表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺の足軽  作者: 猫丸
第一章 本能寺
19/166

19話 実家

 村の広い通りに面した俺の実家。

 とは言え周囲は田んぼだらけで隣家もだいぶ離れとる。


「これ」


 俺は実家の前に来て久にそう告げた。


「おっきいね……」


 若干久が不安げに俺の実家を見詰めそう言う。


「大した事あれへんよ、田舎やからや」


 俺はそう言うと家の戸を開けようとしたが……

 ガタッガタッと音がするだけで開かん。

 中から施錠しとるからや。

 ドンドンドン!俺は強めに扉を叩いた。

 するとガタッと音がし、玄関のすぐ横の雨戸が開かれた。


「おかん!俺!」


 窓から覗く母に声を掛ける。


「二郎?!」

「あぁ!帰ってきたわ!」


 俺が微笑みそう言うと、おかんは雨戸を閉めすぐに玄関へ向かった。

 戸の向こうからカタカタと音がする。

 施錠を外しとるんやろ。

 そしてガラッと戸が開くと久より少し背の低い俺の母が姿を現した。


「あんたどないしたん!えらい濡れて……」


 おかんは興奮してそう言うも久をちらりと見やると口を閉じた。


「あ、こいつは(ひさ)言う奴で、京で知りおうてん」


 俺が紹介すると久は頭をぺこりと下げた。


「あらぁ……べったんこやん……お嬢ちゃんはよ入り?あんた何濡らさせとんの!!」


 なぜか叱られる。


「知らんよ急に雨降りだしてきたから」

「まぁええから早よ入り!あんたぁ!!あんたぁ!!二郎帰ってきよったでぇ?!!」


 俺らが玄関に入るとおかんがおとんを呼び出した。

 雨が降り、光も差し込まない暗い家の中におかんの声が響く。

 しばらくしておとん、俺の親父が姿を現した。


「二郎か!」

「あぁ」

「…………どなたさんや?」


 親父が久を見てそう言う。

 久はペコリと親父に頭を下げとる。


「京で知りおうた久言うおなご、色々事情あって連れてきたんや」

「そうかぁ……」


 親父はぽかーんとしとる。

 おかんは手ぬぐい手ぬぐい言うて家の中に入っていった。


「募る話もありよるやろうけど後で聞くわな、お嬢ちゃん京から来たんか?」


 親父がそう尋ねる。


「はい、二郎さんにえらい助けてもろうて」


 久が大袈裟にそう言う。


「何言うとんねん……なんもしとらん……それよりおとん、京であった事知っとるか?」

「あぁ……そう言う話は後や後」


 やがておかんが玄関に戻ってきて俺らに手ぬぐいを手渡した。

 俺らは頭や体を拭く。


「着替えんと、あんた何やその格好!殿様に貰いよったんかいな!」


 おかんがようやく俺の服に言及した。


「いや……ちゃう……」

「まぁええわ、早よ上がりぃ?お嬢ちゃんも上がってね」


 おかんがそう言うと久はまた頭を下げた。

 俺らは玄関から家の中に上がる。

 ちょっと緊張しとるようやけど……久なら大丈夫やろ……




 取り合えず着物を着替えた後、居間へと移動し囲炉裏を取り囲んだ俺らの前に膳が運ばれていた。

 米とお吸い物と大根の漬け物やった。

 俺は勢いよくそれに食らい付いていた。

 久もお吸い物を口に運んどる。

 部屋内には親父とおかんと後ひとり俺の甥っ子の五歳の与介(よすけ)がいる。

 与介はキョトンとした顔をして久を見ていた。


「兄貴は?」


 俺は飯を食いながらおかんにそう尋ねた。


「田んぼ行っとるよ、もうすぐ帰ってくる思うけど」


 おかんがそう答える。


「そうか……京での事知っとんの?俺京に連れてかれたんや、ほんで……」

「知っとるよ、織田の殿様の泊まるお寺行ったんやろ?村のもんみんなもう知っとる」


 おかんがそう言った。


「そうか……俺はまあ無事やったわ」

「何よりや、良かった」


 おかんが安堵の顔を浮かべた。


「ほんで二郎、ちゃんと説明せえ」


 親父が久をちらりと見て口を開いた。


「京で知りおうたんや、たまたま……」


 俺がそう言うも両親は何も言いよらん。


「久は紀伊からやってきたんやと、色々事情あってな」

「紀州の勝浦言う所から都に出てきました」


 久が説明をする。


「……えらい遠くから」


 おかんが口を開いた。

 紀州のお偉いさんの元に嫁いどったと言おうか思ったが、彼女の気持ちを考慮し俺は黙った。


「たまたま知りおうてな、器量もええ娘やから俺が無理に連れてきたんや」

「紀州では何してはったん?」


 おかんが久にそう尋ねる。


「十五までは家の手伝いやらを、うちの家は漁やっとって魚の干物とか作っとりました。ただ十五からは……」

「…………」


 親父もおかんも黙って聞いている。

 言うんか?俺も久をじっと見詰めた。

「…………」

 久は何も言わず黙る。


「……まぁええやんか、な?」


 俺はおかんを見てそう告げた。

「…………」

 おとんもおかんも何も言いよらへん。


「……じいちゃんとばあちゃんは?」


 俺はおかんに聞いた。


「おるよ、もう伝えとるよあんた帰ってきた事もこの子の事も」


 そう言うも顔を出さんな。


「それより部屋どうしよ……あんたの部屋で過ごす?」


 どうするか、と言うのはこの家で俺と久がどこでどう過ごすのかと言う事や。

 俺の部屋は家の裏にある小屋である。

 元々は曾祖爺(ひいじい)さんと曾祖婆(ひいばあ)さんが住んどった小屋、言わば隠居部屋である。


 曾祖爺さんと曾祖婆さんが亡くなった後は空き部屋やったけど兄貴が嫁さんもらってこの家に連れてきてからは俺がそこで住むように親に言われとった。

 小屋言うても鴨川で久と過ごした物置小屋みたいな質素なものではなくもっと大きく広い、充分に生活出来るものである。


「そやな」


 俺がそう答えると、


「お前早よ家出え、いくつや思うとる」


 親父がそう言う。


「……そやな……」


 と、ドンドンドンと玄関の戸を叩く音がした。

 おかんは玄関の横の雨戸を開け外を確認すると玄関へと向かっていった。

 戸を開けるとおかんとそして兄貴の声が聞こえてきた。

 帰ってきたようや。

 すると甥の与介が居間を駆けて出ていった。

 でも玄関には行かずに奥へと向かってゆく。

 どうやら兄貴の嫁さんのお(えん)さんを呼びに行ったんやろう。


「帰ってたか!」


 兄貴が部屋に入るなり俺にそう言った。

 兄貴の服は濡れていて手ぬぐいで顔を拭きながら囲炉裏の側にどかっと腰を下ろした。


「あぁ、あの……久や、京で知りおうてん」


 俺は兄貴にも久を紹介した。


「久と申します」


 久がペコリと頭を下げる。


「こいつの兄の与一郎(よいちろう)言うねん、ゆっくりしてくれ」


 兄貴が久にそう告げた。


「はい」


 久がそう返事をすると……


「お帰りなさい」


 兄貴の嫁のお円さんが二歳の姪の沙弥(さや)の手を引いてやってきた。

 後ろから与介も続く。

 そしてお円さんは兄貴の後ろにそっと腰を降ろし正座をした。

 沙弥はお円さんに(もた)れ掛かりちょこんと座っている。


「二郎さんもようご無事で」


 彼女が俺にそう告げる。


「あ、これ久言う娘で、京から連れてきてん」


 俺はまた久を紹介した。

 久です、円です、とお互いに名を告げている。


「……それよりお前、昨日また侍ども村長んとこに来とったようなんや」


 兄貴がそう言う。


 ……さっそくかいな……また……やはり……


「…………又って事か」


 俺はそう呟いた。


「えらい事あったんやろ?お前その事起こしに連れてかれたんやろ?京に」


 兄貴がそう聞く。


「そうや、織田信長の寺襲いに行かされた」

「今その事でえらい何度も何度も侍来とるらしいんや。こんなん初めてやぞ。その内村長の使いくる思うけど俺すら兵に呼ばれるかも分からん」

「…………」


 みんな黙り込む。


「覚悟はせんとあかんぞ、久やったか?あんたも来たばっかで悪いが二郎の事覚悟は持っとってくれ」


 俺が死ぬかもしれん言う覚悟は持てと言う事や。

 ほんまに来たばかりや言うのに……


 俺は兄貴に口を開いた。


「分かっとるって、亀山帰るまでに兵隊の行列見たからな。そんなん言わんでも久も分かっとるよ」

「そうか、すまんな久さん」


 兄貴が久にそう告げる。

 久はいえ、と顔を下げた……



「はぁぁぁ……疲れた」


 今は家の裏の俺の小屋内にいた。

 小屋言うても五畳か六畳ほどはある。

 部屋内は雨が降っている為、窓を少しだけ開けているだけやから薄暗い。

 部屋の中心には部屋すべてを包む程の大きな蚊帳(かや)があり俺らはその中にいる。


 先程顔を見せんかった祖父母の部屋にも訪れ久を紹介しておいた。

 祖父母は二郎の嫁か嫁かと喜んでくれていた。



「ふうぅぅぅ……」


 俺は部屋の隅に畳まれて置かれた布団に(もた)れかけて足を伸ばしていた。

 一応おかんが久の分の布団も用意する言うてこの小屋に運んでくれていた。

 久は部屋でちょこんと座っとる。


「そんな遠慮せんでええよ」


 俺は久にそう言った。


「……遠慮はしてへん」


 とは言えやや小さくなってるように見える。


「……なんもない小屋やけど好きに使ってくれ」

「ふふ、ほんまに何もないやん」


 久が冗談ぽくそう言う。

 まぁなと俺が答えると久が俺の隣に来て俺のように畳まれた布団にもたれ掛かる。


「おっきい家やね、勝浦のうちの家もっと小さいわ」

「そうなんか……帰りたい?勝浦に」

「…………もうええ」

「でも会いたいやろ?親にも」

「…………もうええ」


 久はそう呟く。


「そやけど……会いたいやろ」

「ええの、もう」

「ふっ……俺は会いたい、久の親に」


 俺がそう言うも久は黙ったままや。

 喧嘩別れでもしたんやろか。


「いつか連れてってくれよ勝浦」

「……あんたが戦無事に帰ってくるんやったらな」


 戦か……もし呼ばれるんやったら又、朝早ように槍の訓練せなあかんのか。


「どう?この家の暮らしは何とかなりそうか?親父ともおかんとも兄貴とも」

「たぶん……そやけど子供ら可愛いね」

「うるさいだけや」


 俺がそう言うと久はふふふと笑った。


 ……子も産めん……か。


「変な事言うなよ?心配せんでもええからな」


 俺がそう言うも久は黙る。


「大丈夫や、俺がずっと付いとるからな?」


 俺は久を抱き寄せて、そっと口付けをした。


「布団敷こか、この家の初夜しようや」


 俺が冗談ぽくそう言うと久は阿呆と呟いて笑いながらも布団を敷いていった。


 まだ晩飯前やけども俺らはこの家での初夜を始めた…………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ