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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第二章 山崎の戦い
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36話 山崎の戦い其の二

 明智側の伊勢貞興(さだおき)隊による中川清秀隊への攻撃が事の発端となり、俺の属する斎藤利三隊も伊勢隊に加勢する形で円明寺川を越え中川隊を襲った。

 織田信孝側の高山重友隊は中川隊の助力に加わり、両軍は円明寺川を越えた辺りで乱戦を行っていた。

 高山中川勢の後方には天王山が雄大にそびえている。


「はぁ……はぁ……」


 俺は肩で息をしていた。

 体力的な疲れもあるが、むしろ精神的な疲れの方が大きかったんかもしれん。

 すでに俺は二桁は行く程の兵達を殺していた。

 辺りには死体が散乱しとる。

 隣におった味方の兵もいつの間にかおらんようになっとる。

 つまり俺らの軍にも相当数の被害が出てると言う事やった。

 今俺はまた兵と槍を構えあって対峙をしとる……


「……殺すぞ……」


 俺はそう呟くと瞬時に男の手首を槍で叩き、相手がひるんだ瞬間に喉元を槍で突き刺した。

 そしてすぐに槍を抜くと別の兵に向け槍を構える。

 刺された兵はゆっくり、ばたりと前方に倒れ込んだようやが俺は男が絶命する様子など目もくれずに槍を構え続けた。

 感覚が麻痺をしだしとる……人を殺すと言う事に慣れを感じだしていた。

 情けを掛けているとほんまに俺が殺されるんや。

 だから殺す行為だけはどうしようもなかった。

 むしろ、いちいち殺す行為に罪悪感を抱いとると……体に疲労が出てくる。

 だから俺は肩で息をしていたんかもしれんかった。

 殺戮行為に慣れを感じとったが……それでも罪悪の感情はずっと抱いとったから……


 ……死ぬぞ……


 頭の中でそんな声が聞こえた……

 ……今の声は……京の祇園のお社で聞いた声に似ていた……


「……観音様か?信長様か?!」


 しかし声はもう聞こえんようになった。

 ただ辺りからはひたすらに男達の殺し合いの声が響き渡るだけや。

 俺は槍を握り締めて相手を睨み付けた。

 対峙していた兵が俺に向け槍を突き付けてきた。

 パンッ!と槍を払うが相手に勢いがあり、払え切れず槍が一直線に俺の喉元に向けて伸びてくる。


「あ……」


 油断したか……俺は……

 ただ伸びて俺に突き刺すはずやった槍が俺の視界から遠ざかる。

 俺は無意識のうちに一歩二歩三歩と瞬時に後ろに飛び下がっていた。

 そして再び槍を構える。


 ……引き?危な!って思ったら引き?……


 お結さんの言うとったのはこの事か。

 兵は再度槍を構え、俺との距離を詰め、槍を突いてきた。

 俺は冷静に兵の槍を槍の柄の部分で弾くと男の脇腹に突き刺した。

 一瞬男がひるみ隙が出来た。


 終わりじゃ……


 俺は男の喉元をついた。

 今日二十回か、三十回程体感した肉をえぐる感覚が槍の先から手を伝わり俺の脳に響いてくる。

 俺は冷徹になり刺した男から槍を抜くと、倒れた男など目もくれず又槍を構え、辺りを警戒した。


 放てえええ!!

 パンッパンッパンッ!

 おおおおおおお!!

 周囲から鉄砲と怒号と殺し合いのわめき声が響く。

 その音は更に強まってゆく。

 他の部隊も円明寺川を渡り戦を始めだした。


 今からか……今からが本番かい……




「退けええい!!退けええい!!」


 味方側の侍が大声でそう叫んだ。

 辺りにはいくつもの死体が転がっている。

 その死体達は幾分味方の足軽達の方が多く見えた。

 敵方の兵は殺しても殺しても湧いてくるが如く次々と俺らを殺しに襲い掛かってきていた。

 どうやら戦況は劣勢のようやった。

 戦場におるからそれを肌で感じ取れる。

 俺は多数の敵方を睨み付けながら三歩四歩五歩と後方に下がると一目散に円明寺川を渡っていった。

 周りの味方勢も俺のように一目散に円明寺川を渡っていた。

 川言うてもたかが知れた幅ですぐに渡れるが敵方は深くは追って来なかった。


「はぁ……」


 対峙していた敵方から距離を取れると安堵感と疲労感が同時にどっとやってくる。


 ……ほんまに疲れた……


 兄貴大丈夫やろか……兄貴もここにおるんやろか……

 徳二ともう一人のアホ面も生きとるんやろか。

 周りの味方の顔なんて見れる余裕がなかったから彼らが生きてるんか全く分からん。

 俺らが引いた地からずっと左、東の方では敵方が円明寺川を渡り味方勢に襲いかかっている。

 明智勢は完全に押されとるようやった。

 ただ今、敵が俺ら斎藤利三勢に襲いかかってくる気配はない。

 ひとときだけの休息と考えんとあかん。

 休めるうちに休んどこう。

 俺は首から下げた紐のついた竹の水筒を手にし、中の水をガブガブと喉に流した。


「はぁぁ……」


 ……生き返る。


「おいっ!!」


 唐突に後方から怒鳴り声が聞こえてきた。

 さっと後ろを振り向くと鉄砲を構えた男が俺を睨み付けていた。


「…………」


 こいつは…………


 昨日、陣営で俺と喧嘩騒ぎを起こした大将のおっさんやんけ……

 周りに仲間の足軽兵達がたくさんいる中、男は俺に向け火縄に火の着いた鉄砲を向けて構えとる。


「なんやおっさん……」

「お前生き残っとったんか、死にさらせや!」


 俺はじーっと男の目を見た。

 男の目には殺気が宿っとる。

 ……しゃあない……

 俺も男に向けて殺意の眼差しを抱き、静かに槍を構えた。

 味方とは言え俺に殺意抱くんなら……殺ってやるわ!


「阿呆が……槍で鉄砲に勝てる思うとるんか!」


 今にも引き金を引きそうや。

 その瞬間に俺は……死ぬ……


『小さな川のように力いれんと……水流のように軽く払って……討つ……』


 ふと安土でのお結さんの声が思い出された。

 俺はさっと瞬時に身を低く落とすと男の左側面へ向け、地を這うように素早く前転をした。

 そして受け身を取ると同時に素早く男の左腿(ひだりもも)に槍を突いた。

 グサリと槍が男の(もも)の肉をえぐる。

 それでも男は俺に向け鉄砲を構える。

 更に俺は男の左側面へくるっと前転をし、再び男の太股に槍を刺した。


 パンッ!!!


 鉄砲の鳴り響く音がするが俺には当たらずにいる。

 太股を二ヶ所刺された男は中腰になり苦痛の表情を浮かべる。

 俺は一瞬で男の側に近寄り…………


「……討つ……」


 至近距離で男の左側の首筋に槍を深く突き刺した。

 周囲は何事かと俺らを見ている。

 さっと男の首から槍を抜くと……


「二郎!」


 徳二の声が聞こえた。

 チラッと見ると徳二とアホ面がおった。


「危のうなったら逃げえよ徳二!!アホ面と藪ん中に落ちろ!」


 俺は徳二にそう告げると血の(したた)る槍を持ち、全速力で東側へと駆けていった。

 味方の足軽大将を殺した俺はもう斎藤利三軍の中にはおられへん。

 そう思ったからやった…………

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