攻撃力全振り女神をけしかけ物理で殴らせる
「話も足も進まねぇ」
「誰のせいですか誰の」
見事復活を果たした俺は、直後に膝から崩れ落ちた。だってもう精神が疲弊しすぎている。この女神が最初のボス的な立場じゃないんだろうかこれ。
しかも、どうやらこの復活能力、復活は出来るが死んだ身体はそのまま残るらしい。あれ、つまり前の俺はあそこに倒れているわけでこの俺の体は新品でじゃあ今考えている俺は前の俺なのかそれとも──
「それ以上、いけない」
女神が力強く俺の肩を掴み、笑顔に無言の圧力をかけて迫る。
そうだな、考えない方がいい。たぶん、きっと。
だけどこれで、もう何も恐くないな。第3話でもないし安心だ。
「とりあえず進もう、うん」
「その調子です! ふれーふれー!」
調子のいい女神を無視して、俺は通路を進んだ。ここはダンジョンらしいが今の所一本道、景色も何もなく赤茶の石畳が続くだけはさすがに10分もすれば飽きてきた。
だが女神と口を利けばまた俺の神経が削ぎ落とされるだろうし、せめてこう無難な話題はないもんか。
と考えて、そういや女神の名を聞いてないなとふと思う。
「お前の名前は?」
「女神にお前って控えめに言って結構失礼すぎません? まあいいです許します。私の拳が許すかはわかりませんが。ともかく、私の名前は佐藤です」
「和風!」
「嘘ですよ、常識ないんですか。私は、シュクル。短いお付き合いですが覚えてくださいね」
言って、この毒舌女神──もといシュクルは悪戯っぽく微笑んだ。
顔と身体はいいんだが、いかんせん性格がな。
「好みの判定を下半身に任せ過ぎじゃありません? そんなんだから童貞なんですよ」
「童貞ちゃう同定や」
ツッコミを入れて、俺はさっさと前に進む。このダンジョンの深さが分からない以上、時間をかければ先に俺の神経が参ってしまうかもしれない。色んな理由で。
そうしてしばらく進むと、ちょっと広い部屋に出た。明らかに異常な空気、これは──単に埃っぽいだけだ。しかしきっとここはボス部屋だ。そうに違いない。だってなんか奥にいるしな。
そこまで考えて、俺は女神に向き直る。
「待って、ボスは駄目でしょ」
「貴方の拳は何のためにあるのです? 人の子よ」
「悪いが箸より重いものを持ったことがなくてな」
「え……小学校の時、掃除の時間とかで机移動させたりしなかったんですか? まさかその頃からあなたは……」
「待って、今そういう話は待って」
俺のMPが減る前にシュクルを制して、俺は部屋の奥を凝視。どうやら大盾を二枚両手に構えた巨漢のモンスターのようだ。
シュクルは戦う気など欠片もないのか後方に下がり、俺は一人取り残される。そんな俺を狙って、ボスは3メートルはあろうかという巨体で軽々とジャンプすると、一息に俺の目の前までやってきた。
このままでは殺られる。即座に理解した俺は右の拳を振り上げ疾駆。大盾の隙間を縫い懐に入り込み、全力でがら空きの腹部を殴打した。
瞬間、ボキ、と小気味いい音が。ぷらぷらと虚しく揺れる右手を見て、俺はゆっくりシュクルに顔を向け。
「……折れちゃった」
直後、俺の頭を大盾が押しつぶし、世界が暗黒に包まれた。
「ぬわあ!」
飛び起きて、周囲を見渡す。右よし、左よし、シュクルよし。だがここはボス部屋ではない。最初の通路だ。なにせ俺の死体が積まれてるからな。
「ちょっとちょっと、シュクルさん」
「なんでしょう?」
「何でしょうじゃねーよ、リスポーン地点おかしいだろ」
「もしかしたらあれを倒せば中継地点だったかもしれない……」
畜生、チェックポイント手前で死ぬやつか。だがあれは無理だ、俺には倒せない。
「もしかしたら復帰しても敵のHPは変わらない仕様かもしれない……」
「仕様とか言うな。……でもあれどう考えても1ダメージも与えられてないよね」
最初の壁でいきなり躓いた。そもそも武器もなしに戦える相手ではない。てか高防御耐久系をステの低い内に出すのはおかしいだろう。いや、ゲームじゃないからそういうのもあるのか。しかし、手詰まりだ。
「そうかわかったぞ!」
「なにか妙案でも?」
「今はじめてお前以外の原因で死んだからその辺で武器が拾えるようになってたりしないか?」
「は?」
「せっかくだから俺はこの杖を選ぶぜ」
と、意気揚々に周囲を探しても、あるのは俺の死体だけ。夢と違って現実は非情である。
「ねぇどうすんのこれ……詰んでんじゃん」
「諦めますか?」
「諦めていいの?」
「だーめ」
可愛らしく言ったつもりだろうが、こっちは笑えない。
これがブラックな職場というやつか。俺は死ぬまで働かせられるじゃなくて死んでも働かされる、だが。
観念して、俺は再びボス部屋までの道のりを歩いた。いくらでもリトライできるなら、何度でも挑んで俺の能力でも突破できる方法を模索するしかないか。幸いリスポーンすると体力は回復するので移動で疲労が蓄積するということはなさそうだ。これはありがたい。
「来たな……シュクルは下がっててくれ!」
「もう下がってますけどね」
「薄情者!」
再度ボス部屋。敵は強大で、とてもではないが殴り合いでどうにか出来る相手じゃない。
ふとそこで──巨人の奥に扉を見つけた。何度も死ぬ手間が省けたぞ。あそこにたどり着けばいいのだ。ならばと、俺は身構えたまま両手を広げる。
「さあ来い! 俺が相手だ!」
目論見通り、巨人は先ほどと同じ動きで大きく飛んで、俺は奴が空中にいる間に扉へ全力疾走。あとちょっと、手を伸ばせばもうすぐ。
そこで俺の視界は暗転。着地した巨人が盾を投げたのだ。隙が無さすぎる。
「くそ、最初の敵の強さじゃねぇ!」
なんか倒す方法はないのだろうか。巨大な宝石っぽいのを相手のエリア中央に投げて種をぶつけると瞬殺できるとかそういうやつ。
いやこのダンジョンはマスで戦うタイプじゃないから無理だ。ならあとはなにか使えるものは──あるじゃないか。俺の死体だ。
俺は俺の死体を引きずり再び巨人の元へ。シュクルが変な顔で見ていたが、読心術があるんだ言わなくても分かるだろ。
巨人が俺を発見すると、俺の死体を前に突き飛ばして俺自身は少し回り込むように移動。よし、巨人は死体の方の俺に近づいている。巨体系は知能が低い、読み通りだ。
その隙に俺は走り、扉を抜ける。この大きさなら巨人は通れない。よし、勝った。
「え? あれ?」
きょとんとシュクルは目を丸くする。俺の死体を潰し獲物が無くなった巨人は狙いを女神に定めたのだ。後ろで眺めているのが仇になったな馬鹿め。
だがいいさ、女神なんだし死ぬことはないだろう。さあこの辺で一つ防具破壊的なアレで醜態を晒すがいい。俺も安全圏で見物してやる。
「フンッ!」
「ンゴゴー!」
鉄拳の一撃。女神の拳は空を裂き、鋭く踏み込んだ足が石畳に亀裂を走らせ、衝撃は金属の大盾を貫き巨人を天井高く打ち上げた。
巨人は地面に叩きつけられると、ピクリともせず沈黙。死亡確認。
呆然と眺めていた俺は、我に返りありったけの声量で叫ぶ。
「最初からお前が倒せよ!」
俺の叫びはボス部屋に虚しく響き、シュクルは素知らぬ顔で隣に肩を並べた。もうこいつがやればいいんじゃないのか。
「今のは正当防衛ですから。メガミ、イキモノキズツケナイ」
「俺は生き物じゃないのかよ……俺にだって命はあるんだぞ。いまはたくさん」
「無職に──」
「やめろ! もういい! わかった!」
シュクルの言葉を遮って、俺は次なる領域に足を踏み入れた。
石造りなのは変わらず、だが今度はだだっ広い空間に階段やら建造物やらどっかに繋がっている扉やらと探索に時間がかかりそうなのは目に見えた。でも、ちょっとこういうのはファンタジーらしくていい。
「どこが奥に繋がってるんだろうな」
「あっちですね、はい」
シュクルは迷いなく俺の視線の先を指さした。広場のような場所を超えた先に、城門風の建物が見える。
「え、敵は倒さないのに道は案内するのか」
「だってちょっと飽き──こうしている間にも外の世界では苦しんでいる人々がいるのです。ならばこそ、神が迷える者に道を示すのは当然では?」
「おい今何言いかけた」
「てへ」
笑って誤魔化すシュクルを一瞥して、俺は広場に入る。一見なにもないただ広いだけの円形の広場だが、そういうのが逆に怪しい。
俺は広場の端を通って行くことにした。慎重に、床の色がちょっと変わってないかとか不自然に窪んだところがないかとかを確認して、一歩を踏み出す。
すると足が付くはずの地面がいきなり消えて、代わりに現れたのはでかい剣山みたいな床だ。一面にシュクルの腕ぐらいはありそうな太い──いや、ここは細いと言っておくが棘が生えてて、俺は足を戻すことが叶わず踏み抜いてしまう。
「いってええええ!」
「あらー」
「あらー、じゃねぇよ! つ、痛覚! 痛覚遮断とか出来ないの?」
「いやそんな……こうした方が手っ取り早いでしょう?」
にっこりと、女神スマイルで。シュクルは右の拳を振り上げた。
ああ──それだけで理解した。この女神は、俺を殺そうとしているのだと。
「う、うわああああ! 次の話で殺される!」