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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第七章 明智の残党
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129話 江州道中

 空はやや曇りがちな天気。雨が降りそうと言う程ではないが、灰色がかった雲が空に広がっている。

 その下で俺ら一行はひたすらに近江国へ向けて歩んでいた。

 雄大な伊吹山の側を通り過ぎた後ではあるが、後ろを振り返るとまだ伊吹山の姿は確認出来た。


「凄いな、あんな高い山あるんやな……」


 俺は後ろを振り返り伊吹山を見詰めそう呟いた。

 ただこれの更に三倍は高いと言う山がまだあると言う事に対しても驚きはあったが……


「富士山やったか?ほんまにそんなにでかいんか?大袈裟に言うとるやろ」


 俺は隣を歩くお香にそう尋ねた。


「本当だべ、大袈裟じゃ無いよ。本当に三倍はあったよ?いつか見に行く?」

「遠いん?」

「遠い、尾張のもっともっと東、だけんどもさ、おらの故郷の武蔵の国程では無いべ?」

「ほぅ……」

「尾張があるでしょ?その東が三河の国だ。そんでその隣が遠江(とおとうみ)の国でその隣が駿府だべさ。そこに富士山があるんだよ。日本で一番高い山だって。おらも間近で見た時は驚いたもん」

「そ、そうなん、そやけど遠そうやなぁ……」


 尾張ですらめっちゃ遠かったと言うのにその更にずっと東か。


「……いつか……行くべ……」


 お香が少しうつ向いてそう言った。


「ん?」

「まぁいいさ、ほら多分もう近江のお国に入ってるよ?チラチラと湖見えるよ」


 確かに前方の山の間から淡海(おうみ)(琵琶湖)がチラチラと見えた。

 淡海は雲の隙間から顔を出した太陽の光に照らされて美しく輝いとる。

 俺は重い飯田の槍を右手で持ち、肩に担ぎながらどんどんと歩を進めていった……




 時は夕暮れ時、陽の位置を見ると今はもう(とり)一ツ(17時)頃やと思う。

 淡海の湖面が夕日に照らされて輝き、幻想的な光景を作り出している。

 ここは近江の国の坂田と言うらしい。

 すぐ側には小高い山があり、その山上には立派な御城があった。

 周りの男連中が言うにはあの山は佐和山と言うそうや。

 そやけど俺が見た安土の御城に比べると若干質素な感じがした。

 今日の宿泊地はこの佐和山の(ふもと)にある御寺に泊まるそうや。昨日泊まった御寺よりかは若干大きい。

 そして、あの雄大な伊吹山はもうすでに見えんかった。




「安土までは後どれぐらいか分かる?」


 今日も別室で俺とお香のみで食事を取らせてもらっていた。

 織田信孝様に重役を仰せつかっているので、この一行から特別扱いを受けとるからや。それはそれで重荷を背負うような重圧を感じるんやけど……しょうがない。


 明智光秀を討ち、羽柴秀吉様に御会いし、三法師様を御守りし、織田信孝様に御会いし……

 そして重役をお任せされたんやから……それも又運命と割り切るしかないんや。


「分かんね、さっぱり分かんね。だけんどもさ、舟に乗る雰囲気は無さそうだから明日には通るんじゃない?」


 膳には玄米と味噌汁と恐らくフナやと思う焼き魚と大根の漬け物が乗っとる。

 お香はそう言うと箸で焼き魚の身をほぐし口に運んだ。


「そうか」

「随分と安土に(こだわ)るんだね、そんなに思い入れがあるの?」

「死を覚悟して(おもむ)いた場やしな、初めて舟に乗って赴いた場やし……それに……信長様の……」


 俺は箸を膳に置き、首から下げとる龍涎香(りゅうぜんこう)の入った御守りを握り締めた。


「あの立派な御城が印象的でな……出来うるならば又拝みたい」

「そう……」

「はぁ……お前はええのう、織田信長様に御会いしたなんて……俺も御会いしてみたかったわ。どんなお顔やったん?」


 俺は再び箸を手にしてお香を見詰めた。


「ずっと笑われていたけど、丁寧に月代(さかやき)を整えられて髪も御丁寧に結われなさられてて、凛となさられた眼差しでお鼻がお高くて、少しお髭生やされて」

「…………」

「お若く見えたなぁ……立派なお顔立ちだったよ?まさにお殿様っていう品のあるお方だったべ」


 お香もじっと俺を見詰めそう言った。


「そ、そうか……」

「背も高かったべ、二郎ぐらいはあったと思うけど玄蔵さん程では無かった」

「そうなん、へぇ……」

「お優しそうなお方だったよ?少なくともおらの前ではね」


 そう言いお香が又フナの身をほぐして口に運ぶ。


「……しかし、坂本まで遠いな。俺も安土から坂本まで歩いて行かされたけど遠かったわ。明智光秀殿の護衛隊としてな」

「へぇ、だけども仕方ねえべ、美濃から出発したんだからね。おらもっともっとずっとずっと遠い武蔵の国から来たんだよ?それに比べりゃ大した事無いよ」

「そうか、そやけど故郷にはもう帰らんつもりなんか?」

「…………」


 お香が黙り込み玄米を口に運ぶ。


「……お香?」


 聞かん方が良かったかな、色んな事情があって家を追い出されたって言ってたし。


「す、すまん。いらん事言うたか……」

「お久さんに会ってからだ」


 お香がじっと俺を見詰める。


「京に行ってお久さん見付けてからだよ」


 久?なんで久と関係あるんや?


「それよりまずは坂本だ。妙な連中いるのかどうか確認するのが第一だべ」

「まぁそうやな」

「次はおらも……」


 そう言いお香は素早く脇に置かれていた正宗を掴んだ。そして……


「暴れるべ……例え二郎に止められようともね………」


 そう言い鞘から正宗を抜き出た。そしてじっと俺を見詰めとる。

 その瞳からは殺気を感じ取れた。

 俺ですらも一瞬ゾクリとする程の冷たい殺気を……


「ぶ、物騒やからしまえ……」


 俺がそう言うとお香は正宗を鞘にしまい脇に置いた。


 大丈夫なんかいな、ほんまに……


 やっぱりこの刀はどっかでお払いした方が良いんとちゃうか。

 それとも彼女が元々持つ内面の感情のせいなんやろうか。

 それはまだ俺にはよう分からんかった。




 翌早朝、(たつ)三ツ(8時)頃と言う昨日とほぼ同じ時刻、俺達は寺の外に集まっていた。すると引率しとる男が俺の元にやってきた。


「葛原殿、今日は守山まで一気に進みます。その後、舟に乗り坂本まで行く予定に御座るが時刻によれば守山にて泊まる可能性も御座る。よろしいか?」

「は、はい!分かりました!」


 俺はそう言い男に頭を下げた。

 そやけど地名が分からんから男が何を言うてんのかよう分からん。舟に乗るぐらいしか分からん。


「では参りましょう。では出発致すぞぉ!織田の信孝様の御命令!しかと守られよぉ!」


 先程の男が武装する男連中にそう言うとおおお!と声を上げた。

 そしてこの一行は行進していった。


「守山ってどこ?」


 俺は左隣を歩くお香にそう尋ねた。


「おらもあんまりよく知らね、けど安土よりもっと南の地だよ。数年前に一度きり通っただけだからさ、近江の詳しい地名なんていちいち覚えてなくてさ」


 まぁ……そりゃそうやろうな……


「首は大丈夫か?痛くなったら又おぶったるから」


 俺はお香の首の傷を見てそう言った。


「ふふ、大丈夫だよ」

「無理すんなよ?」

「大丈夫だべ」


 そう言いお香は微笑んで俺を見詰めてきた


「そうか」


 俺は飯田の重い槍を肩に乗せて淡海の湖岸の道を歩いていった……




 早朝に坂田の寺を発ち、太陽が頭上に輝く(うま)三ツ(12時)の昼時であった。

 俺達一行の前に小高い山が見えてきた。

 俺はお香と何気ない会話をしながら歩いていたが、その山を見ると俺は黙り込んだ。


「だけんどねおらさ、その時にね…………二郎?」


 俺の異変に気付いたのかお香が俺の横顔を見詰め、そして正面を向いた。


「安土や……」


 俺は小高い安土の山を見詰めそう呟いたが…………


 ……無い……山上にあったあの豪勢な安土の御城が無くなっとる。


「……無いぞ……無くなっとるあの御城が……」


 俺は安土山を見詰めてそう呟いた。

 なんで無いねん……俺は唖然として安土の山を見詰めた。そして……


「信長様……」


 小さくそう呟いた……

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