134話 山科の乱
大津を発ち半刻(1時間)が過ぎた頃、山科へと続く整備された山道を登りきり、俺ら一行は京の都へと向けて山科盆地を歩いていた。
すると……
「なんかおるな」
街道の脇に武装した集団が座っとる。
さっきの明智の連中や。休憩しとるんやろう。
「さっきの奴らや」
俺はそう呟いた。嫌やのう……頼むから絡んでくんなよ……
やや一行にピリピリとした緊張感が漂いだす。しかしこの一行は立ち止まる事なく進んでいた。
あちらも俺らに気付きこちらをじっと見とる。
俺らは織田信孝様の一行や。そして向こうは明智の一行。
声を掛けられて俺らが何者か言えば確実に一戦交えるやろう。確実に……
「お香、あいつらになんか言われても織田の者って絶対言わんようにな」
「言わないよ、だけども他の人が言うかも……」
はぁ……頼むから何も言ってくんな。
とは言えこちらも全員武装しとるからなぁ。旗を持つ者はおらんが……
徐々に徐々に道の脇に座り込む二十人程の連中に近付いていく。
「ふふ、やばいのう」
俺は苦笑いを浮かべた。全員がこっちを見とる。
俺はたまらず先頭の武士の男の元に駆け寄った。
「もし、御頼みしたい事が御座います。あやつらに声を掛けられようとも織田様の一行と言う事をおおせられるのはお止め下さいませ。あやつら明智の者に御座います。確実に争い事が起き、死人も多数出ると思われます」
俺は先頭を歩く武士の男にそう告げた。
「…………」
男は何も言わん。何か考え込んどる。
「御頼み致します」
「それは…………その御意見はまかり通せませぬ……我らは織田信孝公の正式な使者に御座る。嘘偽り等到底申せぬ」
なんちゅう固い心の男やねん……融通利かせえや……武士の悪い所はこう言う所ちゃうんか?
忠義とかそんなん言うとる場合かいな。
「し、しかし相手は二十人近くはおります」
「くどい!!御下がりなさられよ!」
侍に怒鳴られてもうた……
「あ、失礼致しました……」
俺は男に頭を下げて一行の真ん中を歩いとるお香の隣に戻った。
「二郎……」
「織田の者って言わんようにって御願いしたら怒鳴られてもうた」
「……仕方ねえべ……お侍さんだし」
侍か……主人に忠実なんはええけど死んだら何にもならんやんけ。
そう思っている間にもこの一行は明智の集団にかなり近付いてきた。
じっとこちらを見詰めていた連中の一部が立ち上がっとる。
「あかんぞこれは」
俺は連中を見詰めそう呟いた。お香は袴に携えていた正宗の鞘を掴み手にしとる。
「お兄さん、お姉さんも、何かありゃあ逃げりゃあ」
後ろを歩く男が俺らにそう言うてきた。
「先頭のお侍さんにもそう言われとるんやけど逃げる訳にはいかん。あんたらも殺されてまうやろ」
「俺らは大丈夫だがや、常日頃から鍛えとる足軽のもんだでな」
「そうか、そやけど喧嘩売られて俺らだけ逃げるのも腹立たしいしな。お香、お前はどっかに避難せえ。いくら強い言うてもおなごやし」
俺は隣を歩くお香にそう言った。
「何言ってんだ、おらを舐めんな」
確かに猛烈に強いが相手は二十人はおるからなぁ……
「三十六計逃げるに如かずちゃうんか?ふふふ」
「笑ってる場合でねえべ、奴ら来たよ」
前を向くと二十人の内の十人程がこちらへとやってきた。
また争いか……しかもまた山科か……
前も明智光秀の遺体を運んどる時に襲われてたくさんの人を殺めたからな。
俺は山科と相性が悪いんやろうか。
「大津でも見掛けたのう!お前ら何もんや!!」
明智の残党どもが俺らにそう言うとる。
「貴様らこそが何者ぞ!」
先頭の武士が男に怒鳴り付けた。
「お香……争いになるぞ……お前はほんまどっか逃げとけ……」
「何言ってんだ。腕がなるよ」
「お前にはもう人を斬って欲しくないんや」
「知んねえよそんな事。殺そうとしてくる奴に情けなんて掛けらんねえべ」
そう言うお香から殺気が湧きだす。
「何もんか名乗れ!!」
あちらの男が声をあげとる。殺気立っとる。
「貴様らのような野蛮な者どもに名乗る名など無い!!」
武士の男が相手方にそう怒鳴り付けた。
「何ぃ!?ほんならおみゃあら全員成敗してやるでよ!」
相手方の男がそう言い俺ら一行に向けて刀を構えた。その瞬間、道の脇に座っとった男連中も槍や刀を持ち立ち上がるとこちらへと駆けてきた。
織田の者とは言ってはいないが、やはりこういう展開になってしまうんか。
「明智の者どもめ!こちらこそ貴様らを成敗してくれるわ!」
武士の男がそう言い刀を抜いた。
その瞬間向こうが駆け出し一斉にこの一行に襲い掛かってきた。
俺の周りの男連中も駆け出して相手に襲い掛かっとる。
お香も鞘から正宗を抜くと相手方へと向けて駆けていった。
あぁ……また人を討たなあかんのか……
観音様、信長様……そしてぼうまるよ、どうかお香と俺に御加護を……
俺は首に掛けた御守りを握り締めてそう祈った後に明智の残党どもに向けて飯田の重い槍を手にし、駆けだしていった。
先頭では武士の男が敵方の男と刀の鍔迫り合いをしとった。
その周りでも槍を突き合ったり刀を構え合って争っている。
俺が敵方の元へたどり着いた時やった。
お香が猛烈な速度で敵方一人を斬りつけた。肩から胸にかけて一瞬で斬りつけると足を踏み込んでその隣におった男にも真横に一太刀浴びせとる。
その男の首が見事に切り裂かれた。
いつか京から亀山に向かう途中で襲ってきた盗賊どもを蹴散らした時の鬼女の如くである。
……しゃあない……俺も鬼になるか……
俺は武士と鍔迫り合いをしてる男の元へ駆け寄ると思いっきり飯田の重い槍の柄を相手の男の左側頭部へ振り抜いた。
その衝撃で相手の男が吹っ飛ぶ。
俺は吹っ飛んだ男に素早く駆け寄るとその男の喉を突いた。
重い槍はいとも簡単に喉を貫通した。俺は倒れた男から槍を抜くと辺りを見渡した。
お香が相変わらず猛烈な速さで敵を斬り殺しとる。
「死ねやああ!!」
周りを見ていた時に突然敵が俺に刀を振り下ろしてきた。
俺は瞬時に左に身を交わすと男の腕を片手で掴んだ。
「お前が死ねや……」
そう呟くと男の首に槍を突き刺した。
そして男の腹を思いっきり蹴飛ばした。槍がスルリと首から抜ける。
周りには依然としてたくさんの敵方がおる。お香を見ると三人程の男と対峙しとった。
俺は槍を手にしてお香の元に走り寄ると……
パーンッ!!
とお香に対峙する男の側頭部を槍の柄で思いっきり殴り付けた。
男がその衝撃で吹っ飛んどる。
「掛かってこいや、賊ども……お前ら全員殺したるからな……」
鬼と化した俺はお香に対峙する男二人を睨み付け強い殺気を発しだした。
男二人が俺に気を引いた瞬間……
シュン……
と空を斬る音がした。
お香が瞬時に男の一人に近付くと正宗を真横に振り抜いた。
その瞬間に男の首が宙に飛んだ。そして首が飛んで地に落ちない最中に隣の男にも斬り掛かる。
隣の男は胸を一瞬で斬られた。
俺は側頭部を殴り付けて倒れている男に歩み寄ると首を一刺しして止めを刺した。
周囲を見渡す。まだ十人程の敵が味方と争っている。
「まだいるねえ……」
殺気立ったお香が敵方を睨み付けてそう呟いた。
「俺がやる……お前はもうええ」
「何言ってんだ二郎……殺しに掛かってくる連中に遠慮なんて必要ねえんだよ……」
相当興奮しとるなお香……
「行くべ……全て斬ってやる」
そう言うとお香は正宗を手にし、まだいる敵方の元へと駆けていった。
「お香……」
俺もお香の後に続いて槍を手にして走り出した。
相手方の数はお香と俺の活躍で半分ぐらいになっとるが十人はいた味方も二人程負傷しとる。死んでるんかどうかは分からんが地面に倒れ込んでいた。
俺は味方と槍で突き合いをしとる敵方の元へ一瞬で駆け寄るとそいつの首を刺した。そして胸を蹴飛ばし首から槍を抜くと別の敵へと駆け寄っていった。
お香はまた男連中を斬り付けとる。もはや手に負えん。あれを止められる奴はこの世におらんのちゃうかと言う程の速さで斬りまくっとる。
俺も味方と争う敵へと駆け寄ると相手の太ももを突いた。
相手がうずくまる。
「隙作ったら終わりやぞ」
俺はそう言うと男の首を突いた。
「う、討つぞおみゃあ……」
槍を持った男が俺に槍を構えてそう言うてきた。
「面白いのう……やってみせろや……」
突き刺した男の首から槍を抜くと俺も飯田の重槍を構えて男を睨み付けた。
「……やぁ!!」
男が槍を俺の胸に突いてきたが俺はそれを一瞬で飯田の槍で弾いた。男の手から槍が吹っ飛ぶ。
「あ、あ……あぁ」
男が動揺しとる。俺は男の側頭部を槍の柄で思い切り殴った。男が真横に吹っ飛ぶ。
俺は倒れた男に近付くと男の髪の毛を掴み無理矢理立ち上がらせた。
「お前ら明智のもんか……」
「ひ、ひっ……」
「何が目的や、どこへ何をしに行くつもりやったんじゃ……」
「あ、あ、あ……」
「言え……言わんかったら殺すぞ……」
俺は殺気を放ち男を睨み付けてそう言った。
「きょ、きょ、京の、は、羽柴を、お、襲いに……」
「何で羽柴様襲うんじゃ」
「か、敵討ちに……み、味方の……」
「ふん!阿呆め、去れ」
俺がそう言い男の髪の毛を離すと男は一目散に走って逃げていった。
周囲を見渡すと敵方もだいぶん減っている。残りは四人ぐらいしかおらん。
味方やお香は残り四人に対して武器を構えとる。
俺は連中の元へと駆け寄った。
「お前ら去れええ!!勝敗は決したやろ!!」
俺は残りの敵方に怒鳴り声をあげた。
「去らんかい!!去らんなら殺すぞ…………」
俺は再び殺気を放ち槍を構えた。連中から緊張感が漂いだす。
「去れ……五つ数えて去らんかったら……全員殺す……」
俺は男連中を睨み付けそう言うと、
「一……二……三……四……」
五まで数えん内に二人は走って逃げていったが残り二人はまだ槍を構えとる。
「五」
俺がそう言うた瞬間に俺とお香は一瞬で敵に近付くと……
俺は相手の男の喉を槍で刺し、お香はもう一人の男の胸を正宗で切り裂いていた。
「はぁぁぁ……疲れたな……」
俺は男の喉から槍を抜くとそう呟いた。
「二郎、無事?体なんともない?」
隣のお香がそう言う。
「あぁ、なんともない。お香は?」
「何もねえよ、相手が弱すぎて話になんねえ」
確かに隙だらけの雑魚連中やった。
そやけど、今は興奮していて良いが、時が経ち冷静になるとまた心が罪悪感と虚無感に包まれて憂鬱になるんやろうなぁ……
「ふぅぅ…………」
俺は大きく溜め息を吐いて空を見上げた。
山科の空はやや曇りがちやった…………
葛原二郎 1561年5月24日生まれ 京都府亀岡市出身 21歳
お香 1561年12月19日生まれ 埼玉県川越市出身 20歳
久 1561年8月20日生まれ 和歌山県那智勝浦町出身 20歳
飯田音羽 1567年7月3日生まれ 京都府伏見区出身 15歳
百地玄蔵 1551年9月15日生まれ 三重県名張市出身 30歳
このような設定であります。