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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第二章 山崎の戦い
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34話 山崎へ

 天正十年六月十二日の朝や。

 本能寺を襲ってからちょうど十日が経つ。

 さすがに早朝は冷える。

 俺はゴザも敷かれてない地べたから身を起こした。

 辺りから寝息が聞こえてくる。

 起きてる奴は何人もおるがみんな座ったまま、ぼーっとしとる。


 俺は竹の水筒に詰めとる蓋がわりの布を抜き、ごくごくと水を飲んだ。

 水筒は二つあるからまだ水は足りるんやが、初夏と言う事もあり一日経つと水がぬるくなる。


 ……また井戸で水を汲むべきか……


 ただまたいちゃもん付けられたら鬱陶しいしなぁ……

 とは言え早朝やし大丈夫やろ。


 俺は二つの竹の水筒を手にすると立ち上がり、陣営の隅にある井戸へと向かった。

 そして釣瓶を井戸に落とし水を汲みそれを引き上げる。

 あのおっさん頼むからくんなよ……

 俺はなみなみと水の入った釣瓶から水筒に水を移した。

 おっさんが来る気配はない。

 俺はほっとしながらもうひとつの水筒にも水を入れた。





 昼下がりの頃……

 陣営の外が騒がしかった。

 幕の外でぞろぞろと兵の行進する音が聞こえる。

 すると陣営に侍や足軽大将連中が入ってきた。

 その大将の中には昨日俺と喧嘩したおっさんもおった。


「全員立てえぇ!!立てえぇ!!」


 と、大将の一人が大声で騒いでいる。

 陣内の足軽達は全員立ち上がった。

 しばらくして武装をした侍らしき男が大声を出した。


惟任日向守(これとうひゅうがのかみ)様よりの御伝達を申し上げる!各々方!此度(こたび)お集まり頂き感謝致す!」


 俺はぼーっと侍の話を、明智光秀の伝達の言葉を聞いていた。


「去る六月二日!朝敵織田信長を討つと言う偉業を成し遂げた我らに(あだ)なす敵を今より討つ!織田侍従(じじゅう)信孝!羽柴筑前守(ちくぜんのかみ)秀吉である!!これより一世一代の大戦(おおいくさ)となる事、肝に命じよ!」


 侍は血相を変えとる……


「此度の戦、負ける事許されぬ!!負ける事許されぬぞ!!ええなぁ!!」


 侍が叫ぶと大将のおっさんも声を上げた。


「貴様ら負ける事許さんぞおおお!!ええなぁぁ!!」

「おおおおおおおお!!」


 周りの足軽達が声をあげている。

 俺も一応声をあげた。


「此度の戦で上様に(あだ)なす織田信孝!羽柴秀吉が首を取る!!ええなぁ!!」


 おおおおおおおお!!

 周りが大声を上げている。


「えい!!えい!!おおおお!!」


 侍や大将が掛け声をすると俺ら足軽達も、えいえいおーと声を上げた。


 俺も声を上げながら、ふと思った……


 死と隣り合わせの大戦が始まるんやな……と。






 陣営を出てぞろぞろと行進をし、半刻(1時間)もせんうちに目的地に到達したようやった。

 川のすぐそばで足軽大将がここで留まるようにと伝えてきた。

 川の対岸に軍がおる。

 あれがさっき言うとった織田信孝と羽柴秀吉言う敵方なんやろうか。


 あれと……今から殺し合いをするんか……

 恐ろしい……身震いがする……


 川の向こうには山も見える。


 ……天王山と言う山、目の前を流れる川は円明寺川、そしてこの地は山崎と言う……


 天王山の麓や中腹にちらちらと敵方の旗が見える。

 あちらは俺らが来る前から陣を張っていたようやった。

 あちらの方が準備出来とるように見えるし足軽の数が多いようにも見えるがこちらも相当数の兵が集まりだしとる。


 ほんまの大戦やんけ……

 その上に軍の最前線におるぞ俺は……


 生きて帰れるんやろか。

 目の前に広がる無数の兵達と俺はずっと殺し合いをすんのか?

 無事で済みそうな気配がせん。


 ただ……殺らなしゃあない。

 殺らなこっちが殺される。


 本能寺の時のように逃げ回る訳にはいかん。

 確実に殺していかんとあかんのや。


「各々方座っとけえええ!!今のうちに座って休んどけええ!!」


 足軽大将が大声で俺らにそう告げとる。

 一斉に周りの兵が腰を下ろしていく。

 俺もその場にそっと腰を下ろすと首から下げた紐のついた水筒の水を口に含めた。

 隣には徳二とアホ面もおる。


「二郎、すまんが水わけてくれんか?」


 徳二がそう言う。


「……なんやお前水汲まんかったんか」

「そんな暇あらへんかったし勝手に汲んだら……」

「ふんっ!!」


 あのあほ大将のせいか……


「ええよ、筒よこせや」


 俺は徳二の水筒を受けとると水を半分ほど入れてやった。


「こいつにもあげてくれへんやろか?」


 徳二が隣のアホ面を見てそう言う。


「お前もかアホ面」


 俺はアホ面の水筒も受け取り水を半分入れた。

 俺の二つある内の一つの水筒が空になってもうた。


「……おおきに……」


 アホ面が水筒を受けとると礼を言うとる。


「……お前ら危のうなったら引くんやで、逃げろよ絶対」


 俺は二人にそう言った。

 俺は空になった水筒をその場に置いた。

 ここに置いていくか、邪魔になる。


「明智なんかの為に死んでもしゃあない、なんの恩義もないんやから」


 二人は黙って俺の話を聞いとる。


「戦に勝つんやなくていつ逃げ出すかだけ考えとったらええねん、大将のおっさんがおらん時、隙を見てな」


 俺がそう言い笑うと二人も、はははと笑っとる。

 俺は視線を二人から円明寺川を挟んで対峙する兵達に移した。


 ……逃げる言うても……ごっつい数やな……


 逃げきれるんかこれは……それ程の数や。


 兄貴も山崎に来てるんか?

 どうか死なんと無事に帰ろうや兄貴……


 俺は首から下げた織田信長様の龍涎香(りゅうぜんこう)と久の銅板の入った巾着を手にしてそう祈り、空を見上げた。



 西の空からは薄暗い灰色の雲がやってきていた……

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