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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第七章 明智の残党
135/166

135話 妙顕寺

 時は(ひつじ)三ツの刻(14時)辺り。明智の残党を討った後、俺達一行は山科盆地を歩いて京の都へと進んでいた。

 この一行の人数は正確には俺とお香を除いて十二人いたが先程の争いのせいで一人が死んでしまった為、今は十一人やった。

 残り一人も負傷はしたが生きていて最後尾の男がそいつを背負って歩いていた。

 死んだ仲間は残念やけど手を合わせて祈りを捧げただけでそのまま去る事にした。


 ……あの争いの後、周りの男連中が声を掛けてくれたんやけど……


「お姉さんえりゃあ強ええな、度肝抜かれたがや」

「姉さんえりゃあ背ぇ高いな!男より背ぇ高いがや!見上げる程だで、ふふふ」

「尼さん、どえりゃあ刀の腕前だわ、俺、速すぎて刀見えんかったで」

「姉ちゃん刀の達人かなんかか?随分と腕の立つ刀(さば)きしとったがや、俺ら誰も姉ちゃんに勝てんわ、あははは」


 と、周囲の男連中はお香のみを称賛しとった。

 確かにお香の強さがあってこそ、ここの連中は無事におれたかもしれん。味方の一人は死んでしもうたが……

 そやけど俺には誰も何も言ってこんのは何となく寂しく感じたが、お香の活躍がそれほど凄かったと言う事やった。

 無事に生き残れたしお香も無事やったから俺に対する褒め言葉なんかどうでも良いと感じた。

 被害が抑えられたんならそれで良い。


 一行はどんどんと進んでいく。そろそろ……

 明智光秀の遺体を運んでいた時に襲ってきた賊達を討った場所を通過する。

 お香が死体達に念仏を唱えてくれて俺が号泣した場所や。


 ……嫌やなぁ……


「はぁ……またここ通るんか……」


 俺はしかめっ面をしてそう呟いた。


「仕方ねえべ、見たくなきゃ見ないでいいんだよ?」


 左隣を歩くお香がそう言う。


「いや……俺が命奪った人達やから見いひん訳にはいかん……」

「……二郎」


 一行はどんどん進んで行き、やがてその場に差し掛かった。


「…………」


 俺は無言であの連中の死体がある場を見詰めた。


「あぁ……」


 死体達は半分白骨化しとる。そやけど頭蓋骨の髪は生えたままで衣などもそのままの状態であった。


「はぁぁぁ…………」


 俺は深く息を吐いた。俺が殆んど討った連中やから胸が苦しくなる。

 目頭も熱くなる。


「すまん……」


 白骨化した死体達を見詰めて俺は少し涙ぐみ、そう呟いた。


「二郎、仕方ないよ、ね?」


 お香が優しく俺の腕を掴む。


「はぁぁ……たまらんな……」


 罪悪感が心の中に一気に漂う。もう……ほんまに人を討つのは嫌や、ほんまのほんまに。

 この罪悪感が心に漂い憂鬱になるのが心底嫌やった。

 仕方がなかったとは言え、俺が人の人生を終わらせたと言う事に対する罪悪感があまりにも強く心に漂うのである。

 ただ先程も山科であれだけ人を殺したから今日眠る前辺りに飛んでもない程の虚無感に襲われるんやろう……

 そやけどしょうがない。()ってしまったんやから、それを受け入れないとしょうがない。

 俺はじっと白骨化した死体達を見詰めながらそう思った。左隣のお香は優しく俺の腕を掴んでくれていた…………




 時は(さる)一ツ(15時)を少し過ぎた頃、俺ら一行は京の都にたどり着いた。

 京の都では人々がたくさん行き交っているがこの一行を見掛けると頭を下げてくる者が多かった。

 確か明智光秀の遺体を運んだ時もそんな感じやったな。

 と、先頭を歩く武士の男が立ち止まりこちらへとやって来た。


「葛原殿、羽柴筑前守様はただいま妙顕寺(みょうけんじ)と言う御寺に御宿泊なさられておられます。我々は今よりそちらへと参ります」

「はい」

「して……先程の争い事に御座るが……」


 武士の男が俺をじっと見詰める。


「あのような無茶ぶりはお止めくだされ。貴殿を御守りせよとの上様の御命令に反する事に御座る」

「……申し訳御座いませんでした……」


 俺は武士に頭を下げた。


「しかし……我等の命救って下さいました事、御感謝申し上げる」


 そう言うと武士の男は俺に頭を下げた。


「とんでも御座いません」


 俺も武士に頭を下げた。隣のお香も頭を下げる。


「香さんにも御感謝申し上げる。驚く程の刀捌きの御腕をしておられるな」

「ありがとうございます」


 お香がそう言い頭を下げた。


「では今より羽柴筑前守様のあらせられる御寺へと参ります」


 そう言うと武士の男は先頭へと向かって歩いていった。


「はぁぁ……」


 恐いなぁ……又秀吉様に御会いするんか……しかも三法師様が岐阜の館に(とど)まられる事を報告するんか……

 今更やけど……なんで俺やねん。信孝様の部下に命令したらええやん。

 何やら秀吉様のお考えとは違う事を御報告せなあかんようやから怖いんやけど……


「はぁ……又秀吉様に御会いするんか……」


 俺は溜め息を吐きそう呟いた。


「大丈夫だよ、何とかなるべ」


 隣のお香がそう言う。先頭の武士が歩きだすと、この一行も秀吉様の御宿泊なさられておる御寺へと進みだした……




 歩きだして四半刻(30分)程で羽柴秀吉様が御宿泊なさられている妙顕寺と言う立派な御寺に到着した。

 先頭の武士が御寺の門に立つ兵二人に何やら話をしとるが……


 緊張するのう……何で農民の俺が大名である羽柴秀吉様に三法師様の事を御報告せなあかんねん……

 三法師様の御無事を御伝えするんならええけど、何で三法師様を岐阜に留らませる事を……

 そやけどもうしゃあない。腹をくくっていかんとしょうがない。

 なにせ大名の織田信孝様から御命令された事やから。


「ふぅぅ……お香、秀吉様には俺だけで御会いするからお前はどこかの部屋で待機しとうてくれ」

「……そうだね……女がお殿様には簡単に会えないよね」

「ふぅ……」


 俺は何も言わず息を吐き飯田の槍を握り締めた。緊張感が凄まじい。

 正直、織田信孝様に御会いした時より緊張する。

 と、先頭の武士が御寺の門をくぐり敷地内に入っていった。

 すると周りの連中もどんどんと御寺の門へと進みだす。俺とお香も門へと向かっていった。

 御寺は大きくて随分と立派やった。


「ふぅぅぅ……」


 俺は立派な御寺を見詰めながら、大きく息を吐いた。

 羽柴秀吉様にどんな風に言おう……緊張し過ぎてうまく喋れんかったらどないしよう……


「お、お香、緊張ほぐすのってどうすればええんやろうか」

「ええ?ふふ、何も考えなきゃ良いんでないの?あれやこれや考えないで深呼吸して笑って落ち着いたら良いべ」


 お香が微笑みそう言う。確かにそうやな。

 俺は大きく息を吐き、なるべく無心になった。

 やがて俺達は秀吉様のおられる妙顕寺と言う立派な御寺の中へと入っていった……

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