起きたら…起きたのに…白パンツなの
目が覚めた。やたらと背中が冷たい。
瞼を開ければ、目の前にはパンツ。いきなりパンツだ。しかも女の。
色は白、飾り気のないいかにもアニメのメインヒロインあたりが履いてそうなシンプルなやつ。だがそれが良い。
なんてパンツにばかり気を取られていたが、どうやら俺の頭を跨ぐように女の子が立っているらしい。どんな状況だ。
ともかく、これが夢だろうと現実だろうとやることは一つ。そのへんにスマホ置いておいたはずだからカメラに収めねばな。顔が見えぬからこそ引き立つエロスもある。これは使える。
そうして俺が起き上がろうと体を動かしたその時だ、パンツから声がした。いや、訂正。パンツを履いた女の声だ。
「うわ、なんてタイミングで起きるんですか! 死ね!」
え、いきなりなんかひどくない。
しかも罵声だけならまだしも、女は俺から飛び退いて距離を取るなり首を踏みつけやがった。全体重を片足に預けた一撃はいとも容易く俺の首を折り、そこで俺の視界は暗転。
だが意識はある。やはり夢だったか。あれほど生々しい食い込みを再現するとは、俺の夢創造力も高次の領域へと至ったようだ。実に誇らしい。
「む……?」
誇らしげに胸を張っていると──といっても体の感覚がないから張る胸もないのだが、ともかく視界が戻った。ついでに体の感覚も。
しかし、そこはさっきと変わらぬ場所。だと思う。床に寝転ぶ俺の背中に感じる石のように固くて冷たい感覚はさっきと同じ。周りはどこを見渡せども石積みの壁と天井。たぶんどっかの通路。間違いなく俺の部屋ではない。
と、分析する俺の傍で、声が聞こえた。
「同定さん……聞こえていますか……私です、女神です……今あなたの心に直接話しかけています」
うん、そりゃ耳元で囁かれてるから聞こえないわけないんだがな。
女神(自称)は俺の頭の傍で屈み囁いている。何したいんだこいつ。
「何の用だ、白パン」
「…………えい!」
俺の顔面に拳が降り注いだ。また暗転。
景色が戻ると、なんと今度は俺が立っている。なお俺とは俺自身のことであり、ある特定の部位を指して言っているわけではない。字が違う。
二本の足で俺は立ち、目の前には純白のワンピースを着た金髪美少女。この変化はつまり、気の遠くなるような回数のループを重ねた影響で運命が歪み手繰り寄せられた新たな可能性のルート。胸が熱くなるな。
「そんな壮大な話じゃないので私の話聞いてもらっていいですか?」
あっさりと否定された。しかもこいつ心を読んでやがる。
「ええ、なので一切口開かないでも構いませんよ。むしろぼそぼそ喋られてもウザいし聞き取れないので心の中で話してください」
「口悪いなお前!」
思わず叫んじまった。慈悲深いお母さん的な女神様とチェンジできんのかこれ。
「まずあなたのその残念な頭をチェンジしては? というか話を進めたいのですけど」
「うぐう、分かった。どうぞ」
手を出して促すと、女神(自称)は両手を広げ満面の笑みを浮かべる。正直かわいいと思うが、顔面を殴りつけるヤベー白パン女だ。
「えい!」
「ぐおう!」
白パンに腹パンされた。暗転。
何度めかの目覚めに、女神(自称)は拳を構えファイティングポーズで出迎えてくれる。なるほど物理特化型か、手を出すのはマズい。攻撃より口撃を重視すべきだな。
「お話しても?」
「……はい」
こほん、と女神(自称)は咳払い。するとまた両手を広げて笑顔だ、あれ絶対しないといけないやつなんだろうか。
「おめでとうございます! 夢色同定さん、あなたは見事このダンジョンを攻略する英雄として選ばれました!」
「ほう」
「そこで同定さんには、このダンジョンの最奥にあるスイッチを押しに行ってもらいます」
「なるほど」
ボスを倒すとかじゃないのか、拍子抜けだな。だがそれはいい、これはあれだろう、今流行りの異世界なんちゃらとかいうやつ。アニメで見た。
だが転生ではないだろう。部屋の中で突然死とかしてないはずだし、そもそも俺の身体のままだし。じゃあ転移になるのか。いや、そもそも夢という可能性が否定されたわけでもないが。
「夢ではありませんよ。一時的にこちら側へ呼び出しただけです」
「なるほど理解した。で、あとはチート能力だな? 全盛りで頼む」
「は?」
なんかちょっとキレ気味に言われた。さすがに全部は駄目か。
「いや一つだろうとあげませんよ。30手前にもなって家にこもりきりの貴方にそんなことが許されるとでも?」
「急に現実を叩きつけるな。精神攻撃でMPが減る仕様なら今ので0だぞ俺」
この女神(自称)は口撃力も強かった。こまった、ちょっとかてない。
「いいから早くダンジョンの奥に潜ってください。こっちも暇じゃないんですよ」
「じゃあお前が行けばいいだろう」
「30近くになるまで人生楽してきたのに異世界に呼び出されても人任せで楽をしようと?」
「止めてくれ女神、その言葉は俺に効く」
仕方ない、やるしかないか。どうせ女神様は手を出せないとかそういうルールかなんかがあるんだろう。たぶん。
「大丈夫です同定さん、チートな能力はあげられませんが貴方にはこのダンジョンを攻略するための力を授けました」
「チート未満の力か。いいぞ、どんなのだ?」
「何回死んでも復活出来る能力です。さっきも私が三回くらい殺しちゃいましたけど復活したでしょ?」
どう考えてもチートです。それとも何かこの異世界はその程度はチートにすら入らんレベルの能力が跋扈してる世界なのか。
「いえ、そんな。だってこうでもしないと低能力者過ぎて生まれるべきじゃなかった同定さんじゃダンジョン攻略できないでしょう?」
「他よりレベルが低くてより自由にステ振り出来るかもしれないだろ!」
「家で寝るかゲームするかアニメ見るかの貴方に経験値的なものが蓄積されてるとでも……?」
「こ、これからがんばるから……ほんとだから」
沈痛な面持ちの女神に、俺も一緒に肩を落とす。これ以上ここに留まっていると俺の精神がおかしくなりそうだ。
とにかく進もう。進んで、進んだ後はどうするんだろうか。
「即帰って頂きます」
「せめてお礼は……?」
「なんですか、やだかっこいい大好きこれから一緒に暮らしましょう、とかそういうの期待してるんですか気持ち悪い歳考えてください」
「歳なら女神の方が俺より数百倍は多いだろ!」
やばい、女神の目が据わった。だが死なない身とあれば俺も本気で行く。
「テメェなんか怖くねぇ! 野郎ぶっ殺してや──」
「らァッ!」
ワンパンだった。