145話 四条河原町
南蛮寺を出た後に俺とお香は四条河原町の方へと歩いていった。
そして申一ツ(15時)にもまだ差し掛からん内に河原町へとたどり着いた。
秀吉様からいただいた金貨を河原町付近の質屋で普通の銭に両替する為やった。
「そんでお香、まだ孕ますな言うんは……武蔵の河越に行くからやろ?」
「うん」
「そやけど……まだ丸坊主のままでいる言うんはなんでなん?」
「その方が御寺に泊めてもらいやすいからだべ」
「ふっ!」
俺は吹き出した。そんな理由かいな。
「野宿するより遥かに良いでしょ?」
お香が微笑みそう言う。確かにそうやな。
「ほんならまだ仏門は抜けんって事?」
「抜けるよ?抜けるけんど坊主頭のままでいる」
「ははは、仏門抜けたのに丸坊主のままであちこちの御寺に泊まるって事か?お前、それは……ふふふふふ」
「そうだよ、野宿するくらいならそうした方が良いべ」
「ふふふ、あざといな」
「賢いって言いなよ。生きていく為の手段だべさ」
「ふふふ」
俺は河原町の質屋の場所を知っていた。前に龍涎香を見てもらった事があるからや。
そこへ行くまでの道中の事……
「この道は前は通らんかったけど……又色街ちゃうんか……」
十軒以上の店が並び遊女が玄関口に座っとる。
「入ったら駄目だよ。え?あれ……おなごでねえよ?」
お香が店の玄関口に座る遊女を見てそう言った。俺も遊女を見詰めると……
「お兄さん!」
遊女が店を飛び出し俺の元へと駆け寄ってきた。
なんやこいつ……女装したガキやんけ……
十代半ばぐらいの化粧をしておなごの着物を着たガキが俺の腕を掴んできた。
「遊ばへん?お姉さんも遊ばへん?」
俺とお香にそう言うとる。
「…………え?お前男ちゃうん?」
「そうや?遊んで行きいや、お姉さんもご一緒に」
な、なんやこいつ……とんでもない通りに来てもうたな。
すると別の店からも四人程の女装をした十代前半から半ば程の少年どもがやって来た。
「遊んでってぇな」
「遊ぼうや」
「お兄さんお姉さんと三人で遊ぼう?」
「お侍さんなん?えろう勇ましそう。うち惚れてまう」
俺は唖然とした。これはあかん……
「す、すまん、ちょっと用事あって、たまたまこの通り歩いてただけやねん」
「遊んでってぇな」
少年が俺の腕を引っ張る。それどころか、
「お姉さんも遊ぼう?」
一人の少年がお香の腕すらも掴んでいた。
「二郎、行くよ?離しなせえおめえさんよぉ……」
「そんな事言わんと」
女装をした少年がそう言いお香の腕に絡みついとる。
お香……怒って物騒な事せんやろうな……
「あ、すまん。ほんまにちょっと用事あってな。ただこの通りの事知らんと歩いとっただけやねん。今回は堪忍して?すまんな」
俺は少年らにそう言うと強引に彼らを振り切り先へと進んだ。お香も少年の腕を振り払い先を進む。
「はぁ……恐ろしいのう京の都は……」
俺は息を吐きそう呟いた。
「卑猥だね、馬鹿馬鹿しい」
お香は少しムスッとしていた……
「大体これぐらいどすなぁ、そやさかいちょっとうちで扱えるんは一枚が限界どすわ」
今は質屋にいた。金貨三枚ぐらいを普通の銭に換えようとしたんやけど一枚の価格が高額過ぎて一枚だけしか両替出来んらしい。
しかも一枚だけ両替した銭の量も滅茶苦茶多かった。その数は凡そ四千文。
「分かりました。ありがとうございます」
「こんな数の銭、ごっつい重いで兄ちゃん、持って運べるか?」
質屋のおっさんがそう言う。
「構いません、箱ん中ほうり込んでください」
俺がそう言うとおっさんが金貨の箱の中に四千文の銭を入れていった。
そして銭を入れ終えると、
「帯あげるわ、銭いらんで?これでその木箱背負って絞めたらええわ」
「あ、あぁ、すんません、おおきに」
俺は帯を受け取り木箱を風呂敷に包み手にした。確かに……めっちゃ重たい。飯田の槍ぐらい重たく感じる。
「ありがとうございました」
俺は質屋のおっさんに礼を言うと質屋を出ていった。お香も後に続く。
「二郎、私が持つよその箱」
「重いで?ふふ」
俺はお香に風呂敷に包まれた木箱を手渡した。
「だ、だ、大丈夫だべさ、こんなの……」
「箱自体が重たいからな」
俺はそう言い歩きだした。次はお香がお世話になっとった御寺に行かんとな。
「お前がお世話……」
そう言い後ろを振り返ると両手で箱を持ち、ふらふらしながらお香が歩いとった。今にも箱を落としそうや。
「お香ええよ、俺が持つわ。背負って歩くからさっき貰った帯で背中に巻き付けて固定してくれへん?」
「うん……」
俺はお香から木箱を受け取った。確かに重い。いくら大柄で力の強いお香やと言うても女が持つにはちょっと辛いかもしれん。
俺はお香から木箱を受けとると前屈みになりそれを背負った。お香が帯でそれを俺の身体と木箱にぐるぐると巻き付けて固定をしだす。
「よし、ほんなら行くか」
帯で木箱が俺の背中に固定されるとそう言った。
「そうだね、だけどお前さん大丈夫なの?そんなに重たい槍担いで重たい箱背負って」
「大した事あらへん。お前を背負って歩いた時よりはな。お前めっちゃ重たかったから、ふふふ」
「うるさいよ」
お香も微笑む。
「そんでお前がお世話になったって言う御寺はどこにあんの?」
「五条の通り」
「近いん?」
「近いよ。だけんどもさ……仏様にお仕えするの辞めるって言うの……不安だなぁ……」
「大丈夫や、なんか言われたら俺が無理にそうしろって言うたって伝えるから」
「……うん」
「心配せんでもええよ」
「分かった」
俺らは五条へと向かっていった。
四半刻(30分)もせん内に五条の御寺にたどり着いた。そこらにあるような普通の小寺である。
門は開いており中の様子がうかがえる。
「なるべくさ、何も考えないようにしてたんだけどね。いざ戻ってくると緊張感が高まるべ……」
お香が御寺を見詰めそう呟いた。気持ちは分かる。俺も羽柴秀吉様に御会いする為に御寺の前に来た時は震える程に緊張したから。
「大丈夫や、俺が何とか言うわ」
「……うん」
「ほんなら入ろうか」
「ふぅぅ……」
お香は大きく息を吐いた。そして俺らは五条の小寺の門をくぐっていった……