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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第七章 明智の残党
130/166

130話 安土城跡

 安土の山に近付いた時、俺は先頭を歩く男の元へと駆け寄った。

 そして……


「お頼み申し上げます!ここ安土にてしばしの間、休憩いただけませんでしょうか!」


 俺はそう言い男に頭を下げた。引率をする侍なのか足軽大将なのか分からん中年の男も立ち止まった。他の連中も立ち止まる。

 お香も俺の側へと歩み寄ってきた。


「…………」

「お願い致します!」


 俺は男に深く頭を下げ続けた。


「……分かりました。では大殿様の安土の元にて、しばし休みましょう」

「ありがとうございます」


 俺は更に深々と頭を下げた。どうしても……どうしても確認したい事があったからや。

 俺は頭を上げると安土の山を見詰めた。

 御城は無いが中腹には御屋敷がいくつも残っている。

 大丈夫かな……武士達がまだおるかもしれんが……

 あの立派な御城がどうなったんか、どうしても知りたかった。


「二郎……」


 お香が不安そうな表情で俺の腕を掴んできた。

 俺はじーっとすぐ側の安土の山を見詰めていた……




 やがて安土山の(ふもと)に到着した。俺が兵として呼ばれ、陣営で寝泊まりしたあの広場である。

 しかし、もう陣営の白い幕は片付けられ、中にあった小屋も全て撤去されていた。


 ……お結さん……


 あの時、あの陣営で槍の訓練をしてくださったお結さんの事を思い出すと少し胸が締め付けられた。お結さんはどこに行ったんやろうか……


各々(おのおの)方ぁ!しばしこちらにて休止致すぞぉ!」


 引率する男が安土山の側の草も生えとらん手入れされた広場でそう叫んだ。


「しばしの間、ご自由貰っても構いませんでしょうか」


 俺は男にそう尋ねた。


「構いませんが」

「では」


 俺は男にそう言うと槍を手にして安土山へ向かって駆け出していった。


「二郎!?」


 後ろからお香の声が聞こえてきたが俺は構わず安土山へと駆けていった……




「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息を切らせながら槍を持ち、必死に安土山を駆け登っていった。

 御屋敷が幾つもあり、武士も居そうでやばいかなとは思うたが、それでも俺は安土山の天辺へ向けて、整備された石段を駆け登っていった。


 かなりの石段を登り、頂上付近に来ると……


「はぁ……はぁ……」


 夢中で駆け登った俺の前には、無惨にも崩れ落ちたあの御城の姿があった。

 御城を支える石垣はそのままやけど御城自体は目の前に倒れるように崩れていた。

 これ以上は先に進めん程や。よう見ると焦げた跡がいくつもある。

 恐らく誰かに焼かれたようや。


「はぁ……はぁ……なんで……なんで燃やすねん……はぁ……」


 俺は飯田の重い槍を手にしたまま、肩で息をしながらにそう呟いた。

 なんちゅう事を……あれ程の立派な御城を……


「信長様……」


 ぼうまるの服を着た俺は首に垂れ下がる龍涎香の御守りをグッと掴むとそう呟いた。

 すると自然と目から涙が溢れ出てきた。


「なんで……うぅ……うぅ……」


 そやけど手で涙を拭うと俺は崩れ落ちた御城をじっと見詰めた。

 心に響くものはあるが、泣くのを止めてこの悲惨な姿となった安土の御城をただじっと見詰め続けた。


「二郎!?」


 しばらくした後、後ろから声を掛けられた。お香の声や。


「…………」


 しかし俺は振り返らず信長様のこの崩れ落ちた御城をじっと見詰めていた。


「二郎……あ……御城?」


 お香が隣に来て俺の腕を掴み静かにそう呟いた。


「…………立派な御城やったのに……なんで……」

「…………」


 俺はただ崩れ落ちた御城を見詰めていた。お香も俺の腕を強く掴み無惨な姿となった御城跡を見詰めとる。


「葛原殿!」


 後方から声を掛けられた。振り返るとここまで護衛隊を引率してきた男が二人の男を従えてやってきた。


「葛原殿、こちらは大殿が御住まいになさられていた場に御座る。勝手な行動はお止め頂きたい」

「……申し訳ございません……」

「ふぅ……」


 男は俺の側に来ると息を吐き、崩れ落ちた御城跡を見詰めた。


「……御立派な……御城でしたのにな……残念に御座います……」


 男が御城の残骸を見詰め小さくそう呟いた。

 俺も御城の残骸を見詰めると溜め息を吐いた。

 男に付き添われた二人の男達もじっと崩れた御城を見詰めている。


「ふぅぅ……こちらは大殿、織田前右府(さきのうふ)公の御城、勝手な事はせぬよう。もう下へと戻りますぞ」


 男が鋭い眼差しで俺にそう言う。


「……申し訳ございませんでした……」


 俺は男に頭を下げた。隣のお香も頭を下げている。


「では」


 そう言うと男は俺に背を向けて下山をしだした。他の男二人も続いて歩きだす。

 俺も後に続こうとしたが後ろを振り返った。そしてじっと崩れ落ちた安土の御城を見詰める。

 胸を詰まらせる程の(はかな)い気持ちが心の中に漂いだす。


「信長様……どうぞ我らに御加護を……」


 俺は首に下げた御守りを握りしめてそう呟いた。

 隣のお香も俺の腕を左手で握り締め、無惨な姿となった安土の御城をじっと見詰めながら首から下げた御守りを右手で握りしめていた。

 崩れ落ちた安土城は焦げた匂いを発したままにいる。


「二郎……さぁ、もう行こう?」


 お香がそう言い俺の腕を引く。


「……あぁ」


 俺はそう呟くと崩れた安土城に向けて深々と頭を下げた。隣のお香も深々と頭を下げる。

 そして、しばらく頭を下げた後に俺ら二人はこの山を下りていった。

 その間、一言も発する事は無かった。

 胸に詰まる想いを感じ、何かを話すと感極まって泣き出しそうな気がしたからやった……

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