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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第八章 京
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148話 焼き団子

 俺とお香はやや強めの雨の中、傘を差して京の街を歩いていった。

 道は少しぬかるみ、俺の草鞋(わらじ)もお香の草鞋も泥がかなり付着している。

 こんな雨の中で小栗栖まで行かなあかんのか。そう思うと若干億劫な気持ちは広がったが、それは仕方がない事である。

 久々に音羽に会えるんやし玄蔵が無事に帰れたんかも気掛かりやったし、飯田の槍も返さなあかんから。

 そして何よりお香の首に縫われた糸を取ってもらわんとあかんかったから。


「よく降るね」


 お香は傘を差しながら京の街並みを見詰めてそう呟いた。




 俺らは街にあるいくつかの店で衣類四着と草鞋六枚とそれを入れる麻の袋を買っていった。

 まだ備えをするには早いかもしらんが武蔵の国まで行くんやから衣類と草鞋だけは絶対必要や。備えあれば(うれ)い無しや。

 あとは飯、これは備えとちゃう。お香がお世話になった御寺の飯だけではちょっと足りん。

 亀山の実家でもさすがにもっと食っとった。


「飯買うとこうか、お香どっか知っとる?」


 雨の中、俺は隣のお香にそう尋ねた。さっき買った衣類や草鞋の入った袋はお香が持っとる。


「祇園社の通りのお餅屋さんだったら知ってる」

「餅かぁ、干物屋とかは?」

「私は尼だったからね、魚なんて食べなかったんだ。だから知らない」

「ほんなら賑やかな所行くか、と言うて人通り少ないのう」

「雨だからだろうね」


 賑やかな京の街の人通りは極端に少なかった。俺らは雨の中を祇園社の方へ向けて歩いていった。そしてしばらく歩くと、


「あっ、あれ干物売ってへん?」


 店先に魚の干物らしきものが並べられたり天井から吊るされたりしとる。


「本当だね、行こうか」


 俺らはその店へと向かっていった。店内には(かご)に魚の干物がたくさん乗せられていたが天井から吊るされた干物は魚には見えんかった。


「いらっしゃい!」


 店の男が大きな声をあげて歩み寄ってきた。


「干物を……」


 どないしようかな、金はあるからなるべく贅沢な魚を選ぼうかな。


「一番ええ魚ってどれなん?」

「鯉どすわ、鯉が一番ええよ。鯉の上り言うて縁起よろしいんやわ」


 鯉かぁ……鯉は故郷の保津川で何度も捕まえて散々食ってきたからなぁ。


「他は?」

「そうやなぁ、後はうちはフナとかアユとかヤマメとか、後はウナギが置いとります」


 ウナギは食った事ないな。


「ほんならウナギの干物八枚貰いますわ、ありますか?」

「八枚……は無いなぁ、あと四つしかないわ。お兄さんお侍さんでっか?」

「い、いや」

「これどうどっしゃろ、タヌキの干し肉やねん」


 そう言い男が天井から吊るされた干物を指差した。


「タヌキ?」

「どうどすか?まけまっせ?」


 俺はタヌキの干物を見詰めた。干物は干物やけど毛がちょっと残ってんぞ……


「どうする?お香」


 俺は苦笑いを浮かべた。


「良いんじゃないの?」


 お香も微笑んだ。


「そんなら買いますわ」

「まいどおおきに!」


 男はそう言うと篭からウナギの干物四枚と天井に吊るされたタヌキの干物を取り外すと器用にそれら全てを紐でくくり付けて固定をし、俺に手渡してきた。


「ほんならまけますんで十五文(約1500円)いただきます」


 俺はお香に干物を手渡すと背負った金貨の箱を地面に置き十五文を取り出すと男に手渡した。


「まいどおおきに!!」


 大声でそう言うと男は俺らに頭を下げてきた。俺は箱を背負うとお香と共にその場を去っていった。


「お香、餅で思い出したんやけど……又お結さんの団子屋行ってええ?」


 俺は四条大橋を渡りながら強い雨の中で隣のお香にそう言った。


「お結さん?なんで?」

「ずっとお世話になりっぱなしやしな、槍の特訓して貰ったりこの前も団子ただで貰ったり、今は銭あるしちゃんと恩返ししたいんや」

「……良いよ、分かった。だけんども又接吻しちゃあダメだよ?」

「わ、分かっとる」




 昼時、祇園社へと続く大通りには雨の為かどこも屋台は出ていなかった。

 ただ通りの店は開いていて色々な物が店頭に並べられていたが俺はそれらには目もくれずにお結さんがいた団子屋へと向かっていった。

 店は開いとって中の様子がうかがえる。店の入り口に棚が置かれとってその上に大きな皿が置かれ串に刺された焼き団子が十本ぐらい置かれとった。


「いらっしゃいませ」


 俺らが店に入り傘をたたむと中年の女が俺らに声を掛けてきた。そして店の奥では正座をしながら火鉢で団子を(あぶ)っとる女がおる。

 お結さんや。


「お結さん」

「え?あっ!二郎やん!」


 そう言うとお結さんは立ち上がり俺らの元へとやって来た。


「どないしたん?大層雨降っとって大変やったやろ?」

「銭を手に入れたんで今度はちゃんと団子買いに来てん。お結さんにお世話になりっぱなしやし」

「そんなん気にせんでもええよ?」

「いや、そう言う訳には……あとほんまに腹減っててな、団子四本いただきたいんやわ」

「お結のお知り合いどすか?そうどしたら店の奥でおくつろぎ下さいませ」


 中年の女が俺にそう言った。


「いや、この後用事が御座いまして、すぐに京を発たなければなりませんので」

「何の用事?」


 お結さんが串に刺された焼き団子を四つ手にして俺とお香にそれぞれ二本ずつ差しだしながらそう言った。


「小栗栖って知っとる?そこに行くねん。もう昼やろ、あんまりのんびりしとったら日が暮れてまう」

「遠いん?そこ」

「同じ山城の国やけどな、そやけど早く行くに越した事はないやろ」

「こんな雨ん中?何の用事で?」

「これ借り物やねん、それにそこで少しお世話になったり大分ご迷惑も掛けてもうたし、顔も出したい」


 俺はそう言い肩に担いでいた飯田の槍を店の壁に立て掛けて背中に背負う箱を下ろした。


「御立派な槍やねえ」


 お結さんが飯田の槍を見詰めそう言う。俺はしゃがみ込み箱の蓋を開けた。


「団子代なんぼ?」


 俺がそう言うもお結さんは槍を見詰めとる。そして、


「ごっつい柄が太いね、めっちゃ重たいんちゃう?持ってええ?」


 飯田の槍を触りながら俺にそう言った。


「あぁ、ええよ」


 俺がそう言うとお結さんは槍を持ち上げた。


「おも……ごっつ重いね」


 そうは言うものの一応持ち上げとる。重たい言うてもたかが四貫(約15㎏)程度やからおなごでも持てるか。


「そんで団子代はなんぼなん?」


 俺はしゃがんだまま槍を持つお結さんにそう尋ねた。彼女は俺を真似て右肩に槍を担いどる。


「ふふ、何しとんの」「ふふふふ」


 俺とお香はその様子を見て笑ってしもうた。


「重いね、うちには扱えんわ、ふふふ」


 彼女は微笑むと肩から槍を下ろし壁に立て掛けた。


「ほんなら三文(300円)いただくわ」


 俺は箱から三文を取り出しお結さんに手渡した。そして箱の蓋を閉め再び背中に背負った。


「ほんで、なんかおなごさん探しとったんやろ?見つかったん?」

「あぁ会えた。南蛮寺って言う南蛮人だらけの御寺の女中やっとった」

「南蛮寺……あんた安土で丹波に待ってる女がおる言うてたやん、その人なん?」

「そうや、亀山が田舎で退屈や言うて逃げられたんや、ふふふ」

「そんでこの尼さん捕まえたんか?」


 お結さんがにやけてそう言った。


「そう言う訳ちゃうけどな、そやけど俺この後お香の故郷の武蔵の国にも行くんやで」

「武蔵……聞いた事あるけどごっつい遠いんちゃうの?」

「急いでも半月ぐらいか、もっとかかるそうやな。そやけどお香の望んだ事やから行ったるわ。俺が嫁になってくれって言うたんやし御両親に御会いせんとな」

「そうなん」


 お結さんはそう言うと微笑んだ。


「さぁ、ほんならそろそろ行くわ。戦で死にかけたけどお結さんの御教えで助かりました。どうもありがとうございました」


 俺はそう言いお結さんに頭を下げた。隣のお香も頭を下げる。


「やめてぇな、うちそんなん言われたら涙出てくるわ」


 そう言うとお結さんがうっすらと涙ぐんでしもうた。


「ほんならそろそろ失礼します」


 俺は壁に立て掛けた飯田の槍を手にすると右肩に担いだ。左手には串団子を二本持っている。

 傘を持たれへん……


「ちょ、ちょっとすまんけどこの場で団子食ってええかな、傘持たれへんねん」


 俺は苦笑いを浮かべてお結さんにそう言うとお香もお結さんも店のおばさんもあははと笑っていた。


 お結さんは笑いながらも手で瞳の涙をぬぐっていた……

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