~初日~ 入学式後
入学式が終わると、ひとまず解散となった。一旦自分の部屋へと行き、荷物の整理等をするためだ。その後、運動着着用の上で午後から再びグラウンドへ集合、というのが本日のスケジュールとなっている。僕もひとまず自分の部屋へと向かう。
この学園に関してもう少し解説しておこう。この学園は全寮制を取っている。当然男女別の建物で寝泊りすることになっている。生徒たちは基本的に各国から一人で出てきている訳だから、寮制をとるのは自然なやり方ではある。男女別というところも特に引っかかるようなところではないだろう。そして、寝所は別だが講義等は合同だ。この学園に入学して暫らくは、新入生全員でまず基礎的なことを学習することになる。その後、各教員に割り振られ、その割り振られた指導教員のもとで専門的な指導をうけつつ、総合的な学習をある程度の規模の人数で受けることになる。そんなシステムだ。実際にどの教員に割り振られるかに関しては、最初の基礎学習の際に教員側で各学生の適性を見極め、その上で上級教員(教員にも序列が存在するらしい)から順に生徒を指名していき、割り振られることになる。逆指名の制度は存在しない。要するに、学生側には選ぶ権利がないということらしい。ちなみに、割り振る際の選定基準は非公開だ(つまり学生には理由が明かされることがない)。まあ、一応より優秀そうな学生がより上級の教員に割り振られる、というのが普通であるようだ。一部には好みで選ぶ教員もいるらしいが。
僕は、今のところ特にこの教員につきたいという希望は持っていない。なんといっても親元を離れ、自由を手に入れたということが僕にとっては最も重要なことだからだ。一応、出来れば面白そうな教員(上級の、ではない)につけたらいいとは思っている。そんな、凄い魔術師になりたい、と思っている訳ではないので。まあ、そこまでこだわりはないということだ。なんにせよ、あの大男の教員(ゴート・グローリーという名前らしい)は是非とも遠慮したいところだ。あのノリについていける自信は全くありませんので。
寮の指定された部屋へと向かう。新入生のときは個室ではなく、相部屋とするのが慣習らしい。まあ、これもよくある話だ。それが費用的な問題なのか、新入生同士の親交を深めるためなのかは定かではないが。別にそれを嫌だとも思わないので、特に問題はない。
ただ、あのムスカ・アベと相部屋になるのではと、実は戦々恐々としていたのだが、その不安は的中せずに済んだ。相方はごく一般的(といったら失礼だろうか?)な学生だった。点在する小国のひとつから来た至極普通の市民だ。まあ、あまり濃い人間ばかりだと収拾がつかないから、という天の配剤なのだろう。軽く挨拶をし、荷物を手早くまとめると僕は部屋を出た。まずは食堂で腹ごしらえだ。午後から何をやるのかよく分からないが、あのゴート教員のノリからするとろくなことではないような気がしてくる。なんにせよ、腹が減っては、戦は出来ぬ、だ。
食堂は二つの寮(男子・女子)の中間地点にある。どちらに対しても不利とならないように、という配慮なのかもしれない。ちなみに、食堂はこれ一つではなく、他にもいくつか存在する(何せ敷地が広大だ)し、町にでて食事処を物色するのも構わないことになっている。何せここは“学園都市”だ。そして、別に教養を教えたり、国のための教育を行ったりするわけでもない。つまり、町の人間の目を気にする必要は殆どないし、学生を縛り付けたりする意味もないということだ。学生は自律をして、学習その他を行えばいいというのがこの学園の方針である。
大分急いできたつもりだったのだが、食堂の中にはもう大勢の学生たちが集まっていた。そして、急いで中に滑り込んだ僕だったが、入り口近くでルーティと鉢合わせをしてしまった。恐ろしい遭遇率だ。これが俗に言う幼馴染補正という奴だろうか?僕は、軽く挨拶だけしてスルーしようとしたのだが、ルーティがそれを許さなかった。
「まだ、私を崇めるだけの先見性を持った人間がこの学園には少ないから、貴方に私と食事を供にする栄誉を授けるの。ありがたく思いなさいなの。」
そう一方的に言い切ったルーティは、わざわざ僕と同じメニューの列に並び、僕の後ろにぴったりとついてきた。何故だか分からないが、昔から食事のとき彼女と一緒になることが多かった。食事だけでなく、帰り道や班別行動、その他もろもろの行事でも、だ。恐るべきは幼馴染補正、といったところだろうか。
「……ここでは権力が使えないから一層の努力が必要なの。」
ぽろっと何か聴こえた。
……何の努力だろうか?よく分からないが、努力することはいいことだ。才能がなくてもある程度は出来るようになるし、何より自己満足に浸れる。自分がするかは別だが。うん。面倒臭いからしたくないよね。努力は人を裏切らないが、結果は人を裏切るらしいですし。
まあ、別に追い払うような理由も特にないので、ひとまず相対して席に着く。そして、二人して黙ってひたすら食べ続ける。チラッとルーティの顔を見てみるが、いつも通り半眼で、表情からは何を考えているのか全くうかがい知ることは出来ない。そして、先に食べ終わった彼女は、僕が食べ終わるのをじっと眺め続けていた。
……何がしたいのか、いつもながらよく分からないな。
まあ、もう慣れた話ではある。そして、僕が食べ終わると、いつも通り不満を漏らす。
「たらたら食べすぎなの。もっとしゃきしゃき、機敏に動いて欲しいものなの。そんな老人が食事中に食事をすることを忘れるかのような動きでは、これからの皇国を背負っていけないの。」
……背負う気はありませんが?というか僕はたかだか一介の貴族、しかも養子ですから。国を背負っていくのは妹の方(それはそれで不安があるのだが)のはず。
「やっぱり、私のものにしたら鍛え直さなきゃ駄目なの。あの口煩い侍女たちにビシバシとしごいてもらうの。」
「僕は物ではございませんが?」
と、一応反論を試みる。
「アレンのくせに反論とか生意気なの。いつも首振り地蔵みたいに首上下させることしか出来ない分際で、主君に逆らうとはいい度胸なの。その根性を叩き直してやるの。」
「……もういいです。分かったからさっさと着替えてグラウンドへ行きましょう、お姫様?」
このままルーティの戯言に付き合っていたら、時間の余裕がなくなりそうだったので、会話を打ち切るためにそう笑って、ポーズをきめてみる。自画自賛ながら
キランッ
とか歯が光る効果音が入りそうな笑顔のはず。うん、決まった。決まった。多分。
「……もういいの。残りはまた次の機会にたっぷり聞かせてやるの。調教の機会はまだいっぱいあるのだから、大丈夫なの。」
微妙に頬が朱るんで見えるのは光の加減のせいだろうか?
ルーティはそういうと食器を持って席をたった。それを僕が満面の笑顔で見送ると、去り際に睨まれた。おおっ、怖!
僕も席をたち、食器を片付けると寮の部屋に戻った。そして指定の運動着に着替えて、指定のグラウンドへと移動する。グラウンドには既にぼちぼちと新入生が集まって来ていた。
……大体において、皆最初はやる気があるものだ。最初だけは、だが。そして最初からやる気が無い奴は最後まで無い。そんなものだ。
とりあえず適当な位置で体を温める。まあ、運動着に着替えて、という時点で嫌な予感がバリバリな訳ですから。
暫らくすると、ルーティが近寄ってきた。かなりぱつぱつの運動着で、サイズが一回り小さいのではないか?と疑いたくなる。ちなみに、残念なことに履いているのはブルマではない。短パンだ。僕はブルマっていうのが何なのかよく知らないが、昔の知り合いの話では、数ある“漢”の浪漫の一つで、とても重要なものだということだ。そして裾は中に入れるがいい、と。
前にもちょっと紹介したが、ルーティは小柄ではあるが、スタイルは大分いい。流石は皇族といったところだ。素晴らしい交配(美男・美女)の成果といってもいいと思う。そんなんだから、大きな胸が強調されてエロいことこの上ない。しかも、いかにも皇族らしいのだが、姿勢がよく、常に胸を張って歩いている。それなので、尚更、強調されること請け合いだ。健全な青少年にとっては、眼に毒だろう。僕は何となく見慣れているのだが(昔から、何故かそういう服をチョイスすることが度々あった、決して僕が健全な青少年ではない、ということではないのであしからず)。言っても無駄だとはわかりつつ、一応突っ込みを入れておくことにする。
「ルーティ。一応確認しておくけど、服のサイズをお間違えではないでしょうか?流石に、その姿はあまり健全とは言い難いと思うのだけれども。」
良識ある皇国臣民として、主君の痴態に苦言を呈したのだが、直ぐに不機嫌そうな声が返ってきた。
「そんなこと言われなくても分かっているの。当然わざとやっているの。見せ付けているに決まっているの。」
「……見せ付けているって。誰に?
別に、他の女性徒たちに見せつけて、皆の自信を奪う必要もないだろう?」
僕は思ったことを素直に告げてみる。うん。少しは諭しておかないと今後が思いやられるからね。何より、僕も何かあった場合は巻き込まれそうでたまらない。
「そんなことは考えていないの。愚民たちになんて、見せ付けるまでも無く、格の違いが一目瞭然なの。私の目的はあくまでも一人だけなの。……何より、その対象が意図に気づいていないのがむかつくの。この唐変木が!なの。」
……何故か僕が非難された。どうしてだ?
これ以上は無駄と悟り、僕は貝のように黙っていることにした。ルーティもそれ以上は何も言わず、黙って体を動かしている。可哀想なことに周りの男たちは、ついうっかりルーティをチラ見してしまい、本題に集中できていないようだ。そして、うっかりルーティと眼を合わせてしまった学生は、ルーティに睨みつけられ、恐怖に身を縮ませつつ視線をそらす。そんな微妙な気まずい空間が周りに出来上がってしまった。僕の責任ではない、はず。
……はあ、くわばら、くわばら。やっぱり触らぬ神にたたりなし、ってね。余計なことは言わない方がよさそうだ。
「あっ!」
暫らくすると、不意に声をかけられた。どこかで聞いたような声だったので、一応振り返ってみると、そこには今朝校門のところでぶつかって来た、残念な少女が立っていた。失礼なことに僕のことを指差したままだ。
「ああっ!今朝の変態!人に衝突した上に、私の胸やスカートの中を覗いていたあの!なんでこんなところにいるのよ!」
失礼な上に理不尽だ。そもそも、走ってぶつかって来たのは彼女の方だ。さりげなくそれすらも人のせいにするとは。
周囲の人の目もあるので、ここは冷静に反論することにする。何より入学初日から変態のレッテルを貼られたのでは、今後やりにくくてたまらない。ここは、どうにか汚名を返上しておかなくては。
「いや、走ってぶつかって来たのは君のほうだっただろう?それに、僕は意図的に覗いたりなんてしていないよ?ちょっと残念な――だなとか、水色だなとか、思っただけで。」
あれっ?何か墓穴を掘っている感じが?
「きー―っ!!
私の何が残念だっていうのよ!私はまだ成長期だっていったでしょう!せ・い・ち・ょ・う・き!しかも何ちゃっかりと色までばらしているのよ!訴えるわよ!」
……どこに?何か司法組織が存在したのでしたっけ?この学園。あっ。でも“生徒会警察”とか言うのが存在するって案内に書いてあったから、同じように生徒会の中にそんな組織が存在しているのかもしれないな。
「残念な……。」
ルーティがいつの間にか近寄ってきていた。そして、いつもの半眼でその少女の残念なあたりを注視している。
「なっ、なによ!」
少女が非難の声をあげるが、ルーティはそれを無視し、暫らくの間起伏の乏しい彼女の胸部を注視した後、自分のものへと視線を移した。うん。全然大きさが違いますね。分かります。
「私の方がずっとあるのに……。何でこんな貧乳なんかに?私の方がずっといいに決まっているの。まさか、貧乳好きって事はないはずなの。それはおかしいの。」
……あ。はっきり貧乳といってしまった。折角ぼかして言っていたというのに。
「なっ、なっ、なななんんて失礼な子なの!
初対面の相手に!こともあろうか、ひひひひ貧乳だなんて!何よ!あればいいってものじゃないでしょう!こういうのは形だとか、柔らかさだとか――って、何を言わせるのよ!」
おお!ナイス一人ボケ突っ込み。内容はやっぱり残念なことこの上ないが。
「うるさいの。今重要な考えごとをしてるのだから、邪魔しないで貰いたいの。キャンキャン喚いてまるで躾のなっていない野良犬みたいなの。胸だけじゃなく頭にも栄養が回ってないのではと疑いたくなるの。」
「なななんあ……。」
もはや言葉も無く、真っ赤な顔で口をパクパクと動かすだけだ。
……ああ、可哀想に。早速ルーティの犠牲者が出てしまった。でも同情はしません。何せ、僕も彼女に貶められましたから。
そんな状況の中、突然大きな声がグラウンドに響いた。
「モニカ・アルフェラッツよ!己を卑下する必要はない!!」
……なんだあれ?
唐突に、妙な格好をした集団がグラウンドへ乱入してきた。皆頭に鉢巻をしめ、思い思いののぼりだとか旗だとかを握り締めている。恐らくこの学園の先輩かと思われる。そして、よく見ると女性の姿もちらほらと見受けられる。その鉢巻やのぼりには、
“貧乳は希少価値だ!”
とか、
“I L@ve HINNYU”
とか、
“貧乳は世界を救う!”
だとか書かれていた。……最後のは特に意味不明だ。それに“ラブ”のつづりはOのはず。何故@なんだ?これだからア○マス厨どもは!
その連中は、わき目も振らず、一直線に僕らのところ元までやって来た。そして、代表格っぽい男が、大音量で少女に告げる。
「少女よ!嘆くことはない!貧乳はまさに希少価値、素晴らしき天の贈り物なのだ!
ただでかいだけの胸など、まさに脂肪細胞の無駄遣い!それが分からない俗物たちの言動に心いためる必要などどこにもない!」
「我ら“貧乳互助会”が君を応援する!少女よ!何も恐れる事はない。巨乳など飾りなのだ!君が信じた道をただひたすらに進めばいい。さすれば、数多の栄光が君に降り注ぐことだろう!」
「オールハイル、ヒンニュー!
オールハイル、ヒンニュー!」
後ろにつき従ってきた連中が、手を天に掲げ、声を合わせて唱和する。
……。
新入生たちは言葉も無く、ただその異様な光景をただ呆然と見ているだけだ。いや、本当に意味不明だし。
ちなみに、僕はどちらかというと無いよりはある方が好みだ。まあ、大は小をかねるといいますしね。別にいいけど。
「ど、どうして私の名前を……?」
そういえば、最初に名前で呼んでいましたね。僕はそれで初めて彼女の名前を知りました。確か――、モニカ・アルフェラッツさん?
「当然だとも!我々は君の姿を一目見たときからずっとマークしていたのだ!君が今年の新入生の中でも特に逸材だと告げる、我らが神(こな○)の声が心に響いたが故!」
そんな声が聞こえるようになったらおしまいだな、と僕はそう確信した。ああはなりたくないと思う。いや、本当に。
「それではモニカ君!また会おう!我々は常に君のことを見守っているぞ!」
そういい残し、彼らは一糸乱れぬ動きで去っていく。皆、何も言えずにそれを見送ることしか出来なかった。いや、本当になんだったんだ?あれは。風のように現れ、風のように去っていく。まさに戦場を駆ける――てっ、どうでもよかった。
「……とっ、とにかくあんたみたいな失礼な子は皆にはぶられるだけよ!せいぜい今のうちに虚勢を張っているといいわ!どうせ最後に泣きをみるんだから!」
引きつった顔で、そうルーティに告げるモニカ。確かに僕もそう思いますけどね。でも、なんだかんだ言って人気があるというか、信者が出てくるのだよね?まあ、今までは自国の皇女だったから、というのもあると思うけど。
「余計なお世話なの。愚民たちと馴れ合う気なんてさらさらないの。私には下僕が一人いれば十分な話なの。」
……え?その下僕って僕のことでしょうか?何か、ルーティの視線が僕の方を向いていたような。いや、違う。僕はそんなものになった覚えは無いぞ!そうだとも。断じてない、はず。
「素晴らしい!」
再びグラウンドを揺らす大音声。そして、またどこかからか沸いてきた集団が僕らのところにやってきた。今度の連中もよく分からないのぼりや旗を持っている。ただ、今回の連中のものには、
“ツンデレとは素晴らしいものです!”
とか、
“ツンは現実、デレは空想で”
とか、
“デレがないツンデレは嫌われているだけだ!”
とか書いてある。いや、だから最後のはおかしいでしょう?というか、そのまんまではないですか?僕は“つんでれ”というのが何なのかよく知らないですが。
「いや、本当に素晴らしい。君は本当に素晴らしいツンデレですよ!今年の新入生は見込みがありそうですね。実に楽しみだ!」
どうやら、ルーティのことを言っているみたいだ。彼らの基準では、ルーティは“つんでれ”というカテゴリに入るらしい。
「……何なの貴方たちは?」
ルーティがいっそう険悪な瞳とともに誰何する。そんなことには慣れっこだ、とでも言いたげに、それを平然と受け流し、団体のリーダーらしき人間が答える。
「おおっ!大変申し訳ない。ルーティ・ヴィ・オレルアン殿下。
我々は“ツンデレ普及委員会”というものです。簡単に言うと、“ツンデレ”のよさを皆様にご理解頂くとともに、その保護と崇拝に努めるものたちです。以後お見知りおきを。」
「……その“ツンデレ普及委員会”とやらが何のようなの?私は今、忙しいの。つまらない用事だったらただじゃおかないの。」
やはり、平然とそのリーダーは答える。慇懃無礼なその態度がルーティを更にいらだたせている、ように感じられる。
「重ね重ね、申し訳ございません。非常に素晴らしいツンデレっぷりだったもので、ついお邪魔してしまいました。ご不快な思いをさせてしまったことを、心よりお詫び申し上げます。」
ルーティの不機嫌度が+3された、ような気がした。
「人を勝手にツンデレ呼ばわりするとはいい度胸なの。貴方たちみたいな変人どもに“デレ”ることなんてありえないの。そんなことを妄想されていると考えるだけでも気持ち悪いの。」
ルーティは“つんでれ”というのが何なのか知っているみたいだ。どこで知ったんだろ?そんな言葉?皇族用語にでもあるのかな?
「……“デレ”るとしたらアレンに、だけなの。」
……ん?何か小声で呟いたみたいだけど、よく聴こえなかったな。
「……ともかく!貴方たちなんてお呼びでないの。さっさと散りなさい!この変態ども!なの。」
皇族らしい、人に有無を言わさぬ口調で命じるルーティ。もう満足したのか、リーダーらしき男はその言葉に平伏して従う。眼には涙を浮かべ、喜んでいる、用に見える。何が彼の琴線に触れたのだろう?
「ははぁ!ありがとうございます、ルーティ様。こんな素晴らしいツンデレを身近に見られただけで身に余る光栄でございます。それでは、またお目にかかりましょう。
皆!引き上げるぞ!」
そのリーダーの言葉に、やはり一糸乱れぬ動きで退場していくツンデレ普及委員会の面々。この学園はこんな集団しかいないのだろうか?いや、先行き不安だわ。本当。
「……。」
奇妙な乱入者のお陰で興がそがれたのか、二人とも押し黙ったまま互い距離をとり、そのまま各々で準備運動を再開した。二人のそんな姿に、僕は思わず胸をなでおろす。……しかし、なんでまた僕がこんなことで安心しなくてはならないのだろうか?この二人が険悪でもあまり関係ないはずなのに。我ながら意味分からん。
「いやあ。なかなか面白そうな方々でしたね?」
唐突に爽やかな声で話しかけられた。後ろを振り返ると、そこには朝、グラウンドに案内してくれた新入生、ムスカ・アベの姿があった。
……全く気配を感じさせずに、後ろへ回り込むとは。こいつ、出来る?しかし、手を肩に置かれた瞬間に感じた悪寒はどういうことだろうか?がくがく。ぶるぶる。
「貧乳互助会にツンデレ普及委員会ですか。なかなか時代の波にのっているように見受けられる方々ですね。これなら、“ガチホモ自治会”とか“ガチムチ研究会”とかもあるかもしれないですね。」
……“がちほも”、“がちむち”って何でしょうか?いや、知らん。知らない方がいい気がする。ええ、絶対そんなものとはかかわりにならないですよ。
「学生注目!」
三度目の大音声がグラウンドを揺らす。但し、今度は前にも聞いた声――ゴート先生の声だった。どうやら、定刻になった模様だ。皆、その声を合図に各々がやっていた準備運動(ただ立っていた人間や、寝転んでいた人間、おしゃべりに興じていた人間もいるが)を中断し、ゴート先生の前に整列する。その様子を黙って見守っていたゴート先生は、満足気にうなずくと、本題に入った。
「よくぞ集まった!我が精鋭たちよ!」
……いや、まだ本題ではなかった。というか、○ボートかよ!
「私が貴様たちの訓練教官のグローリー先任軍曹である!
話しかけられたとき以外は口を開くな!口でクソたれる前と後に“サー”と言え!分かったか、このウジ虫ども!」
……意外とネタに走る人なのかもしれないな。
まばらに、ノリのいい学生たちの、『サー!イエッサー!』と答える声が聞こえる。うん。皆優しいな。僕には無理だ。とりあえずそれで満足したのか、ゴート先生はまともに話を続ける。
「これから三ヶ月の間、貴様たちは合同で基礎訓練を受けることとなる!その日まではウジ虫だ!サンボで飯食う資格も無い!。
そして、その基礎訓練の大半は体力訓練だ!魔術には一に体力、二に体力、三、四がなくて後残りもまとめて体力だ!そして、体力強化訓練はこの私が担当する!」
「……体力だけかよ。」
どこからともなく、皆心の中で思っていることを口に出した、つぶやきが聞こえた。
「よって今から貴様たちにはこのグラウンドを50周してもらう!それが終われば本日の訓練は終了だ!また、50周できずとも、夕方6時を過ぎた場合はその時点で終了とする!
尚、これから三ヶ月の間、立ち代りで、各先生方が見回れる。くれぐれも粗相のないように!」
つまり、こういうことだ。要するに体力訓練だろうが、他の訓練だろうが手を抜くことは可能である。但し、各先生方が見回っている(つまり品定めを行っている)ことから、その態度如何によっては将来に響くことになる、と。全て自己責任で行うようにというわけだ。ちなみに、このグラウンドは一周で、大体843.9m位はありそうだ。
「……面倒臭いの。それに、別にスポーツ選手になるためにこの学校に来たわけではないの。体力トレーニングばかりしていたら、この変態みたいに脳みそまで筋肉になってしまうの。勘弁して欲しいの。」
ルーティもご不満のようだ。まあ、皆多かれ少なかれそう思っているのだろうが。もっとも、ゴート先生はそんな新入生たちの雰囲気を読んだりはしないのだが。
「本日はご講義頂かないが、貴様たちに魔術の基礎理論を教えてくださる先生を紹介する!
エリス先生!宜しくお願い致します!」
その声に促されて、一人の少女――、が壇上に上がる。どう見ても先生、という風には見えない。ピンク色のツインテールに、白い肌。小柄な体にそれなりに主張のある胸部。尖った耳をみるにエルフ――いや、あの感じ(尖り方?)からするするとその上位種、ハイエルフかもしれない。とすると、恐らく見た目どおりの歳ではないだろう。その少女は、見た目どおり、いやそれ以上の甲高い声で挨拶を始めた。
「は~い!皆注目ぅ~!
私は新入生である皆さんの、魔術基礎理論・実践講義を担当します、エリス・リインフィールドで~す!皆、宜しくね~!」
……どう聞いても、“先生”のする挨拶には聞えませんが。
壇の下にいるゴート先生をみると、まさに我が意を得たり、といった風に真顔で頷いていた。何とかは盲目、っていう奴だろうか?もしかしたら、ゴート先生はああいうのが好みなのかもしれない。美少女ハイエルフ先生は、目を皿にして呆気にとられている新入生を見渡すと、更に続ける。
「で~、この中にイケメン♪、可愛い男の子!、格好いい男の子!!がいたら私のところにきなさい!以上!」
涼○ハルヒですか、そうですか。結局求めているものはたったひとつだけのようですが。要するに、エリス先生は面食いだと言いたい訳ですね。わかります。
エリス先生はそれだけ宣言すると、雛壇から降り、ゴート先生に後を譲った。
「エリス先生、ありがとうございます。
それでは貴様ら!準備運動はもう十分やっただろう!周回開始!!」
ゴート先生の言葉に、とりあえず皆走り始める。当然、あからさまに手を抜いているもの、長距離走だということを忘れていきなり本気で走るもの、上手い具合にごまかそうとするもの、いろいろだ。
僕もそこそこの速度で走り始めた。トップではないが、上位に入る程度のスピードに調整する。……最初から全力、常に全力、では息切れするからね。
暫くすると、ルーティがいつの間にか並走(微妙に斜め後方だが)していた。意外なことに、ルーティもそこまで手を抜いていないようだ。
「まともに走っているとは、意外だね?」
と、口に出してみた。無視されるかと思っていたのだが、ルーティは普通に回答してきた。
「体力が全く必要なわけではないの。いい体型を維持するには運動も必要なの。筋肉がつきすぎるのは困るけれど。」
生まれつきだけ、という訳ではなく、それなりに努力しているらしい。まあ、世の中努力だけで一番上にはいけないが、全くしない、というのでもいけないものだ。一番上は大概“努力する天才”と相場が決まっている。そこにたどり着けるのはほんの一部、ということになる。
「現状維持が重要なの。そのための今までの努力なの。柔らかさと大きさ、今が一番バランスいいはずなの?」
ルーティはどうやら、僕に何か言いたいようだ。だが、何を言いたいのかがよく分からない。
……一体、何の柔らかさと大きさが丁度いいのだろうか?当然その疑問に答えるものは誰も居ない。
ルーティは“いつものこと”とでもいいたげな表情を作り、あきらめて走りに集中する。そして、僕につかず離れずを維持し続ける。……こういう長距離走は、“丁度いい誰かのペース”に合わせて、背中についていくのが楽なんだよな。賢しいな、ルーティ!
とりあえず、刻限までに若干だけ余裕があるようにスピード調節をする。まあ、ようするに“目立たず、かつちゃんとやっているように見える”ように、ということだ。モニカやムスカも似たようなものだ。まあ、モニカは若干頑張り気味で、空回りしているようにみえなくもないが。
ゴート先生の言っていた通り、周りにはちらほらと新入生を観察している先生たちの姿が見える。まだ、その数は少ないが、今後徐々に増えてくるのだろうと思われる。なんといっても新入生の実力見極めは各教室の将来を決めるのに重要なことだ。当然、学生の質如何によっては、その教室の存続にかかわる。先生が直接来るとは限らないが、少なくともその役を担った上級生は必ず現れる。まあ、とりあえず気を抜かないに越したことは無いだろう。本気でやりすぎる必要はないが。
手を抜いたとはいえ、流石に42キロ強を走りきるころには汗だくになっていた。それは当然他の学生たちにしてもそうである。ルーティなんかは服のサイズとの相乗効果で眼のやり場に困る有様だ。勿論、モニカは……、まあ当然汗で透けていても残念だ。
へとへとになりながらもようやく苦行から解放された僕たちは、重い体を引きずって部屋に戻る。そして、皆思い思いのタイミングで夕食、そして共同浴場へと向かい汗を流す。当然、男女別である。噂に聞いたところによると、世の中には男女共同で使う(つかる)風呂があるという話だ。確か、“こんよく”というらしい。まあ、さほどうらやましいとは思わないが。むしろ、昔から僕が風呂に入っていると、妹が乱入してくる、ということがよくあった。流石に、もうしないようよく言い含めておいたから、最近は入ってこなくなったが。というか、この歳になって、妹と一緒にお風呂、とかどうよ?え?うらやましい?
風呂の後は特に何もせずに休むことにした。なんといっても初日からいろいろなことが起きすぎだ。おかしな連中も大量に湧いてきていたし、今後が不安でたまらない。結局、なるようにしかならないだろうけれども。そんな取り留めないことを考えながら、僕の意識は闇へと落ちていった。