11話 祇園の社
鴨川でアユやフナを食べ終えた後、特に何をする事もなく河原でぼうっとしていた。
そやけど京におれるのも恐らく明日ぐらいまでやろう。
いつまでもこんな無宿な生活なんて送ってられんし俺も故郷に帰りたいと言う気持ちがあった。
ほんなら折角やし日が暮れる前に京の都をぶらつこうと俺は提案した。
久も承諾し俺達は都をぶらつく事となる。
都は人々が行き交い活気がある。
路地では童どもが走り回って遊んどる。
大通りの向こうには山があり、色々な寺社が建ち並んどるが、その中で一際高い重厚な建物が目についた。
五重塔や。
久が言うには法観寺と言う寺らしい。
その少し右横に足場の組まれた大きな建物が見える。
あれが清水のお寺らしかった。
久に行くか?と尋ねるもずっと坂やし遠いから嫌やと言う。
ああそうかと答え歩んでいる大通りのずっと先の突き当たりに昨日行った祇園のお社(八坂神社)が見えた。
「そう言えばな、昨日祗園の社に行ったんやんか……」
俺はポツリと祇園社を見つめ、そう話し出した。
久は俺の横顔を見る。
祇園社で俺は故郷への無事をお祈りする願掛けをした事。
そしてその後に本能寺へ来いと言う不可解な声を聞いたと言う事を告げた。
「……お化け?お化けやん、あはははは」
彼女はそう言い笑うが、
「おもろそう!また行こうや!祇園のお社!」
そう言ってきた。
また……行くのか……
まあ……そこ行かんかったら龍涎香も拾えんかったし久にも会えんかったから。
どういう因果か知らんが観音様のご利益でもあったんかもしらんから祇園社に行く事を俺は承諾した。
大通りを歩いていると相変わらず人々が俺に対し頭を下げてくる。
子供もじーっと俺を見てくる。
ちょっと格好が目立ちすぎやろか。
そんな光景を久は笑って見ている。
まだ日も暮れない内に祇園社にたどり着くと俺は入り口の門の前で一礼をした。
『仏様またお邪魔します』
久も俺を真似て頭を下げている。
「ほんなら、行くか……」
俺はそう言い敷地内へと向かった。
彼女もうんと頷き俺に続く。
門から出てくる老婆が俺を見ると腰を曲げ深々とお辞儀をしていた……
『観音様、昨夜は有り難う御座いました。また御参りに参りました。どうぞ今後とも隣の久とわたしめが無事でありますよう御加護の程、お願い致します』
祇園社の本堂前で手を合わせそう祈ると頭を深々と下げた。
久も手を合わせ祈っている。
しばらくして彼女も祈り終えるともう一度一礼をした。
今回は妙な声は聞こえなかった。
前に見た猫達の姿もなかった。
社を出て通りを歩いていると久が尋ねてきた。
「なにお祈りしたん?」
「言えんわ、観音様に聞いてや」
「観音様?なんで観音様?」
久が俺をじっと見る。
「え?なんでって……観音様にお祈りしたからや」
「祇園さんで?あそこ観音様おらんで?」
「え?!」
俺は思わず立ち止まった。
あははと久が笑う。
観音様がおらん?どういう意味や。
「なんでおらへんねん……」
顔をひきつらせ俺がそういうと、
「お社は神様祀ってるんやで?仏様ちゃうで?知らんの?ふふふふふふあははははははは……」
久が楽しげに高笑いをする。
「ええ?そうなん?俺……観音様にずっとお祈りしてた」
まだあはははと久は笑うが、
「ええやん、あんたの想いは観音様にも神様にも伝わっとるよ」
ほんまかな、とは思うがそうであって欲しいと願う。
しばらく歩いていると久は黙りだした。
俺も黙りだす。
そして、少しの沈黙の後に、
「あんな?うちな?」
久が声を落としてそう言う。
ふと顔を見ると彼女の表情は真顔やった。
なんやろ……なんか重い事を言い出しそうな雰囲気。
「うちな……」
「…………」
俺は言葉が出ずじっと彼女の顔を見詰めた。
「本能寺行きたい」
「……は?!」
何を言い出すのかと思えば……
本能寺に…………行きたいやと?
「は?!は?!」
驚く俺に久は笑みを向けた。
「見てみたいねん!織田信長がお亡くなりになった所!!あんたが戦った所!!」
…………ほんまに?本気で言うてんの?
もう戻りたくないんやが……
下手すると捕まってまうかもしれへんのに。
「本気で言うとんの?お前」
「嘘言うてもしゃーないやん、行こ!」
久が俺の服の袖を掴み強引に引っ張りだす。
「ちょっ!」
「行くで!」
こいつ、なんちゅう強引な女やねん……