2話 炎
人を殺したくないのに俺の前に槍を持って構える奴が現れた。
わざわざ寺の端っこに行って戦ってるふりをしていたのに、まだ十五ぐらいやないのかと言う若い子供が目を真っ赤にしながら槍を構えて俺を見つめている。
「……来んな!頼むわ!!」
俺は少年を見つめそう叫んだ。
ほんまに来てほしくなかったからや。
「黙れ逆賊!!」
少年は俺を真っ直ぐに睨み付け整った顔立ちでそう叫んだ。
どうするか……出来うるのであれば相手がガキとは言えど背を向けて逃げ出したかった。
見れば少年は俺ら下っぱの農民のようなショボい衣装ではなく武家の立派な衣装を身にまとい、
俺らのようなボサボサの髪質ではなく、丁寧に油でも塗られたのか綺麗に整えられた頭をしていた。
そこいらの女達よりもよほど美しい容姿であった。
「坊丸!!」
少年と対峙したまま硬直していると寺の境内から別の少年が顔を覗かせた。
一瞬少年が境内の方を見上げた隙を俺は見逃さなかった。
俺は槍を構えるのを止め、死ぬ思いで全力でその場から逃げだした。
「待て!」
あどけない声が聞こえたけれど、兎に角俺は全速力でその場を去った。
ただでさえ人を槍で突くのは嫌なのに、あんな少年突ける訳ないやろ、とにかく走って逃げた。
俺は先程とは別の寺の敷地内の隅っこで、大将のおっさんどもにバレないようにブラブラとしながらも、まるで戦っているかのように演技をしていた。
もちろん対峙する相手等はいない。
遠くの方で死体が何体か転がっていたが、みんな俺らが身に付けている鎧などは無く、着物姿のまま倒れていたのを見ると恐らく相手側の死体なんやろう。
ただ、わざわざ近づいて見たいとも思わんかった。
そやけどさっきのあの少年はどうなったんやろ……
辺りは俺ら明智側の兵が走り回っていた。
叫び声が終始続き、パンパンパンと鉄砲の音が聞こえてくる。
これだけの明智隊がいており、あれだけ敵側の死体が転がっているんならもうあの少年もあかんやろな。
所詮敵方なんやし情けなんて掛けたらあかん。
そう思いながらも俺はなんでか先程少年と槍を構え合ったさっきの場所へと歩んで行ってしまった。
少年は倒れていた。
微動だにしない。
すでに息絶えている。
ふぅっと息をつく。
可哀想とは思うがどうしようもない。
心は痛むが俺は何もしてないんやという気持ちが心の痛みを安らげた。
すまんな……
心の中でそう呟き少年の遺体の元から離れようとした時、大きな寺から火の手が上がった。
めっちゃ熱かった。
大きな寺はあっという間に炎に包まれた。
こんな光景初めて見た。
村の祭なんかよりよほど迫力のある光景やった。
一体何が起きてるのか俺ら下っぱの足軽になんてよう分からん。
そやけど、なんか凄い事が起きてるんちゃうんかと言う気配は感じた、何となくやけど。
眼前では侍や足軽達が大声を上げて駆け回っている。
俺はぼーっと炎に包まれた本能寺を見つめていた。
周りの足軽達数人も俺のようにぼーっと燃える寺を見つめている。
……しばらく燃え上がる本能寺を見つめていたが、さっきの少年の事が又、なんとなく気になり大きな寺が炎に包まれる中、寺の敷地の端で息耐えた少年の元へと向かった……