出逢いと入学式
晴れて自由の身だ!!
思わず、人目もはばからず、大声をあげそうになった。だが、それも致しかたないだろう。何といってもようやく、僕は自由を手に入れることが出来たのだから。
え?何のことだか分からないって?
仕方がないな。一から説明をしてあげよう。まず、僕の名前はアレン。アレン・メイブランドという。残念ながら性別は男だ。この大陸にある3つの大国の一つ、オレルア皇国の一貴族の息子だ。ただ、僕は養子のため、家族とは血が繋がってはいない。
え?それで両親からいじめでも受けていたのだろうって?だからそこから逃れられて自由の身だと。残念ながらその予想ははずれだ。養子ではあったが、親、養父母は僕によくしてくれた。むしろ、過保護とも言える。……、正直鬱陶しい位に。勿論、大切に育ててくれたことは感謝しているのだが、過保護すぎてあまりに窮屈な暮らしだった。詳細はまた後で語る機会があると思うのでここでは割愛する。まあ、そんな親元を離れるため、家から遥か離れたところにある学園――ここに来たわけだ。といってもここがどこだかなんて分からないだろうからそれも説明しておこう。僕が今いるのは所謂学園と呼ばれ、学生に魔術を教える機関――魔術学園だ。それも僕の家のあるオレルア皇国ではないところにある。というよりどこの国にも属していない、といった方が正しい。この魔術学園、セントルアナ魔術学園はどこの国にも属さない、中立の学校、学園都市だ。ここは、ただ魔術を学ぶ・研究するために存在する都市で、全ての国から生徒を受け入れる代わりに中立を保っている。まあ、割りとよくある話かな?
僕は窮屈な家から抜け出すために、この学園を受験し、そして見事合格してここにいるという訳だ。当然受験も反対されたのではあるが、どうにか説き伏せた。殆んど泣き落としといった状態であったが。特に手ごわかったのは妹だ。……勿論血は繋がっていない。見た目も可愛く、とてもいい子なのだが、少々僕にべたべたとしすぎるきらいがあった。義妹は僕がここを受験するならば自分も受ける!といい始めた。彼女を説き伏せるのに三日三晩費やした。……え?勿論言葉で、ですよ?血が繋がっていないからって、変なことはしていません。後が怖いですから。まあ、なんにせよ彼女が一番の強敵だった。それだけは確かな事実だ。うん。
そんな訳で自分は今、思わず叫びながら夕日に向かって走り出しそうなくらい感激をしている。
「何をやっているの?」
学園の門手前で、ガッツポーズをしながら間抜けのように立ち尽くしていた僕に対して、呆れたような声で話しかけてくる少女が一人。抑揚がなく、聞き取りづらいのだが、その声にはどこか棘がある。
「何を間抜けのように立ち尽くしているの。邪魔だからさっさと横にどくなり、中に入るなりしろっていうの。」
声の持ち主の方へ顔を向ける。そこにはよく見知った顔があった。ショートカットの髪。顔立ちは整っており、体は華奢ながらも出るとこは出ているメリハリがある。常に半眼の瞳。美少女といって文句はないのだが、口を開けば台無しの少女。口から出てくるのはいつも悪態ばかりだ。残念。
「ルーティ。僕は今猛烈に感動しているんだ。邪魔をしないでくれるかな?」
「馬鹿じゃないの。どうせ、ようやく『自由が得られた』とでも思っているの。ただ単に貴方が優柔不断で
流されやすいだけなの。別に皇国にいた時だってもっと自由に出来たはずなの。……、ついでにもう少し甲斐性があればよかったのに。」
鼻で笑われた。最後の方はよく聞こえなかったのだが、どの道酷い言われようだ。だが、優柔不断は主人公の特権なのだ!何故なら、主人公が悩まなければ話が直ぐに終わってしまうから。そう、優柔不断は物語の重要なファクターと言っても過言ではない(断言)!
「また妙なことを考えているの。全く、この私がわざわざ話しかけてあげているというのに勝手に脳内妄想なんて、失礼な男。皇女である私が、折角名前で呼ぶことも許してやっているのだから、もっと私のことを敬うべきなの。」
……なんか矛盾していませんか?名前で呼ばせてきさくさをアピールしているはずなのに敬え、とは。まあいいけど。
「ルーティ、残念ながら君と悠長に話をしている時間はないんだ。僕は今、この感動を2000字の感想文としてまとめるのに忙しいのだから。」
提出先は……、未来の自分とか?
「はいはい。一生やっていればいいの。私はもう先に行っているの。」
また鼻で笑われた。ルーティは軽蔑したような眼で僕のことを一瞥すると、そのまま門をくぐり学園の中へと消えていった。
そうだ。一応彼女のことを紹介しておこう。彼女はルーティ・ヴィ・オレルアン。ご想像の通り僕のいた国――オレルア皇国の皇女様だ。何で、皇女様といっかいの貴族(しかも養子)が親しい?のか不思議だろうけれども、それは話が長くなるので後に回そう。え?考えていないだけだろうって?大丈夫。この話が完結するまでに適当に作っておくから。
ルーティとは幼馴染のようなもので、ここに来る前の、皇国の学校でもずっと同級生だった。まあ、不思議な縁?もあり、ルーティとは名前で呼びあうような仲?だ。とはいっても、会話内容を思い起こしてみると親しいとは思えないのだが。名前で呼ぶのも強制されたようなものだったし。ともかく、ルーティはことある毎に僕に絡んできては、毒を吐き、意味不明な言葉を浴びせて去っていく。そういう不思議な幼馴染だ。
ルーティが去った後も、暫らく校門の前で感動にうちひしがれていた僕だが、流石にここにずっと立ち尽くしていたら邪魔かと思い至り、ようやく中に入ることを決めた。そして、中へ足を踏み入れた、その瞬間。
ドンッ!!
何かと衝突した。地面に投げ出されそうになりながらもどうにか踏みとどまる。そして、ぶつかってきた物の方に目をやると、一人の少女が尻餅をついて、頭を抑えていた。
……これなんてエロゲ?
思わずそんな感想がこぼれ出た。でも、そもそもエロゲって何だろう?
「いったーい!!一体なんだって言うのよ!もう!」
その少女は涙目になりながら、甲高い声でそう不満を漏らす。いや、それは僕の台詞だと思いますよ?何せ普通に歩いて校内に足を踏み入れた瞬間、ぶつかられたのですから。訴えれば勝てるレベルだ。
とりあえず、ぶつかってきた少女の姿をよく観察してみる。髪はセミロング、顔立ちは…、まあ悪くはない。大きな瞳が小動物を思い起こさせ、愛らしい愛玩動物といったような感じだ。ただ……、胸が残念だ。それも大分。恐らくAかそれい――。
「ちょっと!あんた!どこ見てんのよ、この変態!
しかも、人の胸のあたり見て残念そうな顔するとか失礼じゃないの!私はまだ成長期なのよ、成長期!というか、普通手ぐらい差し伸べるものでしょう!」
なかなか鋭い。僕の視線の先を読むとは。でも成長期だとか自分で言っている人は大概成長しませんよ。ご愁傷様です。
「水色か。まあ、こんなところで読者サービスをしすぎると、人気取りだと思われるから注意しないとね。今のところ絵はついていないけど。」
「!!」
尻餅をついていた少女は口をパクパクと動かしながら、自分で立ち上がり、僕のことを睨みつけた。……なんだ、自分で立てるじゃん。手を差し伸べなくてよかった。
「本当最低!登校初日からこんな変態に視姦されるなんて!慰謝料をたっぷり絞りとって、社会的に抹殺してやりたい気分だわ!」
被害者は僕のほうですから。それなのに、金を毟り取られた上に、社会的に抹殺されるとか納得いかんだろ。
「ああ、もう本当最低!!」
少女は一人悪態をつきながら、学園の中へと去っていった。いや、本当なんだったんだろう?子一時間くらい問い詰めたいところだ。まあ時間の無駄なのでやらないですが。
え?何でこういう話に出てくる少女は美少女ばかりなのかって?それは当然絵的に美味しいからに決まっています。世の中パケ買いがほとんどですから。表紙の絵がよければないようが微妙でもそれなりに売れるものですよ。それに、『普通の容貌の少女』といっても、絵師の方が困るだけでしょう?
そんなこんなで、胸が残念な少女と別れた?僕は、気を取り直して学園内を進む。暫らく進むと、噴水のある広場にでた。それを囲むように樹が植えられており、非常に涼しげな光景だ。とりあえず、僕が今目指しているのは第一グラウンドというところだ。そこで、新入生の入園式典を行うらしい。どっちにあるのかよく分からないが。まあ、適当に歩けば着くだろう。多分。
暫らく学園内を彷徨っていた僕だが、行けどもいけども目的地にたどり着かなかった。なんといっても恐ろしいほど広いのだ!正直一日がかりでも無理な気がしてきた。うん。独力でたどり着くのは諦めよう。反省。
仕方がないので、通りがかった生徒に道を尋ねることにした。
「あの、すみません。」
一人の男子学生の後姿に声をかける。すると、その学生はこちらを振り向き、僕の方を向きながら答えてくれた。
「はい?なんでしょうか?私に何か御用ですか?」
なかなかのハスキーボイスだ。ブロンドの髪にさわやかな笑顔。女性受けしそうな、まさに『いい男』だ。気品のある物腰からするとどこかの国の貴族の坊ちゃんかもしれない。そして、心なしか僕の顔をしげしげと観察しているように見えた。
とりあえず、その視線を断ち切るように、話し掛けた本題に入る。
「すみません。第一グラウンドへはどう行けばいいのでしょうか?」
「ああ。あなたも新入生ですか?実は私もそうなのですよ。で、今私も第一グラウンドへ向かっているわけです。確か、第一グラウンドへの道は門のところに貼り紙がしてありましたよね?」
すみません。見落としました。あまりの感動に、そんな貼り紙があることにすら気づきませんでした。これも全てあのルーティが話しかけてきたせいだ。そうだ、そういうことにしておこう。
「ああ、そうだったんですか。ははははは。壁面が陽光を反射して眩しく光っていたので、ついうっかり見落としていましたよ。」
ちなみに、今日の天気は曇りです。
「ははははは。なかなか面白い方ですね。」
彼も笑って流してくれた。なかなか、ジョークの分かる人かもしれない。大体、貴族というやからは冗談の通じない連中ばかりなのだが。彼は一味違うようだ。まあ貴族なのかは定かではないですが。それに、それがいいことなのかはよく分かりませんね。
「では、ご一緒いたしましょうか?どうせ行き先は一緒ですからね。」
「宜しくお願いします。」
ええ。本当に。道に迷って初日から遅刻だとか、欠席だとかは流石にまずいでしょうから。そして、そんなことになったら、またルーティあたりにちくちくと嫌味を言われることでしょう。
彼は歩き始めようとしたその瞬間、何かに気付いたように足を止め、僕の方を向く。
「おおっと。自己紹介がまだでしたね?私はムスカ。ムスカ・アベと申します。どうぞお気軽にムスカとお呼び下さい。なんと言っても私たちは同期生となるのでしょうから。」
「アレンです。僕のことはアレンと呼んで下さい。」
「ではアレンさん。参りましょうか。道順は分かりますが、どのくらいかかるのかまでは正確にわかりませんからね。」
おお、本当にありがたい。なかなか親切かつしっかりとした同級生がいたものだ。僕は感激しましたよ。いまどきでは珍しい好青年です。ただ、視線に不吉なものを感じましたが。
そんな僕の不安をよそに、ムスカは人懐こそうに話しかけてきた。
「アレンさんはどちらからいらっしゃったのですか?その、言葉遣いと身なりからすると、オレルア皇国、しかもかなりの名家のようにお見受けいたします。
ああ、勿論、仰りたくないのでしたら、構いませんよ。この街では、出自を問わない、というのがしきたりですから。そんなことを知らずとも、仲を深めるとこは可能ですし。」
……なんか不穏なニュアンスの言葉が含まれていたが、それはスルーしておこう。藪の蛇はつつかないに限る。微妙なところを突っ込んで、何度となくルーティにボロクソ言われた記憶が頭によぎるので。そう、そして最後に“アレンは女心がわかっていないの”とかそんな類のことを言われて、僕が非難されるのだ!僕は男ですので、そんなものはよく分かりませんとも!当然です!
別に隠すような事でもないので、とりあえず質問には素直に答えておくことにした。
「ああ、私の姓はメイブランドです。ご賢察の通りオレルア皇国の出身です。とはいえ、養子なのですが。」
「ああ!あのゼンガー・メイブランド将軍の!成るほど、やはり身のこなしが違うと思いましたよ。優美さの中にも力強さが感じられる。私の好みの、真ん中ストレートですね。」
ストレートってなんでしょう?何かの競技の用語でしょうか?まあよく分からないが、これもスルーしておこう。ちなみに、何故皇女であるルーティと幼馴染となっているのか、という理由は養父が国の要人だから、ということになる。え?短いって?まあ思いつけば一瞬ですよ。こういう設定は。
一応、ゼンガー将軍は皇国最強の騎士・将軍と呼ばれており、皇帝の信任も厚い。僕にとっては単なる過保護な父親ではあるのだが。そんなわけで、幼いころのルーティと遊ぶ機会というのが多々あり、そしてその繰り返しが僕らを幼馴染という関係にしていった、ということだ。
「私はクラウン=ベル王国の出身でして。まあ、しがない小貴族の倅ですよ。メイブランド家のような名家には及びもつきません。」
クラウン=ベル王国というのは、先述の三大国のひとつで、名前の通り王制をとっている国だ。ちなみに最後の一つの大国はサンクリット共和国という共和制の国だ。まあ、完全な民主政治とは別で、市民による議会制政治という形をとっている。この大陸は、この二つの国に僕の祖国オレルア皇国を加えた三つの大国と、隙間を埋めるように存在する中小の国々とでなりたっている(何事にも緩衝領域というものは必要だ)。後は、大森林部や、山岳部に住む亜人族(エルフやドワーフ等)や、海を渡った先にあるという北の大陸?に住むという“古代種”と呼ばれる種族がこの世界には存在している。まあ、所謂“ファンタジー”の世界という奴です。え?何をメタなことを言っているんだって?まあ、僕も自分で言っていてよく分からないのだが、そう言え、という天啓が降りたので仕方なくね。
そんな、時折不穏当なものを含みつつ(主にムスカの発言)も、他愛もない会話を続けていると、ようやく第一グラウンドへと辿りつくことができた。時間的にも丁度いいくらい(5分前行動ってやつか?)のようだ。ぎりぎりだ、ともいう。
「丁度いいタイミングのようですね。もう少しアレンさんと親交を深めておきたいところではあるのですが。まあ仕方がありません。今後ともに、宜しく御願い致します。」
そういってムスカは右手を差し出してきた。少々ためらわれたが、勇気を振り絞って僕も右手を差し出す。少々強すぎるくらいに握られた手を上下に振り、また放す。
……よかった。ちゃんと開放された。
何でこんなことで緊張しなくてはならないのだろうか?よく分からないが、世の中を平穏に渡っていくには慎重すぎるくらいで丁度いいだろう。うん。
「では、また。」
そうして彼は新入生の列の中へ消えていった。僕もそそくさと自分の列を探して、新入生の群れに加わる。そして丁度定位置(一応事前に並ぶ場所が番号で指定されている)に並び終えた瞬間、ラッパがかき鳴らされた。どうやら丁度よく入学式が始まるようだ。
「学生注目!」
野太い声がグラウンド中に響く。拡声の魔法も使わず、地声でこれほど大きな声が出せる人間がいるとは思わなかった。思わず感動を覚えてしまった。まあ、無駄な技能だといってしまえばそれまでなのだが。しかし、何故学注?意味が分からん。
声の発せられた方を向くと、お立ち台横に、想像と違わぬ大男が立っていた。筋骨隆々で、どっからどう見ても魔術師とは思えない。どっかの軍学校等で野次を飛ばしながら指導しているのがお似合いだろう。
「これより、本年度の入学式を執り行う!一同、礼!」
皆その声に促されて頭を下げる。その様子をその男は満足げに見渡す。
いや、声の大きい人間の意見は、よく通りますよね?その内容にかかわらず。まあ、つい従いたくなるその気持ちは分からないでもないのですが。でも、そんなんだから、言ったもの勝ちといったような風潮が生まれ、いずれ暴走を止められなくなったりするのだと思うところですね。まあ、この学園そうかはまだわからないのですが。
「まずは本学園の学園長からお言葉を頂く!
学園長、宜しく御願い致します!」
学園長と聞くと、どうしても“へたれ”というイメージをもってしまうのは何故でしょうか?本当に不思議です。
大男の声に促されて、白髪・長髭、まさに“学園長”といった風貌の老人がお立ち台に上がる。
……よかった。学園長は普通そうだな。
思わずほっとしてしまった。この学園に着いてから、変な人間にしか出会わなかったからだろうか。
「あー。始めまして。私がこのセントルアナ魔術学園の学園長、ウォート・ウィンフィールドです。
まずは、皆様のご入学を心から祝福、歓迎申し上げます。」
こちらは拡声の魔術を使用しているのだろう。特に声を張り上げているようには見えないのだが、学園長の落ち着いた声が直接耳もとで言われているかのようによく聴こえる。そして、内容もごく普通のことだ。しかし、むしろそのことが残念な気がするのは何故だろうか?僕も何かよからぬ期待をしていた、ということなのか。
特に面白いことを言っている訳でもないようなので、僕は自分の周りを見渡してみた。すると、斜め後方にルーティが見つかった。相変わらずの半眼で、どうやら僕のことを睨んでいるように見受けられる。その視線に対してアイコンタクトを試みる。
ア・イ・シ・テ・ル
ブレーキランプが五回くらい点滅するように片目を瞬かせてみた。ちなみに、そんな約束ごとをルーティかわした覚えはない。勿論これからすることもないだろう。だが、ルーティは一応、僕が何か変なことを試みている、ということには気づいたようだ。当然意味は伝わっていないだろう。というか中身が何もないのだから、伝わりようもないのだが。 ルーティは、また何を馬鹿なことをやっているのだ、とでも言いたげな表情でため息をついた。
そんな仕様もないやりとりをしていると、学園長の話も終了となったようだ。予想よりは大分短かった。大体、どっかの“長”の話というのは長いのが定番なのだが。結構良心的な学園長なのかもしれない。
「……皆さんの今後のご活躍を期待しつつ、私からのご挨拶とさせて頂きます。以上」
「一同!礼!」
大男の号令により再び頭を下げる。校長は台から降りると、元の席へと戻っていった。
「次に、……。」
やはり、暫らくは退屈な話が続くようだ。まあ、それを逐一読んでも退屈なだけだろうから、割愛するとしよう。