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成金悪役令嬢は駆け落ちしたい!

作者: 守田優季

 馬車を降りたアンナ・クローデルの目に飛び込んできたのは、今まで住んでいた家の何倍も大きなお城のようなお屋敷だった。アンナの父であるアルフォース・クローデルが嬉しそうにアンナの頭を撫でながら、今日からここが新しい我が家だよ、と告げる。


 ――見たことがある。このお屋敷を昔に。あれは確か――……


 その瞬間、アンナは前世に読んでいた少女漫画の世界に、悪役令嬢として生まれ変わったことを理解した。思い出したのだ、全てを。

 

 アンナの前世は、少女漫画が大好きな普通の高校生だった。名前は柏木杏奈(かしわぎあんな)。杏奈のお気に入りの少女漫画『薔薇色の運命をつかまえて』、それにアンナ・クローデルは主人公ローズ・マリエットと最終的に結ばれる伯爵子息ロベルト・ハインツの婚約者として登場する。


 アンナは主人公の前に立ちはだかり、ロベルト様は渡さないとばかりに牽制をする。嫌がらせをしたり、嫌味をこれ見よがしに言ったり、でも全て無駄に終わる。ロベルトに婚約を破棄され、同時に父の事業が失敗して没落するという悲しい結末を迎える。


 全てを思い出したアンナは、しばらく考え込んでから何か思いついたように顔を上げた。


「そうだ! 駆け落ちしよう!」




 それから二年、アンナは十四歳になった。


 今日はアンナとロベルトとの婚約が成立後初めての顔合わせだ。アンナが怠そうにぼけーっとしているので、従者のジャン・ブローシュがそっと耳打ちをした。


「アンナ様、今日は大切な顔合わせですよ? 第一印象が大事なんですからもう少し、背筋を伸ばして……」

「はいはい。わかってますよ。……ねぇ、このドレスどう思う?」

「え……? とてもよくお似合いですよ!」

「そういう社交辞令はいらないの。ジャンの感想が聞きたいのよ!」

「は……はい、すごく良くお似合いです」

「同じじゃない……」


 アンナはため息をついて、そしてまたジャンを見つめた。アンナはこの従者、ジャン・ブローシュのことが好きなのだ。片思い歴四年。しかし悲しいことにアンナの好意はジャンにまるで伝わっていないと見受けられる。

 それは仕方ないことだ。二人には主人と従者、という大きな身分差が存在する。二人が結ばれることはない。本来ならば。


 しかし、アンナは結ばれる可能性があることを知っている。そう、アンナは婚約を破棄され、没落する運命にある。没落はなんとか回避したいところだが、婚約破棄は漫画通りになってもらいたいとアンナは考えている。


 理想としては、新事業を力づくで阻止することで父の怒りを買い、時同じくして婚約破棄。実家での居場所も嫁ぎ先も失ったアンナは愛するジャンと駆け落ちをする。子どもにも恵まれ、慎ましくもあたたかい家庭を築き、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。おしまい。


 ――完璧な計画ね。でも問題が一つだけ……。


 そう、駆け落ち相手のジャンがアンナの気持ちに気づかず、恋をしていないとアンナは思っている。婚約破棄まであと二年。二年の間にどうにかジャンに振り向いてほしいという切実な願いが、アンナにはあった。野望と言ってもいいだろう。


 アンナがジャンと出会ったのは、今住んでいる大きなお屋敷に引っ越す前。


 アンナの父はしがない貿易商人だったが、運がよかったのか一攫千金、貴族と並べるだけの財と地位を手にした。いわば成金である。そして父は考えた、アンナを貴族に嫁がせようと。そのためには教養、マナー、立ち振る舞いを美しく優雅に強制し直す必要があった。まず形からはいる父は、アンナに御付きの従者をあてがった。それがジャン・ブローシュだった。


 ジャンは庭師の息子で、礼儀正しく物腰柔らかな美しい中性的な少年だった。アンナは一目見て、ジャンを気に入った。たぶん一目惚れだった。いつもそばにいて、教養やマナーのレッスンが嫌で泣いたときは励ましてくれた。寂しいときは手を繋いでくれた。楽しいときも悲しいときもジャンがいつも隣にいた。


 だけど、アンナはわかっていた。アンナとジャンは結ばれないことを、この恋は叶わないのだと、だから諦めると決めた。結ばれることは叶わなくとも、そばにいられればそれでいいと自分に嘘をついた。


 だから、前世を思い出し、この恋が叶うかもしれないと分かったときは、我を忘れる程嬉しかった。


 でも、うまくいかない。アンナはジャンに思いを伝えることができない。ロベルトの婚約者という立場があるから。今思いのたけをぶつけたところで、冗談ととられるに決まっている。それにもし、ふられてしまったら、とても生きていけない……。


 ――自分で言うのもあれだけど、私って美人よね? 長くつややかな黒髪も、お母様譲りの若葉色の瞳も、白く滑らかな肌も魅力的なはず。まあ悪役令嬢ってだけに目は若干つり目だし、愛らしいというよりはクールで冷たい印象を与えてしまうみたいだけど。はっ! もしやジャンの好みじゃないとか? もっとたれ目で守ってあげたくなるような可愛い子が好きなのかな?


 アンナの脳裏にローズ・マリエットが浮かんだ。ふわふわの金髪にくりくりとした大きな瞳。お人形さんのように可愛い女の子。


 ーーわかるよ。わたしも漫画を読んでいて、ローズちゃんのこと可愛いって思ったもの。でも、やだよ。そんなの。


 アンナは恨みがましく、ジャンを見つめた。ジャンは何がおかしいのかくすりと笑った。えっ何か顔についてる? と思いアンナは顔をペタペタ触って確認をしはじめた。この恋に、春は来るのだろうか。




 アンナは無事にロベルトとの対面を済まし、いつもの日課のお裁縫に勤しんでいた。


 駆け落ちをするからには手に職をつけなければと考えたアンナは、前世で得意だった裁縫で生計を立てようと考えた。服飾は衣食住の衣、需要があるし、女性が稼ぐにはもってこいの職業だった。

 ベッドのクッションカバーや、カーテン、ドレスワンピースだって作れるようになった。

 これでいつでも駆け落ちできる。ジャンがその気になってくれれば。そんな願いも空しく、ジャンはアンナの気持ちを理解しているそぶりはない。ただ、時折アンナをまぶしそうに見つめることがあった。そのことに、アンナは気づいていない。



*******



 時は流れ、ついに漫画のヒロイン、ローズ・マリエットが登場した。実物のローズは漫画と同じく可憐で心優しい女の子だった。


 アンナは漫画でローズをいじめていた。でもそれをするは必要ないとアンナは考えていた。きっとロベルトとローズはわたしという障害がなくとも惹かれ合うはずだという、確信めいたものがあった。


 それに漫画のロベルトもローズも寛大で、アンナにローズへの嫌がらせの責任をとらせなかった。婚約者がいながら他の相手を選んだ私の責任だとロベルトが言い、ローズもその言葉に頷くのだ。


 ーーできれば、円満に婚約を解消して、二人を祝福したい。そして、二人のようにわたしたちも……。


 アンナはちらりと一歩後ろに下がって立っているジャンを見る。ジャンはローズを見つめているではないか! なんということだろう。アンナはふらりと立ちくらみがして、ジャンに寄りかかった。しっかりとアンナを支えたジャンの口角は……上がっていた。



*******



「アンナ、申し訳ない……。すべて俺の責任だ」


 ロベルトは心底申し訳なさそうに言葉を紡いでいる。アンナは黙ってまっすぐにロベルトを見つめた。


「真実の愛を見つけたのだ……。私はローズ・マリエットを心の底から愛している。だから、アンナ。勝手は百も承知だが、婚約を破棄させて欲しい。それ相応の慰謝料は支払わせてもらう」


 その言葉を聞いて、アンナはにっこりと微笑んだ。


「真実の愛! なんて素晴らしいのでしょう! 了解いたしました」


 アンナの言葉にロベルトは口を開けてポカンとしている。無理もない。婚約を破棄されて嬉しそうな令嬢など、どこにいるだろうか。……ここにいた。


「慰謝料はいりません……と、言いたいところなのですが、私の家は成り上がりの商家でして、いつお金が入り用になるかわかりません。ですので、いただいてもよろしいでしょうか……?」

「勿論だ! 是非受け取ってくれ」


 こうして、無事に婚約を取り消し、晴れて自由の身になったアンナは没落する可能性がある実家を立て直せるだけのお金を手に入れることができました。


 さてさて、アンナの父、アルフォースはというと、アンナの新事業はやめておけと言う言葉に怒るどころか、そうだな! さすが我が娘、経営の才能があるんじゃないか? と大喜び。どうやら、愛娘が自分の仕事に興味を持ってくれたのが嬉しかったようだ。


 よって屋敷での居心地は良い。婚約破棄と言っても、円満解決だったので周りから噂をされることもなく、ローズとはたまにお茶会がてら一緒にお裁縫をする仲になった。アンナの部屋にはその時つくったくまやうさぎのぬいぐるみが飾られている。



 ーー全てが順風満帆、ハッピーエンド? じゃ、ない!!


「駆け落ちしたい!」


 屋敷の廊下でアンナは叫んでいた。後ろをついて歩いていたジャンが、うわっ! と小さく驚いたのがわかった。初めて会った日から変わらず、アンナのそばにはジャンがいた。


 ーー駆け落ちしなくとも、そばに居られれば……それで……それだけでわたしは……。でも、わたしもずっと独り身でいるわけにはいかないし、ジャンだってローズちゃんのようなふわふわ可愛い女の子と結婚するかもしれない。


 アンナは涙が出そうになるのをぐっとこらえた。沈黙の中、ジャンが口を開いた。


「アンナ様。これからどうなさるおつもりですか?」

「え……?」


 ジャンはなにやら不敵な笑みを浮かべている。何か企んでいるのだろうか、とアンナは考え眉をひそめた。


「それでは、私はこれからなにをするつもりでしょうか」

「?」


 ーーそういえば、ジャンは外出が増えた。なにやら勉強や剣技の指導を受けていたような……。


「宮廷直属の騎士の募集がありまして、ロベルト様のお力添えのおかげか、無事この度、ジャン・ブローシュは宮廷直属の騎士となりました」

「えええええええええっ」


 アンナの奇声は屋敷に響き渡った。


「きっ聞いてないわ! それにロベルトの力添えって何よ!」

「はい。言ってませんので」


 ジャンは悪びれもせず笑みを浮かべている。アンナはその態度にますます困惑した。


「いっ……言いなさいよ!! じゃあお父様にも言っていないの!?」

「いえ、旦那様には既にお伝えしてあります。それに……」

「それに……?」


 困惑したままのアンナの前で、ジャンがスッと立膝をついた。そしてアンナの手を取り、手の甲に唇をつけた。


「ひゃっ!」

「アンナ様、私はしがない庭師の息子でした。でも今は宮廷騎士です」

「は、はぁ……」


 ーー何が起こっているのか頭がついていかない。


「私と婚約して欲しいのです。お受けしていただけませんか」

「……っ」


 ーーどうして。夢でも見ているの?


 アンナは目から涙をこぼした。嬉しくて、でもまだ頭が追いつかなくて、でも触れられた手は熱くて。


「……はい」


 叶ったのだ。口に出すこともできなかった、諦めようと一度は思った初恋が。






「ところで、ロベルトの力添えってなんなの」

「ああ、実はロベルト様が、アンナとジャンは両思いだろう? 真実の愛は結ばれるべきだ。私に任せろとおっしゃられまして……」

「なっ……なんで!? どうしてロベルト様にわたしがジャンを好きだってばれているのよっ」

「さぁ……アンナ様はわかりやすいですから」

「どこが! それで、お父様はわたしたちの婚約についてなんて言っているの?」

「ええ、アンナ、長年の初恋が実ってよかったなとおっしゃっておりました」

「きゃーーーっなんで!? お父様まで知っているの? 誰にも言ったことないのに!」

「奥様もお兄様方も、祝福してくださいました。あとローズ様から、恋愛相談をしてくださるのをずっと待っていたのに水臭いですよ、と伝言を預かっております」

「……っ」

「どうかなさいましたか」


 心底楽しそうにアンナを見つめるジャンに、アンナは顔を真っ赤にして言った。


「かっ駆け落ちしましょうっ! 恥ずかしくってとてもここにはいられないわっ」

 読んでくださり、ありがとうございました。続編、もしくは連載版を書こうかと思っていますので、またお目にした際は読んでいただけると幸いです。

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