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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第一章 本能寺
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13話 本能寺の生首

 夕暮れ前の本能寺、兵数十人が槍を持ち焼け落ちた本能寺前に立って警備をしている。


 町人達は昨夜のようにガヤガヤと騒ぎながら本能寺を取り囲んで見物していた。

 門前には昨夜の木の台があり、まだ生首が晒されたままであった。

 心なしか首の数が増えとるような気もするが真意はよう分からんかった。

 その生首の中に、例の少年の首もまだある。


 季節は六月、まだ真夏では無いとは言えど生首の肉付きは劣化していた。

 腐るとまでは行かないが、かつて生気を持っていたそれは今は完全なる『物』へと変わっていた。


 俺は今回は野次馬の中にいた。

 隣の久はじっと台の上の生首を見詰めている。


「……あれ、あの少年がこの服の持ち主やったんや」


 俺は生首の1つを指差して久にそう告げた。

 どれ?と聞かれ具体的な場所を説明すると彼女はじぃーっと少年の生首を見詰めだした。

 少年の首も大分劣化し、少しの変色もしだしている。

 複雑な心境になるな……そう思っていると……


 クスッ……クスッ……クスッ……


 久は泣き出していた


「…………」


 ちらりと泣く久を見たが又少年の生首を見詰める。


「はぁぁぁぁぁ……」


 深い溜め息をついて俺はぼぅっと首を見詰めていたが……

 うぅ……うぅ……と隣の久が嗚咽を漏らし泣き出してしまった。


「どうした?」


 俺は彼女の背中を押し野次馬の中から出た。


「分からへん!分からへんねん!勝手に涙出る!」


 俺は久が泣き止むまで待った……





「可哀想、あんたが晒し首になってるみたい」


 久が台の上の生首群を見詰めそう呟いた。


「はぁ?!俺が?!」


 驚く俺に彼女はコクンと頷いた。


「はは!アホか……」


 苦笑いを浮かべる。


「そやけどあの子あんたに見えた」


 そう言い、久が遠くの少年の生首を指差す。

 ふっ、そんな訳あるかいな、アホか……

 とは言え、俺は彼に近付きたいと思い彼の衣装を奪い、二度ほど彼に接吻をしたり服に付いた彼の血を吸っている。


 ……取り憑かれたんか?俺は……


 じっと少年の首を見ていると、ふと視界に男の姿が入った。

 槍を持ち安っぽい皮の鎧をまとった浅黒い肌の兵士。


「二郎やろ!お前!」


 ええ?!

 突然名前を呼ばれ度肝を抜き兵の顔を見詰める。


「太一か!」


 その男は俺と同じ亀山に住んどる幼なじみの太一やった。

 同じ村の奴やないけど隣村でガキの頃から何度も何度も遊んだ事のある気の良い奴やった。


「何しとんのお前!」


 太一が俺にそう言う。


「いや……昨日ここで戦して、ほんでその後に寺掘り返す作業やらされて、ほんでそれから解放された」


 俺は昨日の行動を簡潔に話した。


「解放って……ああ、そうか……食糧用意されんかったからな、一部の隊は帰るよう言われたんやったな、すぐ帰れよ」


 太一がそう言う


「いや、解散……としか聞いてへんかったから」

「何言うてんねん、明智の殿様、守りの為に今あちこちの村から兵呼んでるんやぞ?すぐ帰って指示待てや」


 太一は真顔や。

 周囲の野次馬達も俺に注目する。

 久はきょとんとしていた。


「そうなんか……」


 俺も強張った表情で答える。


「女連れて遊んどる場合ちゃうぞ!なんやその立派な格好!」


 太一が少し声を上げる。

 俺は何も言えん。


「まぁ……ええわ、亀山戻りぃや。今は浮かれとる場合ちゃうから。俺は戻るわ。すぐ帰れよ?」


 そう告げると太一は本能寺の門の元へと戻っていった。


「…………」


 声が出ん、言葉が出ん、少しの間の楽しい時間は終わるんやろか。


「……とりあえず離れよ?」


 久が優しくそう言い俺の袖をそっと掴む。


「すまんな、浮かれとる場合ちゃうよな、こんな時に」


 俺が謝罪すると久は何も言わないで黙って歩いていた。



 本能寺を離れ、しばらく歩いていると、


「また戦出るんや……」


 久がぽつりとそう呟く。


「そやろな、多分、どこ連れてかれるかも分からん」


 俺もぽつりとそう呟いた。


「うち、あんたのおらん亀山におりたくない」

「まぁ普通は……見ず知らずの田舎になんかおりたくないわな」

「いつになったらこないな、あほみたいな世終わるん?」


 じっと俺を見詰める久の目にはまた涙が溢れていた。


「…………」


 何も答えられん、何も……

 (うつむ)いて歩く。


「どうしたらいいん?うち」


 クスッ……クスッ……と泣き出す久。

 はぁっと溜め息をつく俺。


 どうしたら……

 俺にも分からん。


 分からんが、


「亀山で待っててくれんか?俺は死なんよ。それにまだ戦に呼ばれるかなんて分からんやん。取り合えず……亀山で」


 そろそろ元の鴨川の側にやってきた。

 俺を見て一礼をする者どもを無視し俺は真剣な表情で久にそう伝えた。


「……分かった」


 彼女がうつ向きつつそう言う。

 ただ彼女はこう続けた。


「そやけどあんたが戦連れてかれるんやったらうちまた京に戻る」


 ええ?またこいつ訳分からん事言いよる……


「なんでやねん!亀山おったらええやん!安全やろ!」

「祇園さん行く!そこでずっとあんたの無事祈るねん!毎日毎日!」


 久が懸命にそう訴えてくる。


「阿呆か!そこまでせんでええわ!それにうちの村にもお寺も社もあるわ!無理せんでもええ!」

「そやけど……」


 久が俯く。


「……それに俺にはこの飛んでもない御守りがあんねん」


 俺はそう言うと首からかけていた麻の小袋を取りだし中を開けた


「……くっさ!!」


 久が中を覗くとそう言い大きく仰け反る。

 織田信長様であろう灰から出てきた龍涎香(りゅうぜんこう)


「これ以上の御守りなんて無い。そやから俺は死なんよ。それにまだ戦に駆り出されるかどうかも……分からんやん」


 とは、言うものの戦に駆り出されるのは確実やろう。


「分かった……」


 仕方無しに、と言う感じで久が納得したようや。

 日はそろそろ暮れだす。

 西の空はやや暗い雲が広がっている。


「明日、亀山戻るわ」


 俺がそう言うと彼女はうんと頷いた。そしてその後なんでか……


「……ほんでな、手ぬぐい()うて良い?」


 手ぬぐい?なぜ急に。


「ええけどなんで急に?」

「夜に行水(ぎょうずい)したいねん、汗かいたから」


 唐突になんなんや……


「ああええよ……」


 俺は若干呆気に取られたがそう告げると久は雑貨屋へと向かって行った。

 何を考えとるんや。

 真面目な話の後に急に……


 ただ、それが久の良さなんかもしれんかった。

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