準備段階
「さて……どうするかな」
俺は取りあえず帝国の片隅まで出てきて、悩みに悩んでいた。
というのも、悪魔を使えない。いや、元より使える悪魔なんて少なかったんだ、それはどうでも良い。問題は、悪魔の中でも鍵となる悪魔たちを殺せる存在が確認された事。これは大いによろしくない。
殺されてしまえば魔王が復活する。地獄を作り出した張本人がな。皆殺しだよ。
ったく……早いところ勇者を殺したいが……指を弾いて殺せねえ。
普通に剣術で殺すのが得策というか……シンプルなものだよな。
「はあ……ツバキ、早く俺の前に、飛んで来い」
ちら、ちらと辺りを見やるが、ツバキは現れない。おにょれ……しかとしやがったな。
どいつもこいつも地獄の王を何だと思っている。というか、地獄の一大事だぞ。なんで俺だけしか焦らない。俺以外にも焦れよ。
「なんだ、貴様、むやみやたらに私を呼び出せると――」
「それでも来てくれた。やっぱり俺はお前のことが好きだよ」
「な……そういうことを言うんじゃない。で、なんだ」
こっちがシンプルに好意を伝えると、どうして悪魔はこうも向きになるというか嫌がる。こんなに顔を赤くしなくてもいいのに。
俺はそいつらの王なわけだが。
「勇者の件だ」
「ああ。天使の武器という代物か。あんなもの、おもちゃだ。天使の暇つぶしみたいな代物だ」
「……なら、お前なら勇者を殺せるか」
「造作ない。何が聖なる力か、忌々しい」
「……ふん、それはいいこった。お前が仲間で助かったよ。ありがとうな」
「なんだ、急に」
「何度も言うが、俺が信頼を置いている人間は少ない。俺は……前の地獄の王みたいにお前を救ってやれはしないのかもしれない。だが……なんかあれば言え、この間も言ったが、俺はお前らのためなら死んでもいい」
「…………ふん、帰るために戦うんじゃなかったのか?」
「は、その話、したっけな。まあ、なんというか……だんだん俺も地獄に染まってきちまった。昔の思い出が一つずつ消えてってるんだよ。正直怖い。だがな、それでもいいとは思っている」
「ほう」
「お前たちとの時間も割と楽しい。人殺しでドロドロした時間の方が多いがな」
笑って見せると、ツバキもつられるように、珍しく笑った。いつも疲れていて、仏頂面のツバキが。
まあ、こう何年か居ると、いいこともあるな。地獄時間でだけど。
さて……仕事を、しないとな。
「だからっていうわけじゃない。お前に俺の無理を押し付けるつもりもない。だが、勇者に殺されるな。それを守ってくれって俺の願いは押し付ける」
「……いいだろう。殺されはしない。何かあれば教えてやる。じゃあな」
「ああ待て、なにを探してるんだ、お前」
「バランスだ。バランスの歪みが多すぎる」
「それを毎度聞こうとしていた。どういう意味だ」
「いいか、この世界には、神が定めた運命、バランスが存在している。それは生死の配分であったり、運命や人生の道筋であったりするものだ。それが、手を加えたとしか思えない程の崩れ方だ」
「誰かがやったと? だが、そんな大仰なことできるとすれば神だろ。だが、神は居ない」
「……ああ。お前がこの世界に来たのも、何か関係するのかもしれんが、今は違うだろう。速くお前の仕事を済ませろ」
漆黒の翼を羽ばたかせ、姿を消した。
ツバキはツバキで忙しいようだな。なら、俺は言われた通り、俺の仕事をするとしよう。
ツバキと話せてよかった。
もう一度、俺は俺の役目というのをしっかりと理解できた。
仕事というのは……あの勇者以外の勇者がいくらほどいるのか、ということだ。
「レーザム」
「ここに、地獄の王。悪魔を遣わせて見ましたが……どうも勇者は悪魔と人を判別までは出来ないようです。というわけで、割かし簡単に調べられました」
「それは何よりだ。何人ほどいた」
「それが……五人は居ますね。面倒なことに」
「逆に五人だけか。帝国を守る鉄の壁は。それらが軍勢を率いてなんとか敵国を攻めて戦争、か」
「はい。それに、新たな情報が。中央と王国が同盟を結び、帝国を攻めることにしたそうです」
「はは、フィーネのやつも大変だな。さて、それでは俺たちの目標は勇者。そしてまだ何か隠しているであろう上に、何度も暗殺を退けている大臣、ということにしよう」
「しかし、あちらは人間が大勢。こちらは悪魔が数匹でございます」
「俺とスフレだけで良い。お前は屋敷の警備に当たれ。地獄の門を開かれる可能性が十分高い」
「御意に」
黒い稲妻が迸り、レーザムもまた姿を消した。
さて……勇者を前に対策は色々立てた。こちらの戦力はスフレだけだが……まだ色々ある。
悪魔の武器を使って勇者を殺すとしよう。
「……スフレ、来い」
「はいっす」