1話 本能寺
天正十年六月一日(西暦1582年6月20日)
織田信長は京、本能寺で公家衆の接待をしていた。
挨拶周りの為、公家衆は次から次へと信長のもとへ参っていて、此れをもてなす為に信長は朝から夕暮れまで接待続きをしていた。
時刻は夕刻、酉の六ツ刻(18時)を回る頃、織田信長は夕食にとりかかった。
シーンとした、ただ静かな時間の中。
彼は一言も発する事なく膳の上の京料理を食した。
彼は疲れていた。
ざっざっざっと兵達の足音が延々と鳴り響く。
俺はその兵達の中にいた。
数日前に村に侍がやってきて村の広場に集まるよう言われ、そこで若い男ども全員が亀山から備州に赴くよう出兵命令を伝えられた。
そして今日の夕暮れを過ぎた刻、村の広場に再度集められると無理に戦へと連れ出された。
今は真夜中、ろくに眠ってもいないままに真っ暗闇な街道を延々と歩かされている。
また人を槍で突いて殺さなあかんのか、と気分は優れんかったが、ある峠を越えた時、足軽大将のうるさいおっさんが予定と違う事を叫びだした。
「ええかぁ!これより京へ向かう!天敵を討つとの上様の御意志である!口外無用!これより目についた者誰一人とも逃すべからず!すべて斬れぃ!今より京!本能寺へと参るぞぉ!ええな?!」
京?京へ行くと?
敵が毛利ではなく京におる天敵を討つ?
訳のわからん事を大将のおっさんが叫んだ。
眠気が強く頭がぼーっとするが行き先が遥か遠方の備州ではなく京なら近くて良いわと、そう思い安堵を感じた。
眠いながらも隊列に続くとほんまに京にたどり着いた。
前に数回来た事のある京の都。
まだ夜も明けない都は真っ暗でしーんと静まり返っていた。
どこへ向かうのか?よくも分からず隣を歩いてる奴に訊ねてみようかと思ったが、隊列内でほぼ誰一人と喋らん中、声を掛けるのも気が引けてこのまま身を任せる事にした。
隊列は路地に入り、そしてある大きな大きな寺の前に止まった。
隊列の前の方の連中に対し上の者どもが何やら大声で指示をしとるようやが後方におる俺らの隊には何を言ってるのか全く聞こえなかった。
俺らはただ突っ立ち上からの指示を待っているだけや。
大きな寺を囲んで白い塀の前で突っ立って待っているだけやった。
まだ世も明けない真夜中、闇の中で寺の脇に設けられた松明の灯りを見つめながら……
「ええかぁ!これからこの本能寺に攻め込むぞー!こん中に上様の敵がおる!織田信長やー!今から門潰して中入っていくさかいに!前が入ってったら続いて一気に突入すんぞー!ええなー!」
隊長のおっさんがわめきながら後方の俺らの元に来てそう叫ぶと周りの連中がおおおおおおお!っと叫びだした。
何が何やら分からないままに俺もなぜか声を上げてしまっていた。
集団の心理とはこの事なんやろうか。
パンパンパンと鉄砲の音が数発聞こえた後、うおおおお!と祭の時のような凄まじい男達の叫び声が前方から聞こえてきた。
ドゴーン! ドゴーン! ドゴーン!
門を破壊する音と男達の叫び声が混ざり合い、前方の兵隊の興奮が後方の俺らの元までも伝わり周囲の同じ部隊の連中も声を張り上げる者がちらほらといた。
前列の兵達が門を破壊すると雪崩れ込むように寺内へと入っていった。
後列の俺らもおおおおおお!と声を上げながら破壊され開かれた門内へと槍を持ち突入してゆく。
……なんちゅう広さや……
俺は門をくぐるとまずそう思った。
村の広場の遥か遥か倍以上の広さ。
こんなごっつい寺は初めて目にした。
足軽大将のおっさんが奇声をあげながら軍配を持って右方面へ行け行けと指示をしていた。
俺はおっさんの指示通り門から見て右側の方にスタスタと走って行ったが相手側からの反撃は依然見てはいなかった。
どうせ上のもん同士の争いやろ……俺ら下っぱには関係ないわ。
ただ、もう人を槍で突きとうない。
出来ればどっか端っこで戦っとるふりしてサボろう。
そんな事ばっか考えてた……
現代の亀山は明治時代に亀岡へと改名されましたが、
ここでは亀山の名を使っています。