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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第一章 本能寺
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15話 久の旦那

 明智の軍隊が通り過ぎた後、しばらく様子を見てから俺らは元の道へと戻った。


 遥か後方を見ると軍隊の最後尾が小さく見える。

 俺はそれをじーっと見詰めた。


「戦ばっかして阿呆みたいやね」


 久も最後尾を見詰めそう呟く。


「しゃあない。全員が全員ちゃうけど無理に連れ出されとる奴もたくさんおるからな」

「あんたのお兄さんは?」


 久が視線を俺へと向ける。


「兄貴は長男やから免除されとる。そのかわりしっかり働いて年貢払わんとあかんねん」

「ふーん」

「絶対では無いけどな……いつか兵に呼ばれる可能性はありよるかもしれへん……ただ俺の場合は次男やから……」


 久は黙っている。


「……呼ばれるやろな」


 軍隊の最後尾を見詰めそう呟いた後、わざと久を見ずに西の亀山方面を向いた。


「……はぁ……」


 久が小さく溜め息を吐いたのが聞こえた。


「ほんなら行くで?お前の事……もっと聞きたい事あんねん」


 そう言い先を進む。


「えぇ?もう……ええやん」


 彼女が渋る。


「気になる事多々あるやんか」

「言いたないもん」


 冗談なのか本気なのか久は軽くそう答える。


「そやけど……これからずっと一緒に生活するんやからもっと……」


 照れながら俺がそう言うと久が俺をじっと見る。


「ほんまに?!ずっと?!」


 少し嬉しそうな態度を見せた。


「そのつもりではあるけども、二日前知り合ったばっかやし、もっと知らんと……」

「あんた、顔も可愛いけど心も純情やねんね」


 ふふふと笑いながら久が俺をからかう。


「うるさいわ阿呆……」


 俺は視線を前方の山から地面へと移した。


「何聞きたいん?」


 久はチラリチラリと俺を伺いながらそう尋ねてきた。


「その……旦那から逃げたとか、あと……」


 俺はまだひとつ気になる事があった。


「昨日見せた銅とか言う石、あれほんまに銅なん?」


 俺は正直にそう尋ねた。

 久は視線を落とす。


「……何があったん?気になんねん」


 視線を落とす久をじっと見詰めそう尋ねる。


「……うち、十四ん時に平井の御屋敷に(くじら)(イルカ)のお肉届けててん」


 久がぽつりとそう言った。


「平井?」

「紀州のお偉い方の住んではった所」


 ああ、と俺は相槌を打つが何か妙な胸騒ぎを覚える。


「そんでな、何度か訪れとったらな、そこのお偉い方に会うように言われてな」


 何か飛んでもない事を言いそうな予感がし、俺は(うつむ)く久の顔を凝視した。


「…………」

 久が黙り出す。


「……ほ、ほんで……どないしたん?」


 たまらず俺はそう聞いた。


「……嫁いだ」

「その、偉い人に?」


 驚き尋ねると彼女は黙ったまま頷いた。


「だ、誰?殿様か?」

「鈴木の孫一様ってお方」


 鈴木の孫一?誰やそれ、そやけど……


「知らん……けど、え?殿様の嫁やったって事?!姫君?!」

「今は宿無しの普通の娘や」


 微笑みながら久が言う。


「そやけど……」

「他にも何人も嫁さんおったし、うちなんてその内の一人やから大した事あらへん。側室の一人や」

「そやけど……」


 俺はまだ驚いていた。まさか久が姫やったとは……

 ぽかーんとする俺を見て久が笑う。


雑賀(さいか)衆の重秀様って知らん?その人やねん」


 ……知らん、聞いた事もあらへん。


 俺が無言のまま首を振ると久はクスクスと笑っていた。

 そして彼女は胸元を緩め首から掛けている布の小袋を取り出した。

 またチラリと白い乳房が見え胸が高鳴る。


「ほんでこれ……」


 久が小袋の中から長細い銀の石を取り出した。

「…………」

 少し久の乳房を見た後に俺はその石を凝視した。


「これな?銀……」


 え?嘘やろ……


「て、言いたい所やけどほんまに銅やねん。川で洗ろたらよかったかな?」


 そう言うと久は辺りを見渡した。

 恐らく川でも探しとるんやろう。そして磨くんやろう。

 何となく予想は付く。

 しばらく歩くと小川があった。田んぼに引く人工的な用水路かもしれへんけど。


 久は銀色の石一枚を俺に手渡し、それを水で磨けと言う。

 俺は石を小川に浸しゴシゴシと懸命に手で擦りだした。

 銀色だったものはただの汚れだったのか、石は徐々に黄金色(こがねいろ)へと変色してゆく。


「ほんまや、銀ちゃうんや」


 俺は石を磨きながらそう言った。


「疑ってたん?うちの事……」


 若干低い声で真剣に久が言うので俺は思わず久に目を向けた。


「い、いや、気になっとってん、すまん……」

「ええよ」


 彼女は特になんも言わんかった。

 再びすまんと謝り俺は石を洗うのをやめ彼女にそれを手渡そうとした。


「あんたが持っといて、あの臭い龍涎香(りゅうぜんこう)と一緒にしまっといて、お守りとして」

「……分かった。おおきに」


 俺は礼を言うと龍涎香(りゅうぜんこう)の入った小袋に収めた。

 そして再び亀山に向けて歩を進めた。




「ちょっと休むか」


 京を出て一刻と半(約3時間)は過ぎたやろうか。

 辺りは田んぼが広がり道の脇にはお地蔵さんが五つ立ち並んでいて、そばには小川が流れていた。


 俺と久はお地蔵さんに手を合わせお祈りした後、履き物を脱ぎ腰を降ろし、小川に足を浸して休憩を取る事にした。

 俺は龍涎香(りゅうぜんこう)をいれた袋とは又別の小袋から魚の干物二枚を取りだし、一枚を久に渡した。

 おかんが作ったアユの開きの干物である。


「おいしい」


 干物にかじり付く久がそう言った。


 足を浸した小川にはメダカが泳いでいて俺らの足に寄り付いている。

 小さなおたまじゃくしも数匹いるが川の底でじっとしていた。


「あんな……また聞いてええか?」


 俺は干物を口にし、じっとするおたまじゃくしを見詰めながら口を開いた。


「あっ、ヤゴおるで?たくさんおるやん」


 彼女は分かっていてわざと話題を逸らそうとしとる。


 あんまり聞かれたくないからやろう……そやけど……


「なんで姫やめて逃げたん?教えてくれ」


 小川を見詰める彼女の横顔を真剣に見て俺はそう聞いた。

 しばらく久は黙り込んでいたが諦めがついたのか、それについて静かに語りだした。


「毎日毎日が嫌やったから……逃げたかった……死んでまおうかとも思った……」


 俺は無言のまま彼女の言葉を聞いた。


「うちだけ子が出来ひんかったから……」


 はぁと溜め息をつき、更に久が口を開く。


「他の人ら子を授かるのにうちだけは全然出来ひんねん。ほんで周りからも……出来損ないとか言われて……」


 俺は視線を小川に向けた。

 先程よりメダカが集まっているように見える。


「ほんでどうした」


 俺は足元に集まるメダカを見詰めそう尋ねた。


「逃げた……逃げ出した……なんでか言うたらな?役に立たんなら村に帰す言われたから!周りからやで?!」


 久はじっと俺を見詰めながら強い口調でそう言った。

 若干涙声にもなっている。


「……帰らんかったんか」

「帰らへんわ!!どんな顔して帰るんよ!!」


 彼女はかなり興奮している。

 俺はただ「うーん」と唸るだけである。


「子も産めん女や言われて!邪険に扱われて!!役立たず言われて!!どうやって帰るんよ!!」


 その後、久は声をあげて泣き出してしまった。



 子も産めん……か。

 ふぅと息を吐き複雑な心境のまま俺はメダカではなく、じっとしているおたまじゃくしを見詰めながら干物を口に運んだ。


 今はなんの味もせえへんかった……

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