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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第六章 濃尾
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120話 正徳寺

 時は(さる)七ツ(16時)、三法師様を連れた一行は尾張国の冨田(とみた)と言う場におった。

 先頭を歩く侍が言うには今日は岐阜まで行かず、この冨田にある正徳寺(しょうとくじ)と言う御寺に泊まる事を俺ら一行に告げてきた。

 そして、しばらく歩くと重厚で大きな御寺にたどり着いた。

 担がれとった輿(こし)が地に置かれ、男が輿の(すだれ)を上に(まく)り上げると二歳の三法師様がピョンと輿から飛び降り、ピョンピョンと跳ねて笑顔を見せ男を見上げていた。


「ふふ、可愛いね。お疲れ無いのかな……」


 左隣のお香が三法師様を見詰めそう呟き微笑んだ時やった。

 三法師様がお香を見付けるとキャッキャと声を上げ、笑顔でお香へ向けて走り寄ってきた。

 そしてお香の(もも)に抱き付いてお香の顔を見上げ笑顔を浮かべとる。


「若様、お疲れございませんか?」


 お香も微笑みそう言うと三法師様を抱き上げた。

 周りの一同も俺らを見詰めとる。俺らと言うかお香と三法師様だけやけど。

 ただ男連中もお香が三法師様を抱いとる姿を微笑み見詰めていたが……


「では明朝までこちらで休息するゆえに皆の者、我に続いて来やぁて!!」


 先頭の侍がそう言うと大きな寺の中に入っていった。

 俺らも後に続いて寺の中へと向かう。隣のお香は三法師様を抱っこしたままに歩いている。


 そやけど……織田信長様の御孫様やろ?お香一人に任せて大丈夫なんか?


 俺はそう思いながらお香に抱かれる三法師様を見た。まだあどけない小さな二歳の幼児や。お香を見詰め安心しきった顔をしとる。

 お香もそんな三法師様の顔を見詰め、安堵の表情をしとる。ほんまに子供をなつかせる才に優れとるのう。

 俺は三法師様とお香の顔を交互に見詰めそう思った…………




「ほら、若様?アユでございますよ?はい、あーんとお口お開けなさって?」


 お香がアユの塩焼きを箸で摘まみ、三法師様に口を開けようとしとる。

 今、俺らは正徳寺と言う寺の一室におった。

 十畳以上はあるそこそこの広い部屋に俺とお香と、そして三法師様と後一人この御寺の住職の四人がおった。

 三法師様が思いのほかお香になついとる為、三法師様の面倒はお香に任せとるらしい。


 何せ侍が三法師様をお香から引き離そうとすると大声で泣きじゃくる程やったから……


 そして今は夕飯を食していた。膳には白米とアユの塩焼きと漬け物とお吸い物が乗せられとった。

 それらをお香は自身の膝の上に座る三法師様に食べさせている。


 子守りも大変そうやなぁ……


 俺は二歳の三法師様の面倒を見るお香を見詰めそう思ったが彼女はニコニコとしながら子守りをしていて、あまり大変そうにも見えんかった。


「遠路はるばる大変でしたでしょう、京からこちらまでおいでなさられましたと、おうかがい致しました」


 この御寺の和尚と言う初老の人が俺の向かいに座りそう言ってきた。


「あ、あぁいや、まぁ……大変と言えばそうかもしれませんが秀吉様の御命令でありますし、大変良くして頂きましたので、大変と言う程でも……」


 滅茶苦茶大変やったけど俺は言葉を濁し苦笑いを浮かべ和尚にそう言うた。


「わたくしはこちら正徳寺の和尚をしとります正庵(しょうあん)と申します」


 そう言うとツルツル頭の初老の僧が丁寧に頭を下げてきた。


「あ、葛原二朗光丞と申します」


 俺も彼に丁寧に頭を下げた。お香は三法師様の御相手をしとって和尚には挨拶出来んでおる。


「そちらの御子様、織田信忠公の御子様であられると?」


 正庵和尚が俺をじっと見詰めそう言う。

 俺はお香の膝の上に座り御飯を食べさせてもらっている三法師様の姿を見詰めた。


「左様にございます」


 そして、そう呟いた。三法師様はお吸い物をごくごくと飲んでいた。


「そうですか、ここ正徳寺はかつて……」


 そう言い正庵和尚が俺を見詰める。俺も彼を見詰めた。


「織田信長公が斎藤道三公と会談をした場にござりまする。この寺は織田家と何か御縁でもあるのかもしれませんなぁ、ほほほほ」


 そう言い和尚が小さく笑う。


 ……斎藤道三?誰やそれ……


「して、この部屋がその場にてございます。ほほほ、その部屋に織田信長公の御孫様が来られるとは……又何とも言えん気持ちになりますわ……」


 正庵和尚は小さく笑みを浮かべ、食事をとる三法師様を優しげに見詰めていた。


 ……信長様がこの部屋に来られたんか……


 ええんか、俺みたいな田舎の農家の者がそんな部屋におって……

 俺は首から下がる龍涎香(りゅうぜんこう)の袋を掴み、そない思った。






 時は(とり)六ツ半(19時)、正徳寺の小坊主の少年達が次から次へとこの広い部屋にやって来て、寝巻きやら布団を運んできた。


「こちら!若様の御寝巻きにござぁりまするぅ!」


 小坊主の少年が頭を深々と下げお香の膝の上に座り眠っている三法師様にそう言うとる。


「はい、承知致しました」


 三法師様を抱いたお香が小坊主の少年にそう言うと三法師様の白い寝巻きをお香の前に起いて、そのまま去っていった。

 他の小坊主達は部屋の隅に布団を積み重ね、その上に白い寝巻き二つを置くと俺らに向けて畳に手を付き頭を下げた後、部屋を去っていった。


「ふぅ……」


 俺は小坊主達が去っていくと小さく息を吐いた。

 どうやら三法師様がお香に異常になついたが為に俺らは少し良い待遇をされとるようや。

 こんな広い部屋で宿泊出来るなんて……

 と言う事は三法師様と同じ部屋で寝ると言う事か。


 ……ええんか……俺、数日前まで足軽として陣営でゴザの上で寝てたんやぞ……


 それやのに織田信長様の御孫様と一緒の部屋で寝てええんか?

 そう思うと感慨深い気持ちになったが……


 ドタドタドタ……

 と足音が聞こえてきた。そして、


「御失礼致します!よろしいでしょうか!」


 障子の戸の向こうの廊下から男の声が聞こえてきた。


「は、はい!」


 俺がそう答えると障子の戸が開かれた。そこには侍風の男二人がおった。


「御失礼致します。湯浴びの御用意出来まして御座りますれば若様をお連れ致しとう御座りまする」


 そう言い、男二人が俺らに頭を下げる。俺らにと言うか三法師様とそれを抱っこしているお香に対してやけど。


「はい」


 お香がそう言い三法師様を抱っこしたまま立ち上がった。

 俺も吊られて立ち上がると……


「三法師様とお香さんのみで構いません」


 侍がそう言い俺を目で制した。来るな、と言う事や。


 ふぅ……と息を吐き俺はその場に座り込んだ。

 お香は障子の戸まで行くと三法師様を抱っこしながらチラリと俺を見てきた。

 何か少しだけやけど不安げな眼差しでおる。俺が一緒に来れない事に対しての不安感なんやろう。

 しかし、その後に侍達に続いて廊下の向こうへ去って行ってしまった。


「あーあ……」


 俺は畳の上にゴロンと寝転び天井を見詰めた。


「疲れたのう……寝てまいそうや……」


 じーっと天井を見詰め独り言を呟いた。


 かつて、織田信長様と斎藤道三と言うお方が何らかの会談をしたと言うこの広い部屋の真ん中で…………

正徳寺は1711年に聖徳寺と改名されています。

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