度も見た。
隣が突かれると次は俺が狙われる。
そやけど俺は敵の槍の攻撃をひたすら弾き返し、隙をついては太股を刺した。
ただそろそろ太股や脇腹を刺したのみで、とどめを刺せる状況では無くなってきていた。
敵の多勢を感じつつある。
戦況が著しく悪い。
これは…………
負け戦や。
死ぬぞこのままじゃ。
未だに無傷であるのが信じられんぐらいや。
俺も周囲の味方兵も槍を構えながら大人数相手にずっと後退している。
ばたりと倒れる味方兵の数が増えとる。
そんな事を考えていると俺に対し槍を構える男が現れた。
くそが……逃げる機会うかがわなあかん……
もうこれ以上は無理や……
そんな考えをして油断した時、俺の右肩に衝撃を感じた。
見ると槍が俺の肩に突き刺さっとった。
「くっ!!」
対峙していた兵とは又別の兵が隙のあった俺に槍を突いてきたようやった。
深い痛みを感じるが俺はその瞬間対峙していた男の油断を見逃さなかった。
瞬時に男の喉に槍を突く。
グサリと喉に槍の先が突き刺さる。
男の喉に槍を刺したまま俺の肩に刺さる槍の柄を持った。
もう一人の男が俺の肩から槍を抜く事を許さなかった。
そのまま男の腹部に蹴りを入れ、後ろに倒れさせる。
すると俺は肩に刺さる槍を抜き、男目掛けて槍を投げつけた。
槍は男の太股に命中し貫通する。
俺は先程対峙していた男の喉元から槍を抜くと、くるりと背を向け一目散に後方へと駆け出していった。
「待てぇぇ!!」「待たんかい!!」「待てやぁ!!」
後方から俺に対する怒声が聞こえる。
敵方の声やろうが味方からかもしれへんかった。
「誰が待つかい!!」
俺は槍も邪魔に感じ、その場に捨てると一目散に遠くに見えた西側の森へと走り出した。
パンッ!パパパン!
遠くより数発の鉄砲の音が聞こえてきた瞬間……
カンッ!!
喉元に衝撃が走る。
……なんや……
衝撃は走ったが喉に痛みは無かった。
今のは……明智側が俺に対して撃ったんちゃうんか……
「知らんがな……知るかいな!お前の為に死ねるか!」
俺はひたすら北西の森へと走り続けた……




