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異世界からの帰還はパンツのあとで

 俺は死んだ。


「死ぬかと思った」

「死にましたけどね」


 まだ足に棘の入った感覚が残っているような気がする。完全にトラウマだ。もう行きたくない。

 しかもリスポーン地点はあの巨人じゃなくて初期の位置だし。こんにちはパンツで死んだ俺。


「現実からは目を背けて無駄に生き続け、異世界に呼ばれて凄い能力も貰ったのに無能を晒す人って……」

「やめろォ!」


 こいつやっぱり最後に実は黒幕は私だ、って感じで裏切る系の女神じゃないだろうか。執拗に心を抉るのはきっとそのせいだ。俺を呼んだのがこいつじゃなきゃもうとっくにダンジョン突破しててもおかしくないしな。優しくてほんわかした女神様はおらんのか。9万まで回してでも手に入れてやるぞ。


「自分の無能を他人のせいにして全面的に肯定してくれる都合のいい女を求めるって控えめに言って最低の屑じゃありません? あとその9万貴方が払うわけじゃないですよね、悲しくないんですか……」

「あー死んだはい死にました! 俺の心は折れたのであと女神様お願いしますねー!」

「異世界から逃げるな」


 女神スマイルと、無言の圧力。俺の肩に置かれたシュクルの手、その指が万力のように締め付けてくる。逃げることなど不可能な状況だった。


「だってよう、アレ痛いじゃん。どうやって超えるんだよ。もう家に帰ってゲームしたい……」


 崩れ落ちて嘆く俺の傍らで、そっとシュクルが微笑んだ。さすがに反省したのか、今だけは女神感がとても凄い。


「分かりますよ。楽とは甘いものです……だからこそ、恐ろしい労働が必要なのですよ。……愚かな逃避を、忘れるようなね」


 シュクルは笑顔のまま俺の胸ぐらを鷲掴む。そのまま力任せに宙に放り投げられた俺は天井にでも叩きつけられるのかと思ったが、空を飛んだあいつが空中で俺をキャッチ。そうか、女神だし空くらい飛べるよな。でもなんでだ。


「一体何が始まるんです?」

「貴方と貴方の死体で紡ぐ、ハートフルな物語」

「登場人物総勢俺一名」

「ふざけたこと抜かしてないで運んであげますから暴れないでくださいね」


 なるほど女神の高速移動で時間短縮か。いやもう飽きてるだろこの女神。

 今、俺はシュクルに両肩を掴まれぶら下がっている。鳥に捕らえられた小動物の気分だ。ちと体勢的に疲れるが、シュクルの俺に極力触れたくないという意思をひしひしと感じるので我慢しよう。

 考えている間にシュクルは加速し、一瞬でトップスピードまで速度を上げる。車なんて比じゃない、飛行機とか新幹線の速度だ。これはとてもいい。高貴な女神感がある柔らかい手と胸が肩と後頭部に感じるのも含めてな。


「ぽーい」

「おばああああ!」


 いきなりシュクルは俺を爆弾さながらに投下。生まれてこの方鍛えていない耐久力の低い俺の身体は石畳に打ち付けられながら転げ、死体の巨人にぶつかって停止した。全身が痛い。死んだ方がまだましだ。


「何すんだ!」

「聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしまして……死にますか? それとも死にますか?」

「一択じゃねーか。どの道これでは進めんし無駄な時間を使ってしまったな……っく、殺せ」


 もう何度目かの暗転。

 俺は目覚め、シュクルは空を飛んだまま待機している。どうせなら羽根くらい生やせよ。幽霊みたいだぞ。


「さあ行きますよ!」

「おう……おう?」


 シュクルは飛んだまま俺の足元に近づいて、俺の足首を掴む。

 すると、俺の視界はいきなり反転した。なるほど逆さに持てば変なところが触れる心配もないということだな。

 だが甘いぞ女神。貴様がワンピースを着ていることを忘れるな。このアングル、角度、全てが完璧だ。白、圧倒的白。そして太腿、臍、腋。ここが天国か。


「あああああああ!」


 突如加速したシュクルは俺の頭を地面に擦り付けるようにして飛びやがった。あんなん誰だって死ぬ。死んだ。暗転。


「おのれ女神的読心術」

「次変なことしたら、肺と心臓だけを治癒で再生してやりながら爪先からじっくり切り刻んでやりますよ」

「回復魔法の悪用止めて!」


 なんて恐ろしい女神だ。しかも冗談じゃなさそうなのが怖い。

 しかたなく諦めた俺は、譲歩して手首を掴ませることにした。天井が低くて少し爪先が地面に擦れるがしょうがない。

 捕らえられた宇宙人さながらに俺は両手首を掴まれながら空中で揺られ、あの広場に。針山の縁で死んでいる俺の身体は、首から上が無くなっていた。


「殺すにしても、もう少しこう何というか、手心というか……」

「女神の慈悲は頑張った人に与えられるんですよ?」

「っく……おのれ」


 しかしシュクルを恨んで事態が好転するものでもない。ここを突破するには、どうすればいいだろうか。

 針山は10メートルほど。だが床はすべて金属の棘で埋め尽くされている。そのまま歩いて突破は無理だ。


「よし女神、俺を掴まえたまま飛んでくれ」

「嫌です」

「なんでだよ!」

「攻略は自分でどうぞ」

「くそが!」


 しかたない。本当にしかたないが、もう手はない。俺の残念な頭で考えられる方法は一つ、俺の死体を踏み越え足場にして進む。それだけだ。ティウンティウンして身体が消える仕様じゃなくてよかった。

 つまり、ここは俺に任せて先にいけ俺、ってやつだ。

 俺は針山の前まで移動し、息を整える。脳裏によぎるは足を貫いた痛みと記憶。震える俺の手を、シュクルがそっと包んだ。温かい女神の手の平に、慈愛を込めた微笑みが俺に向けられて。


「はよ逝け」

「……はい」


 肉を貫く音が聞こえ、それを最後に俺の視界は暗転。

 初期位置に戻り、シュクルに運ばれ、棘に身を投げる。それを何度も何度も、気が遠くなるほどの時間を費やして、俺はついに広場の反対側にたどり着いた。

 これまで何人もの俺が犠牲になった。何人もの俺の意思を継いで、今の俺がいる。先に進みたいと、綺麗な体のままでいたいと願った俺は棘の海に沈んで、俺だけが生き残った。あまりに虚しく、隣でほくそ笑む女神に拳を一発くらい入れてやろうかと思った瞬間、暗転。


「語りが長すぎますさっさと行きましょう」

「ねぇ今の俺死ぬ必要あった?」


 無慈悲な女神の鉄拳を受けてしまったが、俺は先に進む。移動はシュクル任せで、しかも超えたばかりの棘広場をあっさり飛んで運ばれると虚しさ倍増だ。泣きたい。


「はい、次でラストですね。もう少しです」

「マジで!」


 歓喜に声が震えた。もうすぐこの地獄のような場所から抜け出せるのだ。嬉しいに決まっている。

 そうと分かればすぐにでも移動だ。城門風のゲートを潜り、俺は先に進む。また殺風景な一本道に、だが真っ白な石の壁はいかにもラスボスな雰囲気がある。

 しばらくは直線、それから下層へと続く長い階段を降りて、最後の段を踏み越えると大きな木の扉が俺を出迎えた。この先が終点。思わず緊張し、俺は生唾を飲み込む。

 だがシュクルは素知らぬ顔で前に出て、両手を張り手のように突き出して扉を開け放った。いや、吹き飛ばした。相変わらずなんてパワーだ。


「たのもー」

「弁償しろよお前」


 ぴょんと跳ねながら扉のない入り口を通り入室するシュクル。その後ろについて部屋に入った俺は、視界に広がる光景に思わず目を見開いた。

 さすがに、これはないだろう。ありえない。こんなことが──


「うおい馬鹿野郎! ラスボス瀕死じゃねーか」

「あ……」


 玉座らしき場所に座る魔法使い風のローブを纏った大男。明らかに強そうなやたらと綺羅びやかな格好に、魔法攻撃力が高そうな杖。どう考えても俺の倒せる相手ではないのだが、彼の身体には二枚の扉が刺さり、体力ミリ残しで耐えているような感じだった。

 

「さ、さあ……最後の戦闘です、頑張ってください」

「何やらかしたみてーな顔してやがる反省しろ」


 あ、目を逸らしやがった。まあいい、瀕死なら俺でも勝てるだろ。


「すごーい、同定さん敵の体力は残り1です。がんばれがんばれ!」

「必死で誤魔化そうとしてるな……」


 HPは1。つまり殴れば終わる。楽勝だぜ。

 俺は堂々と玉座に近づき、拳を構え、力をためて、気合を込め、杖につつかれて死んだ。暗転。


「うおいいいい! 何なのエリアの傾向真っ黒なの? 強すぎない?」

「魔法使いに物理で負ける無職……」

 

 駄目だ、近づくと殺られる。だが飛び道具など──あった。俺がいるじゃないか俺。俺を放って突撃、これだ。

 俺はシュクルに頼み、渋々ではあったがパン死した死体ごと俺を運ばせる。そしてラスボスの間に再来。

 杖のリーチの外から俺は俺を担ぎ上げ、そして潰れた。重すぎる、一体俺の中に何が詰まっているんだ俺。投げ飛ばすとか無理じゃないのか。

 だが近づけば即死。どうする腕とか千切って投げればいいのか。いや駄目だグロすぎる。


「ふぁ……じゃあ貴方が持ってる時だけ死体の重さを無くしましょう」

「おい今、欠伸したな。飽きてるだろお前」

「さあ、勇者よ。悪の王を倒すのです」


 無視しやがった。まあいい、なんだかんだで手伝ってくれるシュクルにも少しは感謝して今は見逃してやろう。

 俺はもう一度俺を持ち上げ、綿毛のように軽くなった俺を掲げて投げ放つ。俺は見事ラスボスに直撃。だが、依然奴は息をしている。


「1ダメージも与えられないって貧弱すぎません?」

「うるせーな! レベル1で100のやつに挑むようなもんなんだから仕方ないだろ!」


 まだ敗北ではない。一体で駄目なら十体。それでも駄目なら百体用意するだけ。

 そうと決まればと、俺はシュクルに身体を向け両手を広げる。


「さあ、俺を殺せ!」


 暗転。そしてラスボスの場所に移動。暗転。これを百回。

 無数に築き上げられた俺の死体にラスボスもなんか、うわぁ俺の部屋汚さんといて、みたいな顔になってる。さっさと終わらせてやろう。


「さあ、この無数の俺が見えるかラスボス! 俺達が力を合わせれば1ダメージなどすぐよ!」


 俺はひたすら俺を投げ続けた。十体。三十体。五十体目になって、あれ0ダメージだったら意味なくね、と絶望の声が頭の中に響き、八十体目を投げた頃には俺の目は死んでいた。


「はちじゅういち……」

「同定さんが同定さんを投げるだけの機械になってる……」


 思考が停止し、俺は俺が無くなるまで俺を投げ続けた。そして。


「百!」

「があああ!」


 最後の俺の直撃に、叫び声を上げ俺の血で真っ赤に染まったラスボスが消えていく。

 だが──俺は見てしまった。当たる瞬間、奴は自分の杖を爪先に突き立てていたのを。あいつは、俺を思い自害してくれたのだ。なんて優しいラスボス。あいつこそがヒーロー。俺は涙を流しながらラスボスの死に際を拍手で見送った。


「ぱんぱかぱーん! げーきはー」

「ああ──安心した」

「同定さん生きて! まだ終わってませんよ!」


 虚ろな目で佇む俺の肩をシュクルが叩く。そうかボスを倒すんじゃなくってスイッチを押すまでが俺の役目だったな。

 さてそれはどこかと探してみると、玉座の背もたれで自己主張の激しい赤いスイッチを見つけた。


「これ押しちゃ駄目なやつだ!」

「爆発オチじゃないので押してください! このダンジョンの機能を停止させるスイッチですよ!」

「いいや絶対爆発するね! 俺には分かる!」


 断固として拒否したいところだが、そもそもこれ押さないと帰れないからな。

 諦めて、俺は玉座のスイッチを押す。すると身体が謎の浮遊感に包まれ、景色が暗転ではなく真っ白に。だが視界ははっきりしていて、目の前にはちゃんとシュクルがいる。


「ご苦労さまです、むしょ……勇者様」

「おい、今……」

「あー、あー、聞こえません聞こえません。電波の状態が悪いみたいで」

「眼の前にいるのに電波ってなんだよ……」


 わざとらしく耳に手を当てる女神。でも、何度もこいつに殺されたがこれでお別れなんだよな。そう思うと、少し寂しくもある。

 てか短すぎるだろう。そもそもダンジョン一つ攻略するのに呼び出されるってなんだよ。


「ほら、最近の少年少女たちや有能なおじさまおばさま方は駆り出されまくりで品薄でして。彼らも世界の命運をかけた戦いが~とかスローライフを楽しむ~とかで忙しいので辺境のダンジョンまで手が回らないのです。だからこうして30間近の無能を連れてくるしか……」

「ああ……そうなんだ。行方不明事件やトラックの衝突事故多発で今日本やばいもんねなんとなく分かってた……」


 色んな意味で悲しい気持ちになった。早く帰ってゲームしよう。


「ああ、さすがに可哀想ですしなにか報酬はいりますか? 8000円くらいでどうです?」

「現金かよ! なんかこう、もっとなんかないのかよ!」

「じゃあ家の外に出る勇気?」

「あ、そういう現実的なのは無しで」


 むむむ、と唸るシュクル。顎に手を当てて眉を寄せる仕草はまあまあ可愛い。外見は金髪美少女なのだ当然ではあるのだが。

 ふと身を捩った彼女のワンピースが翻り、僅かに生足が覗いた。さすが女神だ、手入れするまでもなく最高の状態に保たれているのだろう。雪みたいに真っ白な足だ。 

 目を閉じ、俺はこの世界で最初に目覚めた時の記憶を手繰り寄せる。あの程よい肉付きの艶やかな太腿の更に上、秘部を隠した薄布を。 

 そして俺は胸中に渦巻く欲望、猛るままにその想いを口にする。


「じゃあパンツ見せてください!」

「30間近になって女の子に望む願いがそれって変態ですか!」

「そうだ!」

「即答しないでください!」

「日本の男を舐めるな! 無理矢理にでも拝んでやる!」


 シュクルにダイブする俺に、物理全振り女神は回し蹴りの返答を返した。

 その時一瞬見えた白の輝きと、目覚めたベッドの上で感じた首の痛み。この貴重な体験と生々しいパンツの記憶を、俺は一生忘れない。特に後者。

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