動き出す者たち
「これはまたうようよと。さすがだな、中央王国同盟軍」
俺は適当に崖に現れ、下を見やった。ここは見つからないし、両軍を見やることが出来る。
中央王国同盟軍はすでに帝国の国境沿いギリギリに陣を組んでいるようだった。
その数おおよそ三五〇〇〇。幾重も波のように陣を敷く形で、縦の攻撃にめっぽう強い横陣を形成。
これはかなり切り崩すのになんがありそうだ。
対する帝国軍も既に国境沿いの要塞、そのさらに前にある壁に陣を敷いていた。その数三〇〇。
圧倒的すぎる程圧倒的だ。一〇〇倍の軍勢。勝ち目なんてあった物じゃない。
「だが、あの馬鹿勇者と……大臣があの脂肪が乗った腹に蓄えた悪魔の武器がどう出るか」
「懐にいくつ隠しているんすかねぇ。あ、アゼルがいたっすよ。勇者っすよ」
「堂々たるものだな。しかし、普通の人間対勇者、それに悪魔の武器はどうひっくり返すかな」
「もー、わかってるくせにー。あそこ、あそこ、あそこですってばー」
「なんだうるさい」
俺は絡みつくスフレの首根っこ掴んでそこらに投げ、下後方を見た。いるな……フィーネ。
「リエンまでいやがるな。隠れているが、あいつの暗部部隊残党もいる。腐りきった帝国の強化兵士か。悲しいな、人間は寿命と引き換えに強さを得る」
「何十年も悪魔に地獄で拷問受けるよりはましっすよ」
「はっ、ちがいねえ。んじゃあ、ちょっくら見るとするか」
姿を隠し、座って試合を見る。
まず動いたのは、まあ、動かざるを得なかったのは、帝国軍だ。敵はいくらでも守る形をとれる。わざわざ動かす必要もなかった。
そこにいるというだけで大きなプレッシャーになるというものだろうな。
先陣を切るは、勇者アゼル。敵陣のど真ん中へ単騎突進。一騎当千の力で、兵士が次々吹き飛ばされる。
こいつの能力、悪魔に対する全ての弱体化っていう、勇者そのものの力。そして、見えない力で相手を倒すという技。これは、念力かな。
閃光のアゼルが剣を抜く――
声は聞こえないが、また「消えろ、俗物」とか言っているのだろう。
瞬く間に敵陣を駆け抜け、殺していく。さすがは帝国の最終兵器、勇者。
遠征に少数で向かい、勝利をおさめ続けているだけのことはある。
さらに、乱れ、アゼルただ一人を囲むような陣形に移行した同盟軍の右翼が爆散した。
ここからでも分かる程巨大な炎の竜巻。帝国暗部、リエンだろう。悪魔の武器は想像を絶する。
「終わったな。早くも。たった二人の異常者と、残り二九八人の凡人によって」
「で、どうするんすか、地獄の王は」
「これでわかったろ。勇者は危険だ。だが、面と向かって殺さないと、問題が出る」
「まーた姫っすか。虐殺のせいでめちゃ嫌われてるんすよ?」
「ほんとは殺してないけどな。まあ、軍属はあらかた殺しまわったんだ、仕方がない。しかしな、スフレ。悪魔は必然的に悪魔だ。この地上世界を地獄に挿げ替えるのも悪くないが、そうなると……」
「魔王が復活するっすねぇ。魔王復活派がしゃしゃり出る。どっちに出ても蟻地獄。地獄の王派はどうしますっすか」
「お前ら誰か一人でも死ねば封印が解ける。まして悪魔を殺せる武器を……祝福の力を得た天使の武器を使う勇者が現れたんだ。リスクがあまりにでかい」
「そんじゃあ、逃げるっすか?」
「あの馬鹿大臣が門を開けるさ。勇者が地獄に来てみろ、半狂乱で暴れまわるぞ。それがたまたまネラにぶち当たればどうなる。水玉ん中で寝てる無防備な少女が死ぬ」
「戦うってばかりっすねぇ。地獄の魔王を出さないために。しっかし、下手をすればあなたも死ぬっす。だから何度も言うっすよ。あの姫に拘るなー」
「そうしたいがね。あいつは……俺にないものがある。執務椅子に座ってぐだるためには、あのフィーネが必要になって来る」
「んじゃあ、どうするっすか」
「この戦争が終わると、同盟軍はしばらくなりをひそめ、戦いに勝利したアゼルは帝国内で力と権力を強める。あとは、俺が表に出れば終わるさ」
「ご主人の頭ん中どうなってるんすか? まーいいっすよ。レーザム呼ぶっすか? ツバキも」
「レーザムだけで良い。魂の話をするには、見せるのが良いからな」
パチン――