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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第一章 本能寺
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18話 雨の中の帰郷

 一刻ほど待ったが雨は止まんかった。ただ当初に比べれば若干小降りになっていた。


 このまま待つべきか故郷へ向かうべきか。

 西の空はまだまだ薄暗かった。

 初夏で日の入りが遅い言うても暗くなる前には帰りたかった。


「しゃーない、もう行くか」


 俺はそう告げ、立ち上がった。


「もう行くん?」


 久が俺を見上げそう尋ねる。


「ずっと待っとる訳にもいかんやろ、お前頭に手ぬぐいでも巻いてたらええやん」

「なんでよ」


 そう言い久が立ち上がる。


「頭濡れへんやん」

「そんなん巻いても巻かんでも一緒や、それよりあんたの首にぶら下げとる龍涎香(りゅうぜんこう)の袋にこれ巻き付けとき?包み込むようにギュッとな、うちがやろか?」


 久が手ぬぐいを俺に見せてそう言った。


「龍涎香……か、雨濡れたらヤバイもんなん?」

「そこまではうちもよう知らん、けど大事にした方がええんとちゃうん?」

「……そう言われればそやな……ほな頼むわ」


 俺は首から紐でぶらさげていた小袋を衣類から取り出すと久に手渡した。


 久は器用に手ぬぐいでその小袋を包み込みキツく結びだす。


「……お前ってえらい器用やんなぁ、さっき髪()うのも素早くて器用やったし昨日火ぃ着けよるんも器用やったし、この袋を手ぬぐいで包むんも手早くてごっつい器用やん」

「……普通やんかそんなん」


 小袋を手ぬぐいで覆い十分にキツく結び終えると彼女はそう言った。


「……だいぶ器用やで、さすが元お姫様」

「からかわんとって」


 久は少しムッとする。

 俺は小さく笑った。

 笑いながら手ぬぐいに保護された小袋を服の内に仕舞う。


「堪忍堪忍、冗談や、ほな行くか」

「うん」


 俺らは後わずかの故郷保津村へと雨の中、歩を進めた。

 道はぬかるんでいて誰一人として見掛ける者はいなかった。




 雨が小降りなのより雷が鳴らんのが有り難かった。

 雷が鳴っとったら多分俺らはあの桑やなくて遠くの森か林の中で避難しとったやろう。


 ほんまの恵みの雨……やったらええのに。


 観音様のご加護か祇園社のご加護か……織田信長様のご加護か……

 この服の持ち主やったあの少年のご加護か、どなたかのご加護で俺らを見守ってくれはったらええのに……俺はそう思った。


 久は並ばずに俺の後ろを歩いとる。

 言葉はなんも発せんかった。


 ……遠くにって程ではないが故郷の保津村の姿が確認出来た。

 たったの二日前の真夜中に発った故郷やけど、こないに早よ帰ってくる予定ではなかったんで安堵はする。

 当初は十何日もかけて備州まで赴かなあかんかったんやから。

 それが予定変更になりすぐ側の京の都へ赴くとは……


 そやけどさすがに親も兄貴も村のもんも京での事知っとるやろ……

 織田信長様が死んだ事を。

 多分……



 もう保津村は目の前やった。

 雨は少しだけ強まる。

 笠もない俺はずぶ濡れやった。

 後ろから付いてくる久もびしょびしょ。


「保津村あれやからな?すぐ着くから、あともうちょい」


 俺が後ろを振り返り久にそう言うも久はなんも言いよらん。


「隣に()んかいな、そんな(かしこ)まらんと」

「…………」


 彼女は(うつむ)いている。


「大丈夫やで?そんな心配する事あらへんから」

「…………」


 なんか様子おかしいな。


「どないしたん?」


 俺は立ち止まり久の元に歩み寄った。


「うち……」


 ずぶ濡れの彼女はうつむく。

 俺は黙ったままに彼女の答えを待った。


「……どうしよ……」

「ええ?どないした」


 俺は思わずそう言った。


「……子も産めへんうちが……お邪魔してええんかなって、あんたの家柄が……傷付くやん……」

「…………」


 ムカムカムカ……


「あほお!何言うとるんじゃ!」

「…………」

「何言うとるんやお前!しょうもない事心配すんな!」

「…………」

「そんなん気にしぃな……俺が連れてきたんや、全部俺のせいや!嫌やったらこれ!龍涎香(りゅうぜんこう)!京で売ってどっかに家建てて二人で住んだらええんや!」


 少し苛立ち感情的になってしまった。

 ……子を産めん言う事を責められて屋敷から追い出されかけた彼女の心の傷跡がまだ癒えてへん言うのは分かる。

 それに……見ず知らずの土地に来てそこで生活せえなんて言われたら誰かて不安になるわな。


 それは十分に分かっとる……そやけど……


「まず、とりあえずうち行こ、俺はこの年でまだ嫁はんおらんで親と一緒やからな、しばらく俺の親と一緒に過ごさなあかんやろけどすぐに……何とかして家建てるから、初めだけ辛抱してくれんか」

「……ええよ、それは、その事は構わへん」

「ほな、進もう?」


 俺は久の背をそっと押して歩みを促した。


「こないに濡れて風邪引かんうちに家で体拭かなな?」


 俺は濡れた彼女の体を見てそう言った。


「そやけど……あんたすぐ戦呼ばれるんやろ?」


 隣のびしょ濡れの久がもの悲しげな表情を浮かべ俺を見詰める。


「……多分の話やん、まだ絶対やない」

「……逃げへん?」


 ……逃げる?


「……ええ?」


 俺は驚き声をあげた。


「戦ない土地に」


 久は雨に打たれながら真剣な目でじっと俺を見詰め、そう言った。


 ……そんなもん……


「どこにあんねん、そんなもん、どこにもないわ」

「…………」


 久は何も言わん。

 彼女の気持ちは分かる。

 もう戦のない土地に行きたいと言う気持ち。

 足軽に何度も呼ばれた俺やからこそよう分かる。

 分かるけど……


「……そんな土地、今のこの日本のどこ探してもないやろ……」

「はぁぁ……」


 彼女は溜め息を吐く。


「大丈夫や、そのうち終わるわ。早よ家帰ってあったかい飯でも食わせてもらお」


 俺はそっと久の背に手を当てた。

 彼女はトボトボと歩く。


 もうすでに保津村へと入っているが雨のせいで村人は誰もおらん。

 もう、すぐ側は俺の実家や。

 もう見えとる。


 俺は実家まで久の背に手を当てながら歩いていった……

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