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本能寺の足軽  作者: 猫丸
第一章 本能寺
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12話 雰囲気

 そろそろ日が傾き出す。


 祇園社から本能寺まではそこそこ離れている。

 久は俺の服の袖をまだ掴んでいた。


「もう分かったから、行くから引っ張らんといて」


 俺は足早に歩む彼女の横顔を見てそう行った。


「あんた嫌そうやもん」

「そら………嫌やわ何度も何度もあんな所行くなんて」


 俺がそう告げると久がちらっとこちらを見た。


「なんかあんの?嫌な事」

「捕まるかもしれんやん。今どういう情勢になっとるかも分からんし、織田軍が集まっとるかもしれへん。それにこの格好は結構目立つねん。本能寺の兵どもも俺の姿見て驚いとったから」


 俺は自分がまとう豪華な衣装を見てそう言った。

 決して赤や桃色のような目立つ色はない薄い葵色の着物である。

 その下に純白の着物も着ている。

 色は決して派手ではないんやが、着物の質が普通より遥かに良く、見る人によっては派手、と言うより重厚な趣を感じるのであろう。


 要するに、そこいらの町人や農民が決して着られる物ではない品格をかもし出させた武家の雰囲気を放った着物を身にまとっているのである。


「ほんなら着替えたらええやんか、そこいらで着物でも()うて」

「うーん」

「格好良いけどなんか……あんたが気負いしてるように見える。無理してるようにも見える、それに……」


 久が歩きながら俺を見る。

 今は都の路地を歩いていて人通りは少ないがたまに人を見掛ける。

 大人は軽く会釈をし、童はぼーっと俺を見てくる。


「それにな?なんか……あんたん中にもう一人別の人がおるように見えんねん」

「え?!」


 俺が驚くと久が視線を逸らした。


「あんたと……うちのおうちで、したやん……」


 うちのおうちとは鴨川のあの物置小屋の事やろう。

 したと言うのは、まぁ……男女のその……


「あんたが服着てる時と裸になった時のあんたの雰囲気がなんか違うんよ」


 何?俺は少し驚き久を見た。

 彼女はまだ(うつむ)いている。


「違うって何が?」

「雰囲気とか話し方とか態度とか」


 え?ぽかーんとする。

 話し方や態度がちゃうってどういう事や。


「……ちゃうの?いつもの俺と」


 ぽかーんとした俺はそう尋ねた。


「なんかちゃうねん。微妙にちゃう。口では言いにくいけどなんか……何て言うたらええんか分かりよらん、ふふふ……」



 この、この服のあの少年の人格が乗り移っとるんやろか。

 そやけどそんな事、あるんやろか。

 たまたまちゃうんか。

 ただ自覚は一切無かったし何とも言えんけれど久は真顔でそう言うとる。

 ただ単にやりたいと言う気持ちが強くて俺がおかしくなったんちゃうんかとも思ったし、その事を彼女にも伝えてみたがなんか違うと言う。


「そやから服着替えたら?もののけに取り憑かれとるんちゃうん?」


 もののけに……か……


 確かに祇園社で不可思議な声を聞いたり夜の本能寺で『ぼうまる』と呼ばれたような気がした、が……


 もののけ……

 そんな風には感じんのやけど。

 今ん所は特に害はあらず、むしろ良い事ばかりが起きとるし。


「その、雰囲気ちゃうかった俺ってそんなおかしかった?」


 俺は何気にそう聞いた。


「ううん?普通、むしろ今の方がなんか変」

「え?今がおかしいんか?」


 俺は少し驚いた。


「なんか変に落ち着いてんねん、ふふふ、変に落ち着いてて変に度胸あるように見える」

「…………」


 久は笑うが俺は真顔やった。


「それは……そう言う行為の前やから俺が緊張してただけちゃうんか?」


 多分そうやろ、そうに決まっとる。

 しかし、彼女はそれを否定した。


「ううん、ちゃう、全然ちゃう。なんかなぁ……」


 久が通りの先を見つめる。


「お侍さんが急にうちの村の知り合いやった男の子みたいになんねん」


 そう言い笑う


 何とも言えん事言いよるなぁ。

 この服を脱ぎ裸になった俺は落ち着きが無く度胸も無い男と捉えてもおかしくない。

 性行為の前やからただ単に俺がそうなっただけちゃうんか。


「買わへんの?服」


 久が俺を見詰める。


「うーん、俺この着物、気に入っててなぁ……かなり豪華な衣装やし、とある少年が着とってん。武家の子供やと思う」

「あんたが殺した相手?」

「殺してへん、逃げた。逃げたけど戻ったら亡くなってた。まだ15、16かそんくらいの綺麗なお顔した少年」


 俺は昨日の事を思い出した。


『黙れ!逆賊!』


 そう叫び、がむしゃらに俺に向け槍を構えていたあの少年……


「その少年の亡骸(なきがら)から着物奪った事は昨日言うたやろ?俺は……今しばらくはこの衣装着てたい」


 遠くを見詰めそう告げた。

 通りの先には人だかりが出来ている。


 あの、本能寺である。


「そうなん?ほんならええよ、そやけどな?」


 久も前方を見詰める。


「いつか普通のいつもの格好したあんたが見たい。見てみたい。裸のあんたでもええけどな」


 そう言うと彼女はニコッと微笑んだ。

 俺はふんっ!と鼻で笑い、照れ隠しの為にじっと前方を見詰めた。

 徐々に、徐々に人だかりの出来た本能寺へと近づいてゆく。


「また来てもうたか……」


 俺が呟くと、


「本能寺……」


 久が静かにそう呟いた……

 

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