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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第二章 山崎の戦い
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33話 井戸水

 天正十年六月十一日、早朝に目が覚めた。

 今回もゴザなどはなく地べたにそのまま眠っていた。

 陣の外に行き、槍の訓練をしたかったんやが誰一人と陣屋の外に出るものはなく兵士二人が内側から出入り口を警備しているんで、とても槍を(たずさ)え一人で外に出られる雰囲気ではなかった。

 朝飯の配布もなくただ俺は温くなった竹の水筒の中の水を飲み、ぼぅーと時間を潰していた。

 徳二もアホ面も特に話し掛けてくる事はなかった。




 昼が過ぎ、ようやく飯が配布された。

 握り飯二つの入った袋を一人に二袋、そしてまた竹の水筒が手渡された。

 要するに握り飯四つを渡されたと言う事や。

 俺は握り飯一つを取りだし、それに喰らいついた。

 味はあまりしないが腹が減ってたのでうまく感じる。

 それよりむしろ新しく配布された水筒の水がごっついうまく感じた。

 水筒の中の水は井戸水かな。

 それやったらもっと水を飲まさせてもらおう。

 俺は古い方の水筒の水を全て捨てると井戸のもとへと向かった。

 井戸には誰もおらん。

 俺は井戸に釣瓶を落とし綱を引いて水を汲み上げた。

 そしてその水を水筒の中に注いでゆく。

 水は補充出来る内に補充しといた方がええやろ。


「おい!お前!何勝手に水汲んどんのや!」


 ……ん?何が?水ごときで……


 唐突にそう声を掛けられ苛立った俺は声のする方を睨み付けた。


「……なんや……水汲んだらあかんのか」


 俺はそう呟いた。

 その男は……おそらく足軽大将のおっさんやろうが見た事もない顔やった


「…………勝手な事すんな!!井戸落としてまうど!!」


 そう言うと男は俺の髪の毛を無造作に掴み込み、井戸の穴の中を覗かせようと力を込めとるようやが……


 ……こいつ……舐めくさりやがって……


 男は俺の髪の毛を掴み俺の真後ろにおる。

 俺は瞬時に体を回転させ、男のこめかみに右肘を食らわせた。

 見事に俺の右肘が男の頭にぶち当たり男が倒れ込む。


「水ぐらいでガタガタ抜かすなぁ!!死ぬか生きるかでここ来てんのじゃあ!!」


 周囲はシーンと静まり返り俺を見詰めとる。

 俺は自分の寝床場に戻ると槍を手に取った。

 俺に吹っ飛ばされた男はこめかみを押さえふらふらと立ち上がっとる。

 俺は槍を持ち男の元に戻った。

 死ぬやろうか俺は……

 陣内で争い事を起こした俺は捕縛され処罰されるんやろうか……


 久……兄貴……おとんおかん……すまん……

 戦で死ぬんやのうて……こんな形で死ぬやもしれん……


 俺はぶるんと槍を回し大将らしき男に向けて槍を構えた。


「かかって来いやおっさん!お前ごとき俺の相手にもならんわ!!」


 意気がり虚勢を張ってそう言った。

 言ってしまった。

 そやけど、やばい状況や……

 とは言え俺は元々斎藤軍のもんちゃうしこのまま全力で逃げたら大丈夫なんちゃうか…………

 男は頭を押さえ俺を見詰めとる。

 男以外の陣内の足軽達も俺を見とる。


 しゃあない……


 俺は槍の先をパンッと地面に叩きつけ腰を低く落として槍を構え直した。


「かかってこんかい!!」


 男に向けそう叫ぶ。

 こうなったらこの男仕留めて全力で逃げ出そう……


「やめえ!!やめえ!!何しとるんや!!」


 陣屋の外から数名の男達がやってきた。


「やめえ!!何しとるんや!!」


 男の一人が槍を構える俺にそう言う。


「……俺が井戸水汲んどったらこいつがイチャモンつけて手ぇ出してきよったんや!」


 俺は男を睨み付けそう言った。


「ほんまか!!何やっとんやお前は!!」


 男が俺に絡んできた男にそう怒鳴っとる。


「勝手に水汲みよるさかい……」


 男はまだこめかみを押さえながらそう答えた。


「今それどころちゃうやろ!!上様が御来城なさられたんや!!持ち場つかんかい!!」

「はっ!!」


 絡んできた男はそう告げるとその場から立ち去ろうとしたが……


「覚えとけお前……」


 俺をギロリと睨み付けそう呟いた。


「いつでもかかってこいや小者が……」


 俺もそう言い返す。

 男は俺を睨み付けた後、陣の外へと去っていった。


「貴様も問題起こすな!!大変な時なんや!!」


 絡んできた男を咎めていた男が俺にそう怒鳴る。


「……申し訳ございません……」


 俺は素直にそう答えると槍を脇に(たずさ)えた。


「戻れ!!」

「はい……」


 俺はさっき水を入れた水筒を手にし、元の場所に戻った。

 徳二がぽかーんとして俺を見ている。


「はぁぁ……」


 俺は腰を下ろすと先ほど入れた水を口に運んだ。


「無茶苦茶……しすぎやろ……」


 徳二が小声で俺にそう言う。


「あっちがな」


 俺はぶっきらぼうにそう答えた、が……

 確かに今のはやばかった。

 下手すると捕縛され殺されてたかもしらんから。




 俺が暴れてる時に明智光秀もこの勝竜寺城に来ていたらしい。

 外では足軽兵達が更に増えてきているようや。

 これは本格的に大きな戦が始まるようや。

 人の多さが半端やないから。

 戦に行くのは嫌やったがこの陣に留まるのも若干嫌やった。

 周りの俺を見る目が若干異質と言うか……

 派手に騒ぎ起こしたから近寄りがたいもんやと思われてるようやった。

 徳二はたまに声を掛けてくるがアホ面は全くなんも言うてこんようになってもうてたし。

 それは別にええが兵が集まっとる割りにはまだ出兵命令は下されん。

 下されんままに日が暮れだした。

 空は薄暗い雲が広がっとって星々は見えへんかった。

 明日辺りに戦があるんやろうか。

 明日はどこへ連れて行かれるんやろうか。

 と言うより敵は誰なんやろう……

 織田方の誰かが敵やとは思うんやけど一足軽兵の俺にはまだ戦況などの情報は全く入ってこんかった。


 俺は横になり、ただ溜め息をつきながら暗い空を見詰めていた…………

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