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地獄と現世

「いつまでそうしておられるつもりですか? あ……ラファエル」


 地獄の王との戦闘が終わってすぐ、アゼル――もといラファエルは城に戻り、花瓶の中で佇む白い花を愛でていた。

 フィーネ、そしてリエンは数刻黙ってラファエルの様子を窺っていたが、いよいよ限界だった。


「例えば、お前は私がこの花を30年愛でると言ったらどうするつもりだ?」

「花は数日で枯れます」

「ではこの花をさしかえよう。枯れたら、また変えよう。同じことだ。我々天使はこの惑星の花が枯れる度、何度も何度もかえてきた。今回も同じだ」


 ラファエルは花弁をむしり取り、握り潰した。


「下等な生命体がいくら暴れようと、我々の相手ではない」


 ラファエルが拳をフィーネの前に突き出し、開いて見せた。

 そこには、青い花が咲いていた。


「悪魔を残さず滅ぼすおつもりですか?」

「勘違いするな。人間もだ。一度この世界は書き換えねばならない。下等な種族が神の作りし世界をこうも堕落させるとは。最早人も悪魔も偏に変わらん」

「キリストは――」

「その名を口にするな。下等な、人間が」


 ラファエルはフィーネの首に手を回し、すぐさまリエンが剣を抜く。


「悪魔の武器。貴様たちも堕落している。正さねばならない」

「それは……得策とは言えません」


 首にかけられた手を掴み上げ、フィーネは微笑んだ。


「何?」

「悪魔はあなたが思う以上に悪魔です。この国を打倒するために、同盟国同士を争わせた。そのためにアゼル卿には遠征に行っていただいていましたが、それが終わった今、この国はまた地獄に介入する」

「私が、させない。今日にでも地獄を滅ぼす」

「あなたに出来ますか。地獄の王を良く知らないあなたは、確実に、絶対に、完璧に、あの地獄の王を倒せると?」

「……おもしろい。では人間、お前ならどうする」

「あの地獄の王を知っているのは私だけです。彼を罠にかけた後、あなたに引き渡す段取りを立てましょう。そうすれば、あなたは確実に地獄の王を止められる」

「お前を信じていい理由がないな」

「誰も信じないでください。あなたは天使。信じるのは主だけで十分では?」


 これに、ラファエルはニヤリと大きく笑み「いいだろう」とフィーネを解放した。

 フィーネの思惑がどうであれ、ラファエルにとって特に転ぶと判断したのだろう。

 しかしこれこそがフィーネの思惑だった。

 なんにせよ、天使は人間の味方ではない以上、悪魔と変わらない敵だ。

 敵の味方が敵だという論理が効く相手でもない。

 もうこれ以上、民を苦しめたくはなかった。悪魔ではない別の敵が増えたに過ぎないのだ。


「時間を与える。三度日が落ちるまでに、地獄の王を捉えるんだ」

「承知しました」


   †


「ふう……まったく、私のストレスも止まりどころを知りませんよ。そうは思いませんか?」


 憂いを覚えた大臣、ガリュネイは自らの息がかかった高官を招集していた。

 アゼル卿の、勇者の来訪ですら誤算だったのに、その圧倒的上位互換である天使が出現した。

 これ以上正義とやらがのたまっては、彼の思い描く理想の世界は到来しない。


「なにか意見はありませんか?」

「大臣閣下、これ以上はあまり得策とは言えません。ここは、皇女……失礼、フィーネ執政代行に取り入ってはどうでしょう」


 ただの操り人形かと思っていたフィーネは人質にもならず、政略結婚の道具にもならず、あろうことか皇帝死後、その後を狙うようになった。

 戦時故、正統な後継者が今どこに何人いるか全く確認できないため、と何とか理由をつけたが、それでも国の政治を司る重役に自らのし上がった。

 事態はガリュネイの思う以上に悪い方向へ進んでいた。

 そもそも論だが、ガリュネイが裏で暗躍した結果、最早皇族はフィーネ以外全員死んだ。

 つまり、フィーネこそが正統な後継者で間違いない。それを誰も言わないのは、高官や声を上げることのできる人間が全員大臣の息がかかっている。もしくは殺されている。

 腐りきった時世で、最早大臣の傀儡にもならないフィーネは邪魔だった。


「取り入って、どうなるというのです。我々が逆にあのメギツネに利用されるだけです」

「では、悪魔を解放する作戦を強行しては?」

「天使が居ます。彼がその行動をどう思うと?」

「地獄の王と天使が共倒れすれば、悪魔を遣いつつ、執政大臣を囲い込めると思いますが……」

「やったところで執政大臣を殺し、私が王位につけるわけではない。それに私は王位になんて興味ありません。あるのは食い尽せない程大きな資源。そう、あなたたちのような」


 ガリュネイは顎が外れる程……顎を大きく外し、口を開いた。

 途端に、青い光が音を立てて鳴り響き、その場に居た誰もから何かが抜け落ちた。

 想像を絶するエネルギーを内風する光の弾を美味そうに喰らい尽し、ごくりと飲み干した。

 ハンカチをそそくさととりだし、口元を拭った彼は徐に立ち上がった。


「使えぬ部下を持つと嘆くことが多くなる。そうは思いませんか、シュトラ、バイゼル」

「はい、大臣閣下」

「誠、そのように」


 一人は、仮面を被った、元暗部の女。地獄の少女。

 もう一人は、最近見つけた、デスクワークをさせておくにはもったいない切れ者。

 この二人がこれからガリュネイの暗殺を盛り立てることになる。


「馬鹿の考える事では国は傾きません。折角腐らせたこの国を基に戻されては困る。栄華と繁栄、祖の崩壊こそ、甘美な味を生み出すのですから」


 口を拭ったハンカチを、すっかり干からびた元大臣だったものに投げ捨て、彼は笑んだ。


「悪魔も天使も道具にすぎません。勇者が思い通りにならない以上、新たな軍を作る他ないでしょうな。アイズ将軍を呼び戻しなさい。それと、あのメギツネを暗殺する手はずを整えなさい」

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